第18話 僕の後輩は同じ大学に行きたい
今日は5月3日の水曜日。ゴールデンウィークも後半戦といったところだ。今日は、ある人を大学に案内する約束をしていて、連絡を待っている。
「奈月ちゃん、まだかな……」
ちらちらと腕時計を眺めながら、ぼやく。
連絡を待っているお相手は、
(※前作『オカンな幼馴染と内気な僕』第27話以降参照)
そんな奈月ちゃんが連絡をしてきたのがゴールデンウィークの少し前。なんでも、第一志望の
「ちょっと遅すぎるよね。大丈夫かな……」
待ち合わせの時間は、僕たちの家に11:00。そして、今は11:30。もう30分も経っている。
「メッセージしてみたん?」
向かいに座る真澄が言った。
「うん。でも、返ってこないんだよね」
11:10になった頃に一度メッセージをしたのだけど、メッセージは未読のままだ。
「ひょっとして、迷子になってるんじゃ……」
少しドジなところのある彼女だ。家の住所は知らせたんだけど、わからなくて迷っているのかもしれない。
「ナツならありえるな」
真澄も、彼女のことは僕以上に知っているので苦笑いだ。ひょっとしたら、近くに来ているかもしれないし、探しに出るかーそう思ったときだった。
ピンポーン。
インターフォンが鳴った。どうやら、無事にたどり着いたらしい。
「お久しぶりです、コウ先輩」
ドアを開けると、待っていた奈月ちゃんの姿。白いガーリーなワンピースに、腰までかかったさらさらのロングヘアーは、清楚な感じで、真面目で礼儀正しい彼女のイメージに合っている。
「久しぶり、奈月ちゃん。まあ、入ってよ」
「は、はい。お邪魔します」
おそるおそるという様子で、部屋に入ってくる。そんな様もどこか微笑ましい。
「おお、ナツ。久しぶりやなー。ちょっと背伸びたんちゃうか?」
「はい。実は、2cmくらい」
そうなのか。高校の頃とあんまり変わっていないなって思ったんだけど。
「とりあえず、座ってよ」
来客用の椅子を引いてあげる。
「お客様用って感じですね。誰か、遊びに来るんですか?」
「いや、全然。奈月ちゃんが初めてだね」
「結婚したときに、誰か来てもいいようにって買うたんやけど、第一号がナツってわけや」
結婚、という言葉を聞いた奈月ちゃんは、ふと、鞄の中身をごそごそと漁りだして、何か手提げ袋を差し出してきた。
「あ、そうそう。結婚祝い、用意してきたんですよ。いいの思いつかなかったのですけど……」
「別にくれるだけで大丈夫だよ」
中に入っている箱を取り出すと、そこには地元の銘菓。
「ちょい懐かしいわあ」
「地元に居たときは食べなかったよね」
地元民は地元の銘菓を食べない、というのはよくあることだと思うけど、その例にもれず、その銘菓(お饅頭)を僕たちは食べたことがなかった。
「とりあえず、お昼ご飯作るな。ナツはコウと話でもしといて」
台所に向かって、いそいそとお昼ご飯の準備をし始める真澄。冷蔵庫から食材を取り出して、鍋に火を入れたり、包丁でタタタタと食材を切り刻んでいる。こんな光景が日常になってしばらく経つけど、惚れ惚れするくらい手際がいい。
「真澄先輩、手慣れてますね」
「いつも作ってもらってるからね」
朝は毎日、夜もサークル活動とかで遅くならない限りいつも、彼女にはご飯を作ってもらっている。本当に頭が上がらない。
「先輩は、手伝ったりしないんですか?」
少し疑わしげな目で見つめられる。
「いやさ、僕も手伝おうとはしたんだよ。だけどさ……」
「コウに任せたら、かえって遅くなるんよ。包丁も危なっかしいし」
調理を進めながら、真澄が会話に加わってくる。
「僕としては、ちょっと情けないけどね」
「こう、主婦!って感じですね。うちは、パパがよく料理してますよ」
「主婦……か。家事を何から何までやってもらうの、気が引けるんだけど」
「ウチがやりたくてやってるんやから、気にせんでええんよ」
「まあ、というわけ」
同居しだしてすぐの頃に、料理の手伝いとか家事の分担とかしようと提案したのだけど、なんだかんだと理由をつけて、結局のところ真澄は家事を自分でしてしまうのだ。僕がやっていることといえば、ゴミ捨てくらいだろうか。
「真澄先輩って尽くすタイプだったんですね」
「つ、尽くすっておおげさやよ。ウチはしたいようにしてるだけで」
後ろ姿だからわからないけど、少し照れているようにも聞こえる声色。
「いやいや、真澄はほんと尽くしてくれてると思うよ。僕にはもったいないくらい」
「コウもまた、ここぞとばかりに……。ほんと、おおげさなんやから」
