第31話 僕と幼馴染のサークル旅行(その5)

北野天満宮から自転車を走らせること約20分のことろに、その旅館はあった。


「なんていうか、旅館ていうか、昔の民家?」

「確かに、旅館のイメージと少しちゃうかもな」


 僕の貧弱な語彙だとうまく表現できないけど、瓦葺の屋根に、窓にはすだれ、という感じで、大型の昔の民家というイメージが近い。建物も二階建てだし。


「この旅館「古瀬屋」は、うちのサークルが毎年お世話になっているところでな」


 部長が説明する。


「へえ。ここに毎年泊まっているんですね。でも、なんで?」


 何か部長が知り合いだったりするんだろうか。


「いや、うちの顧問の先生の知り合いでな」

「それは、凄いですね」


 旅館にツテまであるとは、どういうつながりなんだろう。


「まあ、とにかく、入ろう」


 部長を先頭にぞろぞろと入る。


「ようこそ、いらっしゃいませ。さあさあ、お疲れでしょう。ご案内します」


 女将さんらしき人が出迎えてくれた。歳は4,50だろうか。柔和な笑顔で、優しそうな印象を受ける。案内されたのは二階の大部屋。


「ここと、両隣の部屋は自由に使ってくださって構いません」


 とのこと。女将さんが去った後、部長が説明を始める。


「男子……といっても、私とコウ君だけだが、は隣の部屋で、女子は反対の部屋で寝てもらうことになる。夕食はこの部屋まで持ってきてもらうことになっている。何か質問はあるかい?」

「えーと。この部屋は何時まで使ってええんですか?」

「女将さんからは、好きなように使っていいと言われている。要は宴会部屋だ。明日に差し支えなければ、何時まででも大丈夫だよ。疲れたら、寝る部屋に移動すればいい」


 なるほど。騒ぎたければ、この部屋で自由に、ということか。


「ともあれ、19時までは各自自由にしてくれ。その後、この部屋で夕食がある」


 ということで、一時解散。男部屋に荷物を置きに行ったのだけど、部長から、ふと


「すまないな。女子ばかりで肩身が狭いだろう?」


 唐突に謝られた。


「いや、別に。僕は気にしてませんが……どうしたんですか?」

「このサークルは、女子が多くてね。入ろうとした男子も、女子ばかりで気疲れして辞めてしまう人が多いんだよ」


 部長がため息をつく。


「僕は、周りに女子が多かったから平気ですけど、部長も色々大変なんですね」

「ああ。あと一人の男子部員もあまり活動に参加してないからね」

「そういえば、今日、来てないですよね」

「彼は、女子が苦手なところがあってね。部室には顔を出してくれるんだが」

「なるほど。男子高の人間が、女子校に気後れするようなものでしょうか」


 僕も、元男子校の人間として、少しはその気持ちがわかる気がする。


「とにかく、何かあったら遠慮なく相談して欲しい。できる限りはなんとかしよう」

「今のところ不満はないですけど……ありがとうございます」


 部長ともなれば、そういうところにも気を回さないといけないんだろう。僕には務まりそうにない仕事だ。そして、やっぱり部長は真面目というかきっちりしているというか、気苦労が多そうだな、と思ったのだった。


 その後、露天風呂で汗を流して、部屋に戻ったところでいよいよ夕食だ。女将さんたちが一通り料理を配膳したところで、部長が乾杯の音頭を取る。


「まずは、今日はお疲れ様だった。知っての通り、今回の旅行は新入部員の歓迎会を兼ねている。というわけで、コウ君、真澄さん。改めて自己紹介をお願いできるかい?」


 部長から話を振られた僕が立ち上がると、真澄も立ち上がる。


「真澄?」

「もう、皆、ウチらのこと知ってるんやし、同時ってのもええやろ」

「なるほど。それもいいね」


 とうなずきあう。


「既に皆さん、知っての通り、松島宏貴です。そちらの真澄は僕の奥さんです」


 その言葉に部員の皆からの歓声が上がる。


「松島真澄です。知っての通り、そっちのコウはウチの旦那です。あ、コウはウチのもんですからね」


 冗談めかしてそんなことを言う真澄。昼間の事を思い出しているんだろうか。皆から、「うわー、旦那は私のもの宣言だー」「独占欲強ーい」「真澄さん、あんなに恥ずかしがってたのに」などの声が上がる。


