第33話 雨で濡れたので一緒にお風呂に入ることにした僕たち

 窓の外を見ると、先ほどから雨脚が強くなってきている。空模様が怪しいので、講義が終わるなり、急いで帰宅したけど、正解だったみたいだ。


 どんどん雨が激しくなって来ていて、豪雨になっていないだろうか。真澄は大丈夫かな。


【今、雨凄いけど真澄は大丈夫?】

【傘は持って来とるけど、ちょい濡れるかもしれへん】


 外からはドドドドと雨の降る音がしてきている。これは真澄はずぶ濡れで帰って来そうだな。よし。


◇◆◇◆


「ただいまー」


 小一時間程して、真澄が我が家に帰ってきた。


「雨、大丈夫だった?」

「や、ほんと、すっごい雨やったわ。靴もずぶ濡れやよ」


 真澄の言う通り、玄関の靴は水がしみ込んでずぶ濡れだし、スカートやシャツも水を吸って重くなっている。


「これだと傘も役に立たないよね」


 さっきニュースを聞いていたら、ここ数年でも未曽有の豪雨だとか。


「お風呂入れといたから、入ってよ。冷たいでしょ」

「ありがとさん。ほんと、助かるわ」


 そう言って、着替え片手に浴室に向かう彼女。


「そや。一緒に入らへん?」


 真澄は時々、こうして冗談めかして僕をお風呂に誘うことがある。

 いや、まあ、本当にお風呂で、そういうことをしたこともあるのだけど。


「遠慮しとくよ」

「ウチはそんなに魅力があらへん?」

「いや、そうじゃないけど」

「なら、たまには一緒に入ろうや」


 彼女にしては珍しくしつこい誘い方。何か話したい事でもあるのかな?


◇◆◇◆


「はー、極楽、極楽、や」

「……」


 そして、現在。僕と真澄は向かい合って、体育座りの恰好で湯船につかっている。大浴場ならいざ知らず、二人暮らし用のマンションのお風呂なので致し方ない。


「どうかしたん、コウ?」

「いや、何か話したいことでもあるのかなって思ったから」

「別に?たまには、って思っただけやけど」


 ケロっとした顔で言う真澄。読み違いだったけど、まあ、こうして二人で湯船につかって過ごすのも乙なものだと思う。


「そういえば、授業、どうだった?」


 今日は、真澄は数学と物理だったはず。


「……高校までと数学も物理も全然ちゃうから、ついてくので精いっぱいよ」

「そっか。根詰めないようにね」

「別に、成績ちょい悪くても死なへんし大丈夫やって。それより、コウは?」

「僕?まあ、普通通りかな。まだ、専門的な授業少ないし」


 文系学部と理系学部との差だろうかとふと考える。


「とりあえず、お風呂出たらちょい復習するわ」

「どっか、わからないとこあった?」

「ん-。まあ、ちょっとな」

「どの辺やってるの?数学って」

線形代数せんけいだいすうあたりやな。わからんかったらごめんな」


 何やらごめんのポーズをする真澄。狭い湯船でそんなことをされるものだから、胸が寄せてあげられて、どうにも意識してしまう。


「え、えーと。その辺だったら、僕が教えてあげられるけど……」

「コウ、もしかして、線形代数の講義受けとるん?」

「いや、自習してるだけ」

「コウって文学部やろ」

「文学部だったら、やっちゃいけないってものじゃないよね」

「……そうやな。コウはそういう奴やった。にしても」


 どこか諦めたように、そして、ちょっと愉快そうな顔の彼女。


「?」

「自習でわかるとか、つくづくコウは勉強に関しては反則やな」

「普通にしてるだけなんだけどなあ」

「ま、コウはそれでええよ、それで」


 お互い一緒の時間を過ごして、色々なことがわかった僕たちだけど、やっぱりお互いにわからないところは、わからないのだなあということを実感する。


「よし。じゃあ、もう少し浸かったら一緒に勉強しようか」

「そやね」


 ◇◆◇◆


「なんか、のぼせて頭働かんわ……」

「同感」


 揃って、寝室のベッドにぐだーっとなる。長湯をし過ぎたせいか、お互いのぼせてダウンだ。


「ところで、な」


 ぽつりと真澄がつぶやいた。


「お風呂の時、別に手え出してくれて良かったんやけど」


 横向きに寝そべっているので、不満そうに睨んでくる彼女の表情もよく見える。


「え。そういうお誘いだったの?」

「別にどうしてもっちゅうわけやないけど」

「けど?」

「コウがその気なら抱かれたいなーとは思っとったよ」

「ご、ごめん」

「コウは考え事し出したら、そういう事も考えなくなるんよね」


 彼女からのお誘い、とは言わないまでもOKのシグナルを見逃す事がしばしばある。そういう時は、僕が何か別の事を考えているせいなので、言い返せない。


「これからはもうちょっと注意してみるから」

「やったら、今の状況を見て欲しいんやけど」


 言われてみれば、真澄はパジャマこそ着ているものの、胸元はだけさせている。そして、僕たちはお風呂上りで、お互い同じ布団の中で向き合っている。


 ああ、そういうことか。


「少しはわかった気がするよ」


 ちょっと自分の気の利かなさに苦笑してしまう。


「コウもちゃんと成長しとるんやな」


 一見馬鹿にしてるみたいだけど、そう言われるのが不思議と嫌じゃない。


「まあ、少しはね」


 というわけで、その後、二人で色々楽しんだのだった。

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