なんだか嬉しそうな声でそんなことを言う真澄。そんなやり取りをしていると、奈月ちゃんがなんともいえない表情で僕をみつめてくる。
「どうかした?」
「いえ。相変わらず、仲がいいんだなーと。ごちそうさまです」
「……」
そう言われて悪い気はしないんだけど、どう返していいのかわからなくて、詰まってしまう。しばらく、そのまま押し黙っていると。
「はい。コウ、ちょい運ぶの手伝ってくれへん?」
「もちろん」
いつもより一人分多いので、僕も分担して食卓に並べる。今回の献立は、ほうれん草が入ったクリームパスタにスープ、サラダといったところだ。
「これ、お店で出てきても驚きませんよ」
「だよね。真澄はお昼、結構凝ったの作るんだよ」
今回も、見た目にも気を遣っていて、本当に店で出て来てもおかしくないと思える。
「また、二人ともおおげさなんやから」
褒められたのがまんざらでもないのか、少し頬が赤らんでいるし、いつも照れたときのように、手をもじもじとさせている。
いただきます、をして、食べ始める。うん。美味しい。
「なんか、爽やかなような。なんだろ?」
「真澄先輩、隠し味でも入れました?」
クリームとまた違う、ほんのりとした酸味が気になる。
「ちょっと、レモンを入れてみたんよ。どうや?」
「普通のクリームパスタよりも、さっぱりとしてていいかも」
「なら、成功やな」
少しドヤ顔の真澄。そして、奈月ちゃんはといえば。
「真澄先輩はやっぱり凄いです」
少しうらやましそうな表情で、真澄を眺めていた。
ーー
昼ご飯を食べて、少しして、いよいよ本題の大学見学に行くことになった。ゴールデンウィークだから休みだけど、休日でも門や学部棟は空いているので、案内するのに問題はない。
「というわけで、ここが校門」
「大学の校門って大きいんですね……」
確かに、高校に比べると大学の校門は一回り以上大きい。国立大学で、そこそこのところなので、キャンパス自体も東西南北に1kmくらいある。
全部を見て回るのは無理なので、関係ありそうなところを順に回っていくことにする。
「ここが、大講堂。入学式とか卒業式みたいな大きな行事はだいたいここ」
「これって何人くらい入るんですか?」
「そういえば、何人だろ」
「収容人数1000名って買いてあるよ」
「1000名……ちょっと想像できそうにないです」
「まあ、僕も、想像できないかも」
入学式のときは、人でごった返していたっけ。
「ここが、文学部棟。文学部だと、ここで講義を受けることが多いかな」
「じゃあ、受かったら、ここで授業を受けるんですね」
「それ以外もあるけど。奈月ちゃんは文学部志望なの?」
うちが第一志望だとは聞いているけど、そういえば志望している学部を聞いたことはなかった。
「はい。といっても、まだ、やりたいことは決まってないんですけど」
「それが普通やって。コウみたいに、やりたいことが決まっとる方が変わっとるんよ」
「すぐ、人をそうやって変人みたいに」
「拗ねない、拗ねない。そういうんも、コウのええところやから」
「褒めてないと思うんだけど」
「ちゃんとやりたいことが決まってるんもええことやよ」
そんなことを言い合っていると、奈月ちゃんが一言。
「ほんと、仲がいいですね。羨ましいです」
「い、いや、これくらい普通やって。なあ、コウ?」
「そうそう。奈月ちゃんはおおげさなんだよ」
普段のやり取りをことさらに言われるのは悪い気はしないけど、気恥ずかしい。さっさと中断して、次を案内することにした。
「ここが、理学部棟やな。ウチの授業はだいたいここらへんや」
「文学部棟は赤茶色でしたけど、こっちは白に近いですよね。何か意味があるんでしょうか?」
「どうなんだろ。考えたことなかった」
「ウチも聞いたことないなあ」
言われてみると、不思議な話だ。あ、そうだ。せっかくだから、あそこにも案内しなきゃ。
「ここが、噴水広場。お昼ご飯をたべたり、ベンチで休憩したり、時間つぶしたり、色々」
中央に噴水があって、休憩用のベンチがたくさんあるので、僕もここで本を読んだりすることがある。特に、晴れた日は日当たりも良くて、とても気持ちがいい。
「そういえば、学食って先輩は使わないんですか?ひょっとして、高校の時みたいに真澄先輩に作ってもらったり?」
「い、いや。さすがに、お昼まで負担かけるのもなんだし。普段は学食で食べてるよ」
「普段はってことは真澄先輩に作ってもらうことも?」
「ま、まあ。たまには」
「とりあえず。学食見たいんやろ?案内するから」