「あ、真澄も僕のものですから。って、部長さんはそんなことしないでしょうけど」


 と、普段の僕には似合わない冗談を言ってみる。「部長さんは、ないよねー」「ねー」などの声が聞こえる。やっぱり、部長さんは、山科さんの事好きだったりするのだろうか。


「とにかく、僕たちは部員としてまだまだ未熟ですけど、よろしくお願いします」

「お願いしますー」


 というわけで、無事に挨拶を終えたのだった。


「というわけだ。皆、彼らと親睦を深めて欲しい。乾杯!」


 その声を口火に、皆、配膳された料理を小皿によそって食べ始める。

 サークルの旅行ということを考慮してか、大皿に色々な料理が盛られた形だ。


 僕と真澄は、昼間お世話になった山科さんのところに行って、話しかける。


「山科さん、今日はありがとうございました」

「いえいえ。案内できて、こちらも楽しかったですよ」


 朗らかな笑顔で対応する彼女は、旅行前の物静かなイメージと似ても似つかず、こっちのほうが素なのかなと思えてくる。


「山科さん、実家が京都ていうことやけど、どの辺なんですか?」

出町柳でまちやなぎ……ここから自転車で20分くらいのところにある家ですよ」


 彼女の実家は思ったより近くにあったらしい。


「大きい家なんでしょうね」


 旧公家という家柄からそんなことを想像したのだけど、彼女から返ってきたのは、


「ごく普通の一軒家ですよ。末裔といっても、分家のまた分家といったところですので」


 という意外な言葉。でも、言われれば納得できる気がする。


「確かに、大阪にしょっちゅう遊びに行ってたとか、結構自由そうでしたもんね」


 あんまり、令嬢という感じはしない。


「そうそう、そうです。お父様も、お母様も、伸び伸びと育ててくれましたから」


 お父様とかお母様って。


「でも、「お父様」とか、普通の家の人は言わへんと思うんですけど」


 真澄も、僕と同じところに突っ込みたかったらしい。


「ああ、つい。でも、ほんとに、特別なところじゃないんですよ」


 少し恥じらいながら言う山科さん。


「それはわかりますけど、いい家庭だったんですね」

「ええ。高校進学を機に、一人暮らしなんて我儘を許してくれたくらいですし」

「よく許してくれましたね」


 フィクションではよくある設定だけど、身近にはあまり聞かない話だ。


「行きたかった高校が東京にあったんですけど、相談したら、あっさりでしたよ」


 それはまた自由な家庭だな。比較的自由なうちでも許してくれたかどうか。


「なんか、ラノベの主人公みたいですね」


 なんとなく言った台詞だったけど。


「コウさんも、ラノベ読むんですか!?」


 なんだか、山科さんが凄い食いついて来た!


