第27話 僕と幼馴染のサークル旅行(その1)
「ウチ、京都は初めてなんよ。楽しみやなあ」
「僕も僕も。でも、太っ腹だよね」
「交通費宿泊費が部費から出るちゅうんやからね。ええんやろか」
5月28日の土曜日の朝。僕たちは、東京駅でそんな会話を交わす。さて、なんでそんなことになったかというと、話は簡単で、サークル『史跡を訪ねる会』の活動兼新入生歓迎パーティーで、京都の史跡巡りをすることになっているのだ。
その話を聞いた僕達は、なんでそこまで部費が出るのかを部長に訪ねたのだけど、
「うちの顧問が有名な歴史研究者でな。その人の道楽だよ」
とのこと。名前を聞いてみると、その人は、知る人ぞ知る一流研究者で、僕もいつか大学で、その人に教えを請いたいと思っていた人だった。真澄と一緒に居たいからというのが大きかったが、その先生が大学で教鞭をとっているというのも僕が東都大学を志望した動機の一つだった。
その先生に会うことができないか聞いてみたことがあるけど、非常に多忙な人で、彼が教鞭をとっている講義か、研究室にでも入らない限りなかなか会う機会がないらしい。
ともあれ、その先生のおかげで、僕達は京都にタダで旅行に行けるわけだから、非常に太っ腹だと思う。
待ち合わせ場所である、新幹線中央口に向かう道すがら、今日これからの予定を考え、ワクワクするのを感じる。
「なんか、コウ、すっごい楽しそうやな」
「そ、そんなに?」
「ウチと一緒にいるときも、ここまで楽しそうな顔、そうそう見いひんよ」
そんな風に、笑顔でからかわれる。楽しみなのはそうだけど、ちょっとテンションが高すぎるかな。
「ごめんごめん。ついテンション上がっちゃってさ」
「別にええよ。楽しそうなコウ見てるのも乙やしな」
そんな見守っているような事を言われると、なんともむず痒い。
「コウ君に真澄さんか。おはよう」
部長の
「おはようございます、部長」
「ウチら二人、お世話になります」
そんな風に挨拶をするも、
「今日は親睦会も兼ねてるから、気楽にな」
「そうそう。気楽に気楽に。何なら、新婚旅行くらいの気持ちでね♪」
部長に続いて、声をかけてきたのは、
新婚旅行に既に行ったことを言ったらさらにからかわれそうなので、黙っておこう。
「コウさん、真澄さん。おはようございます」
少しおどおどした感じで話しかけてきた女性部員は、
「山科さん。こちらこそ、今日は宜しく。あと、僕達後輩ですから、タメでいいですよ」
「いえ。私、タメで話すの苦手なので……」
「す、すいません」
ちょっと気まずい。と思っていたら、真澄に引っ張られた。
(山科さんはタメ苦手やから、気をつけなあかんよ)
(あ、そうだったね。ごめん)
先輩からだとタメ口の方が安心する僕だけど、世の中には誰であれタメで話すのが苦手な人もいるのだ、というのが僕が大学に入って知った一つの事実だった。
残りの部員も続々と到着して、いよいよ出発することに。渡された切符を改札口に通して、ホームに出ると、ちょうど目的の新幹線が到着するところだった。
東京発新大阪行きで、途中の京都駅で下車することになっている。
ちょうど8人なので、席を回転させて、4人と4人で座る。
配置は、僕と真澄が隣同士。部長と山科さんが向かい側だ。秋山さんたちはもう1つのグループ。
新幹線が発車すると、ぐんぐん景色が変わっていく。都会から住宅地へ、それから田畑が広がる風景まであっという間だ。
「そういえば、例年はどこに行ってるんですか?」
部長への質問。
「実は、新歓は京都と決まっていてね。私はもう3回目かな」
「三回目やと、飽きたりしないんです?」
「京都と言っても色々あるからね。むしろ、まだまだ周りたいくらいだよ」
「わかります。京都、史跡がいっぱいですもんね」
部長の言葉にとても共感する。
「私は、京都が出身なので、帰省する気持ちですね」
ぽつりとそんな言葉をこぼす山科さん。
「あれ。山科さん、京都出身だったんですか?」
「はい。コウさんなら、名字で気づきませんか」
「名字?ああ、山科家の!」
「はい、そこの末裔みたいなもので。今だと別に意味はないですけどね」
山科家は旧公家で、京都でも歴史のある家系だ。そんな家の末裔が、こうして近くにいるのは、ちょっと面白い。
「でも、山科さん、ウチと違って標準語ですよね」
という真澄本人も、敬語を使うときは標準語になっているのがちょっと面白い。
「東京に出て長いですから。すっかり、京都弁は抜けちゃいましたよ」