真澄と視線を合わせてうなずきあう。話に付き合うと、また、何か恥ずかしいことを知られそうな気がした僕らは、場所を移すことにしたのだった。
「ここが、文学部の学食。今は祝日だから閉まってるけど、だいたい何でもあるよ」
「何でもって?」
「うどんや蕎麦のお店もあるし、ラーメン屋とかパン屋も。あとは、プレートにご飯とかおかずを取って支払う方式のもあるかな」
「え。ラーメン屋さんって、ラーメンだけのお店があるんですか?」
「うん。そのとおり。僕も、最初はびっくりしたんだけどね」
うちの文学部の学食は、棟中央にある食堂の他に、隣り合った建物の中にあるラーメン屋やうどん・蕎麦屋もあるのが特徴だ。
「理学部はカレー屋とかスープ料理屋があるんよね」
「えええ!?学部ごとに違うんですか?」
「その通り。いや、ほんと、なんでだろうって思うんだけどね」
各学部は、学部棟の食堂に加えて、料理の種類ごとにある専門店がいくつか立ち並ぶという方式が主流だ。農学部なら、パンとチーズの専門店があったりする。そんなことを説明すると。
「大学の学食、凄いですね。全然飽きなさそう……!」
奈月ちゃんは、目をキラキラと輝かせていたのだった。
その後も、歩いて、農学部、工学部、図書館、と回っていく。
「あの。そういえば、ちょっと聞きたかったんですけど」
「何?」
「先輩たち、入学して1ヶ月くらいですよね。その……漠然としてますけど、どうでしたか?」
その質問には、虚を突かれたけど、志望している奈月ちゃんとしては当然知りたいことだろうな。
「ちょっと待ってね、今、考える」
入学してから今日までの出来事を振り返る。入学式、初めての講義、出来た友達、真澄と一緒のお昼ご飯、サークル活動、新婚旅行……。
そんなことを思い返していると、講義やサークルの事以上に、真澄との想い出やアレコレが浮かんでくることに気づいて、ちょっと愕然としてしまう。これをそのまま言うのは恥ずかしいけど。
そんなことを考えていると、ふと、ぽんぽん、と肩を叩かれる。
「コウ、いつまで考えとるん?」
「ご、ごめん」
気がつくと、5分も経っていた。さすがに、長考し過ぎだった。
「やっぱり、入ってよかった、ていうのが本音かな。高校までと違って、講義は難しいけど張り合いがあるのが多いし、面白いサークルも入れたし。それに……」
続きを言うのは、やっぱりちょっと気恥ずかしい。
「それに、真澄が一緒だから。だから、楽しいかな」
そう、正直な気持ちを告げたのだった。
「そんなことまで馬鹿正直に言わんでもええやん、コウのアホ」
僕にそんなことを言われたのが恥ずかしいのか、ふて腐れた様子の真澄。
「こんなとこでまでのろけないでくださいよ。でも、大学生活、楽しそうです」
そして、奈月ちゃんはといえば、そんなことを言いつつも、とても楽しそうだった。
その後も、いくつかの施設を回って、夕方頃に、大学の最寄り駅で解散することに。
「で、色々案内したけど、どうだった?」
「もっと大学生活のこと知りたかったんですけど、のろけられただけでした」
「え、ええ!?いや、その、たしかにそういうことはあったかもしれないけど」
とあわあわしていると。
「冗談ですってば。のろけはありましたけど、参考になりました。受験、頑張ってみようと思います」
真剣な声。それを聞いて、本気でうちを目指す気になったんだな、と感じた。
「そっか。なら良かった」
「ナツが受かったら、またウチらの後輩やな」
そういえば、そうなんだな。もし、この子が来年入ってきたら、大学生活ももっと楽しくなりそうだ。
「ですね。そのときは、よろしくお願いします」
と相変わらず礼儀正しく、頭を下げる奈月ちゃん。こういうところは、前から変わっていないな。
「それでは、また」
時々、振り返り、手を振りながら、去っていく。奈月ちゃんを見送った後、帰路にて。
「そういえば、奈月ちゃん、前よりもだいぶ落ち着いたよね」
今更ながら気づいたけど、昔みたいに暴走したことがなかったな、とふと気づく。
「ナツも色々経験したんやろうね」
にしても、と続ける。
「コウはちょっと、人前だと自重して欲しいんやけど」
「自重?」
「やから……ウチが居てくれて楽しいとか、そういうの人前で言うの恥ずかしいんや」
「それは、その。ごめん。つい、本音が出ちゃって」
「はあ。もうええよ」
「というか、真澄だって、人のことは言えないと思うけど」
「ウチは普通やって、普通」
そんな事を言い合いながら、帰ったのだった。
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