「え、ええ。それなりには。メジャーな作品しか知らないですけど」

「いえ。それでも十分です。この部、ラノベ知ってる人全然居なかったんですよー」


 なるほど。同じ趣味の友達が居ないと、確かに寂しいだろうな。


「ラノベ友達になってくれませんか?」


 ラノベ友達とはなんだろう。


「えーと……」


 ちらと真澄の方を伺うと、視線があった。見ると、こくこく、とうなずいている。


「じゃあ、僕で良ければ」


 そうして、僕は、彼女のラノベ友達(?)になったのだった。

 あんまりディープな話題を振られても困ってしまうけど。


「ああ。そういえば」


 何かを思い出した様子の山科さん。どうしたんだろう。


「真澄さん、大阪が出身なんでしたよね。どこで育ったんですか?」

「あ、それ。僕も聞きたいな」


 そういえば、引っ越してくる前の話はあまり話題に登ったことがなかった。


「ウチも、小学校の前に大阪から引っ越してしまったし、曖昧なんやけど、それでいいなら」

「うんうん」

「確か、梅田ちゅうところの近くに住んでて、あとはなんやったかな……」


 記憶をたぐっている様子の真澄。梅田か。ちょっと検索してみよう。


梅田うめだといったら、大阪の中心じゃないですか。いいなあ」


 ネットで検索してみると、大阪の中でも特に中心部といっていい地域らしい。


「そうや。確か、関東に引っ越す言われて、とーさんとかーさんの前で泣いた気がするなあ」

「その割には、僕と初めて会ったときは普通そうだったけど?」


 あの日は、周りで初めて関西弁を話す子に出会ったものだから、よく覚えている。


「その辺は曖昧やけど、引っ越す当日には持ち直しとったかな」

「まあ、幼稚園の頃の記憶ってそんなものだよね」


 僕だって、幼稚園の頃の事をどれだけ覚えているかと言うと怪しいものだ。


「じゃあ、お二人はその頃から?」

「ええ、まあ」

「いいなあ。幼馴染同士の恋愛。毎朝起こしに来たりとか、窓伝いに行き来したり……」


 もう敬語を使うのも忘れて、妄想の世界に旅立ってらっしゃる。

 今日一日で彼女のイメージがだいぶ変わったなあ。


「いえ。そういうのはありませんでしたよ?」


 山科さんはちょっとお話の読み過ぎだと思う。


「じゃあじゃあ、幼い頃の結婚の約束とかは?」


 さらに詰め寄られる。


「いえ、それもないですね」


 この人は、どれだけお約束が好きなんだろうか。


「思い出したんやけど、昔、コウに幼馴染プレイをやらされたことあったな」


 ふと、真澄が昔のことをつぶやく。

 ※「オカンな幼馴染と内気な僕」第42話参照


「ちょっと。今、そんなことを言わないでも!」


 そんな、飢えた猫に猫缶を放り込むような真似をしたらどうなるか。


「幼馴染プレイ!?一体何が?」


 ほら。山科さんが爛々と目を輝かせてる。そして。

 当時の出来事を含め、色々な事を語る羽目になってしまったのだった。とほほ。


 その後も、あっちへ行ってはからかわれ、こっちへ行ってはからかわれ、という有様。

 仲良くしてくれるのはいいけど、部公認夫婦みたいになっているのはどうしたものか。


「そろそろ遅くなってきたな。一旦お開きにしようか」


 という部長の声で、宴会は一旦お開きに。

 寝室に戻っていく人もいれば、引き続きこの部屋で雑談を続けている人たちもいる。

 そして、僕たちはといえば。


(ねえねえ。ちょっと、外でない?)

(あ、ええな。行こ行こ)


 さんざん弄られた僕たちは、ひっそりと示し合わせて宿の外に出たのだった。


「今日は色々楽しかったね」


 夜空には三日月が昇っている。星もあちこちに見えて、なかなかいい風情だ。


「そやな。毎回弄るんは、ちょい勘弁して欲しいんやけど」


 そう言いつつも、真澄もなんだか楽しそうだ。


「同じく。でもさ、共通の友達って、大学に行ってから初めてじゃない?」

「山科さんのことか?」

「うん。落ち着いた人で、しゃべるの好きじゃないかなって思ってたんだけどさ」

「ウチもあんなガンガンしゃべる人とは思わなかったわ」

「それに、普通にオタクぽいところもあるっていうか。ラノベ話に食いついてきたり」

「あれはちょっと勘弁やったな」


 さっきの事を思い出して、お互いに笑い合う。


「ま、友達はええんやけど、浮気は禁止な」

「昼間のこと、まだ言うの?」


 もう解決したと思ったんだけど。


「冗談やって。またウチが嫉妬したら、コウが何するかわからんし」

「だってさ、男としては嫁さんに独占欲示してもらえて嬉しかったんだよ」

「やからって、いきなりキスせんでもええやろ?」

「だからそれは悪かったって。真澄も拒まなかったでしょ?」

「それとこれとは別や!」


 そんな下らない言い合いをするのが、なぜだかとても心地よくて楽しい。

 結局、それから眠くなるまで小一時間雑談を続けた後。


「そろそろ、戻らなあかんな」

「うん。その前に、ちょっといい?」

「なんや?」


 問いかけて来た真澄を抱き寄せて、唇を奪う。

 目をぱちくりとさせていた真澄も、目を閉じて唇を受け入れる。


 そうすること、約30秒余り。


「コウがこんな強引なキスしてくるなんて」

「嫌だった?」

「そうやないけど。なんで急に?」

「だってさ。真澄が嫉妬してくれたのを思い出して、ちょっと嬉しくなっちゃって。そうまで思ってくれるなら、ちょっとくらい強引でもいいのかなって」

「コウがどこでスイッチ入るか、未だによくわからんわ」


 少し、呆れた顔の真澄。


「僕も、真澄が嫉妬したのは驚いたんだけど」

「お互い様っちゅうことやな」


 たとえ幼馴染でも。

 恋人になっても、結婚しても、まだまだお互いにわからないことだらけで、

 だからこそ、楽しいのだと思う。


「そうそう。あ、そういえば写真撮ろう?」

「あ、ええな。もうちょっとこっち寄って……」


 スマホのシャッター音が鳴る。

 こうして、また一つ、僕たちの間に思い出が増えたのだった。


※後編へ

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