第26話 僕の幼馴染は意外に寒さに弱かった

 寝苦しくて、ふと目が覚める。枕元の時計を見ると、まだ午前4時。途中で起きてしまったようだ。


「暑い」


 ぽつりとつぶやいて、隣の真澄を見ると、気持ちよさそうに眠っている。そういえば、昨日は真夏日だとか言ってたような。


(温度でも下げよう)


 ぼんやりとした頭で、リモコンを操作して、温度を適当に下げる。しばらくして、涼しい風が部屋を満たす。


(気持ちいい……)


 再びぱたりと倒れて目を閉じる。


――


「ふわぁ。よく寝た」


 伸びをして、時計を見ると朝8時。なんだか、途中で一度起きた記憶があるけど、ぼんやりとしていてよく思い出せない。今日は3限からだから、もうちょっとゆっくりしていられるかな。


 そんなことを考えていると、隣から、「へくち!」という音が聞こえた。


「なんや、寒くない?」


 のっそりと起き上がった真澄がそんなことを聞いてくる。


「そういえば、ちょっと寒いかも」


 リモコンを見ると、温度設定が20℃になっていた。こりゃ、寒いわけだ。


「ごめん。ちょっと、温度下げすぎてた」


 夜中に起きた時に、温度を下げすぎたのだろう。


「そんな暑かった覚えないんやけどな」


 真澄はなんだかピンと来ていないようだ。


「夜中に起きたんだけど、やたら暑かったよ」

「昨日は真夏日とか言っとったね」

「そうそう。逆に、真澄が平気だったのが不思議なんだけど」

「でも、ちゃんとエアコン付けてたやろ?」

「湿度が高かったのかな……」


 温度を下げるのじゃなくて、除湿にすべきだっただろうか。そんなことを考えていると、再び「へくち!」とくしゃみの音がする。


「真澄、大丈夫?」


 もしや、風邪でも引いたのかと心配になる。


「ちょい寒気するなあ」

「体温計持ってくるね」


 救急箱から体温計を持ってきて、手渡す。


「……37.8℃。ちょい熱あるわ」


 言われてみると、調子が悪そうだ。声にも元気がない。

 

「やっぱり温度下げすぎたかな。ほんとごめん」

「別にコウのせいとは限らんし。別にええって」

「今日は休む?」

「せやな。ちょっと、連絡しとこ……」


 そんなことを言いながら、スマホを操作している真澄。同じ講義を取っている友達にでも連絡をしているんだろう。


「あ、コウは講義行ってええからな」


 ちょっと前に同じような台詞を自分で言ったことを思い出して、少し可笑しくなる。


「こないだ、僕も同じこと言ったんだけど。真澄、なんて言ったか覚えてる?」

「ウチらは夫婦やし、みたいなこと言った記憶があるな」

「ていうこと。わかった?」

「あんがとさん」


 僕が風邪を引いたときの事を思い出しているのか、くすくす笑っている。こういうところ、意外と僕達は似ているのかもしれない。


「ちょっと、風邪薬とか買ってくるよ。何か他に要るものある?」

「んー。ゼリーと、なんか飲み物」

「何かリクエストある?」

「栄養ゼリー系の奴、ウィパダーやったかな。あとは、スポーツドリンク系やったら、なんでも」

「了解。行ってくるよ」

「気をつけてな」


 外を出ると、強烈な日差しが照りつけてくる。そういえば、今日も真夏日と言ってたっけ。まだ5月下旬なのに、異常気象なのだろうか。

 

 マンションから歩いて15分くらいのところに、最寄りのドラッグストアーがある。チェーン店系で、薬だけではなく、お菓子や飲み物も置いてある。


 風邪薬と氷嚢ひょうのう、経口補水液、栄養ゼリーをカートに入れる。さて、会計をしようかと思ったときに、目についたのは、レトルトのコーナーで、お粥なんかが置いてある。


(お昼用に買っていこうかな)


 そんなことを考えていて、ふと思いついたことがあった。よし。


 会計を済ませてから、スーパーに立ち寄って、必要なものを買う。


「ちょい時間かかっとったな。大丈夫やった?」


 家に帰ると、心配そうな顔をして真澄が駆け寄ってくる。心配かけちゃったか。


「大丈夫。風邪薬のコーナーがわからなかっただけだから」

「それやったら、ええんやけど」

「ほらほら。真澄は大人しく寝といてよ」


 真澄を抱き上げて、運ぶ。こういうとき、もうちょっと体力があればと思う。


「腕が震えとるよ」


 笑いをこらえているのがわかる。


「別にいいでしょ」


 ちゃんと鍛えて、楽々運べるようになろうか、と考えてしまう。


 ベッドに彼女を運んだ後は、経口補水液と栄養ゼリーを手渡す。


経口補水液けいこうほすいえき?」

「スポーツドリンクより、こっちの方が吸収されやすいんだよ」


 実のところ、スポーツドリンクは水分補給にはそこまで適していないらしくて、ドラッグストアーで売っている経口補水液の方がいいらしい。


「そうなんやね。初めて知ったわ」


 栄養ゼリーを食べ終わった頃を見計らって、風邪薬と水を手渡す。その間にダイニングに行って、氷嚢に氷を詰めてくる。


「氷嚢とか、ちょい、おおげさちゃう?」

「熱がちょっと高めだから、しっかり冷やさないと」

「心配性なんやから」


 そう言いつつも、氷嚢を額に当てている。


「ああ。でも、ひんやりして気持ちええね」

「でしょ?」


 冷えピタでもいいかと思ったけど、こちらの方がちゃんと冷えるだろうと思ったのだ。しばらくすると、寝息が聞こえてくる。どうやら、寝たようだ。風邪の時はとにかく眠るのが大事だから、良かった。