そう話す山科さんは、なんだか少し嬉しそうだ。
「京都弁って今でも話せるんですか?」
ちょっと興味本位で聞いてみる。
「うーん。「ほな、おおきに、コウさん」こんな感じですかね」
京都弁に切り替えるときに、イントネーションが切り替わっているのが分かる。関西弁と言ってもやはり京都弁と大阪弁では違うのか、真澄とはまた違って聞こえる。
「そういえば、真澄って京都弁混じってることあるよね」
一口に関西弁といっても色々あって、一概には言えないけど、時々京都弁の
「ウチも覚えとらんからねー。なんでやろ?」
真澄もわからないらしい。まあ、京都と大阪は結構交流があるらしいから、京都弁が混じっているのも不思議じゃないのだけど。
「真澄は実は京都出身だったりして……」
「そんなわけないやろ」
「わからないよ。実は、山科さんみたいに先祖を辿ると京都の旧家に……」
「ないない。あらへんって」
そんな冗談を言い合っていると、向かいの山科さんがくすっと笑った気がした。
「えーと、何か?」
「いえ。お二人、ほんとに仲がいいんだなって思いまして」
物静かで控えめな印象がある彼女だけど、そんな彼女に笑顔でそう言われると、からかいじゃないのがわかって、色々と照れてしまう。
「いや、その、仲はいいですけどね」
「〜〜〜」
真澄に至っては、言葉にできずに何か身悶えている。
「何か、おかしなことでも?」
「いえ、大丈夫です。はい」
からかわれるのはもう慣れてきた僕たちだけど、こう素直に言われるとどうにも羞恥心が湧いてくる。
物静かな人だけど、しっかりとした芯がある感じがして、仲良くなれそうだ。
「山科と打ち解けられたようで良かったよ。彼女はいい人なんだけど、何分、無口だからね」
と部長さん。
「そ、その。永山さん、恥ずかしいから止めてください」
消え入りそうな声で部長に抗議をする山科さん。
しかし、なんだか二人の間には、妙に親密な空気が流れている気がするけど、如何に。
(ねえねえ、真澄、どう思う?)
(山科さんと部長のこと言ってるん?)
(そうそう)
(うーん。気があるようにも見えるんやけど、どうやろな)
そんなことを話し合う僕たち。
「そういえば、お昼、決めてませんでしたよね。どうするんです?」
旅行の予定では、今日の晩と明日は旅館で夕食だけど、お昼は特に決まっていなかった。
「各自好きなところへ、というのが例年だね。真澄さんとコウ君は別行動にするかい?」
「いえいえ。別にサークルでもべったりってわけにもいかないですって」
「そうです、そうです。ウチらは普段から一緒に居ますから」
夫婦で同じサークルに、という経緯のせいか、こういう気の遣い方をされるけど、その辺は同じように扱ってほしい、というのが僕らの本音だった。
「そういえば、差し出がましい質問だったらすいませんが」
と山科さん。
「そんなに遠慮しないでいいですよ。なんですか?」
「コウさんと真澄さん、普段はどういう風に過ごしてるのかなと」
問われて考える。どんな、か。
「ウチらは学部ちゃいますから。外では別の時も多いんですよ」
「そうそう。でも、朝夜と寝る時は一緒だよね」
「寝る時は余計や!」
先日プレゼントしたハリセンでツッコミを食らう。なんと、今回も携帯してきたとは。
「そのハリセン、面白いですね。どこで買ったんですか?」
ハリセンで僕がはたかれているのが面白かったのか、興味津々という様子で質問してくる山科さん。意外とアクティブだな、この人。
「ちょ、ちょっと、誕生日プレゼントにですね……」
細部は言えないので、ごにょごにょとしてしまう。「コウは一言多いんやから」と恨みがましいつぶやきが聞こえてくる。ごめんって。
と言い合っていると、またくすくすと笑い声が。
「お二人、ほんとに楽しそうで、その、面白くて。す、すいません」
何が受けたのかわからないけど、これまでの物静かな印象を変える程の勢いで、笑いを必死にこらえている山科さん。
「最初は、夫婦で一緒にってどう接していいかわからなかったんですけど。仲良くできそうな気がしてきました。改めて、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ!」
こうして、物静かな印象があった、山科さんと仲良くなって、一路京都へ。
(中編1に続きます)
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