 

 さて。こっちはこっちで準備をしないと。


 レトルトのお粥を見て思ったのは、せっかくなら僕が作れないか、というものだった。レトルトだと悪いわけじゃないけど、せっかくなら日頃のお返しもしたいし。


 というわけで、卵粥の準備を始める。最近は、ネットにレシピが転がっているので、さほど料理が得意でない僕でも、簡単な料理ならなんとかなる。


 ご飯、水、塩、卵、醤油しょうゆ鰹節かつおぶしを準備する。


 まず、ご飯と水を入れて煮立てる。ご飯が柔らかくなってきたら、溶き卵を流して、塩と醤油、鰹節を入れる。その後、お箸で時々かき混ぜるだけの簡単な料理だ。


 1時間と経たずに卵粥が出来たので、真澄を起こしに行く。


「真澄。お昼、食べられそう?」

「軽いものやったら」

「じゃあ、ちょっと持ってくるね」


 お粥をお椀に盛って、差し出す。


「はい。卵粥」

「よく出来とるね。ひょっとして、コウが作ったん?」


 ちょっとびっくりした様子の真澄。


「せっかくだからね。日頃作ってもらってるし」


 少し照れくさい気持ちになる。


「ひょっとして、さっき遅かったんは……」

「そういうこと。卵と鰹節が足りなかったからね」

「……あんがとさん。いただくわ」

「どうぞどうぞ」


 スプーンで掬って、食べる様子を見つめる。味見はしたけど、口に合うかな。


「ああ。美味しいわあ。鰹だしが効いとるね」


 表情を見る限り、ほんとうに口に合っているようで、ほっと一息だ。


「口に合ってよかったよ。ちょっとしょっぱかったかなと思ったし」

「こんくらいでええよ。コウも案外器用やね」

「真澄に比べれば全然だよ」


 単純なお粥だから出来ただけで、真澄が日頃作ってくれてるような手の込んだものは全然だ。


 食べ終わったお粥のお椀をキッチンに持っていこうとする彼女を制する。


「洗い物はやっておくから」

「別にこれくらい……」

「たまには、やらせてよ」

「もう、コウも過保護なんやから」


 そんなことを言うけど、風邪の時くらい、もうちょっと甘えて欲しいと思う。


 再びベッドに戻った彼女を見送って、洗い物をする。いい機会だし、今日は僕が掃除をしよう。


 ダイニングの床に洗面台、トイレやお風呂、などなどを掃除していくと、意外に時間がかかるし、手間もかかる。日頃、いかに真澄が色々してくれているかを痛感する。


 そうして、家事をしていると、いつの間にか夕方になっていた。真澄はもっと手際よくやっているようだけど、掃除だけでこれだけ時間がかかるとは。


「んー。おはよー、コウ」


 振り向くと、パジャマ姿の真澄が居た。朝に比べて、顔色も良くなったし、元気になったように見える。


「おはよう。風邪はどう?」

「もう熱もだいぶ下がっとるし。大丈夫やと思うよ」

「風邪薬で熱下がってるだけかもしれないし。今日は寝てて」

「もうだいぶ寝たんやけどな」


 どうにも不満そうだ。


「それなら、本でも読むとかさ。ネットしててもいいし」

「まあ、そうするわ。でも、ほんと、大丈夫やと思うんやけど」


 そう言って、真澄は寝室に戻っていった。


 しばらくして、真澄が寝静まった頃を見計らって、ちょっと様子を見に行く。


 苦しそうな様子もなく、すやすやと眠っている様子を見て、一安心。


 でも、こうして、寝顔をじっくり見るのも久しぶりだな。


 高校の時より少し伸ばした髪に、あどけない寝顔。均整のとれた身体に、あの時より少し膨らんだ気がする胸。そんな様子を見ていると、不思議と退屈しない。


 しばらくじっと見ていると、


「その、コウ。いつまで見とるん?」


 少し目を開けて睨む彼女。


「あれ、起きてたの?」

「あんだけ、じっと見られてたらな」

「ごめん、ごめん。ちょっと寝顔見てたら面白くて」

「別に面白いもんやないけど」

「可愛いと思うけど」


 そう言いながら、頬に触れてみる。


「も、もう。コウはこういう時だけ、恥ずかしいこと言うんやから」


 そんな事を言いながら、顔を赤らめて照れる彼女が愛しい。そうして、しばらくの間、他愛ないじゃれ合いを楽しんだのだった。

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