第12話 初めてのサークル活動

 今日は月曜夜。サークル「史跡を訪ねる会」で初めての活動日だ。というわけで、僕達は文化系サークル会館を訪れたわけだけど。


「日本史で好きな人物は?」


 というお題で部員たちが雑談を楽しむことになった。初参加ということで、入りやすい話題を作ってくれたらしい。


「じゃあ、手始めに私から。私は、やはり上杉鷹山だな」


 部長が最初に挙げたのは、上杉鷹山うえすぎようざん上杉治憲うえすぎはるのり)。江戸時代、領地返上寸前の米沢藩再生を成し遂げた藩主で、名君として知られている。


「部長は、どうして上杉鷹山を?」


 歴史ファンには知られている人物だけど、大人気という程でもない。


「そうだな……。挙げれば色々あるが、質素で堅実だったことや、伝国の辞にあるような先進的な見方だろうか。あとは、等身大の人物像には心打たれるな」


 伝国の辞は、鷹山が時期藩主に家督を譲る際に渡した心得で、その中には、藩は先祖から子孫へ伝えられるものであり藩主の私物ではない、領民は藩に属しているのであって藩主の私物ではない、といった内容が書かれている。学問を重視した人物としても知られているけど、そういうところが真面目そうなこの人にしっくり来たのだろうか。


「私はー、やっぱり沖田クンかな」


 見学に行ったときに出迎えてくれた女性部員さんだ。名前は確か、秋山あきやまさんだったっけ。


 それはそうと、彼女が出した沖田クンとは、おそらく沖田総司おきたそうじだろう。新撰組の隊士として有名だ。歴史上の人物としてはさほどの業績を残したわけではないけど、その生き様や若くして結核に倒れたことなどで知られている。ぶっちゃけると、女性ファンが多い人物だ。


「沖田クンは色々カッコいいんだよー。以前、沖田クンゆかりの土地に行ったんだけどさ……」


 彼女の沖田総司トークが延々と続いていく。


「まあまあ、落ち着きたまえ。次に順番が回らないぞ」


 10分以上語っていたので、さすがに部長が止めに入った。


 その後も、織田信長おだのぶなが豊臣秀吉とよとみひでよし大久保利通おおくぼとしみちなどの名前が挙がる。やはり、室町時代以降の人物に人気が集中しているなあ。


「次は、松島……いや、苗字だとわからないか。真澄さん」


 真澄の番が回ってきた。真澄と歴史トークで盛り上がったことは多くないけど、はてさて、どういう人物が挙がるのか。隣に座っている彼女を見ると、なんだか考え込んでいる様子だ。


「ウチは伊達政宗かなあ。部屋でデートしてるときに、コウに教えてもろたんですけど、彼の残してる手紙やら何やら色々面白いんですよ。あ、ウチ的には料理好きなところもポイント高いですね」

「うわー。惚気だ惚気」


 女性部員さんたちから歓声が上がる。


 伊達政宗だてまさむねは戦国時代の武将で、独眼竜という異名で知られている。グルメであったことや、残した直筆の書状が面白いことなどもあって、コアなファンからミーハーなファンまで広いファン層がいる。ゲームや小説で扱われることも多くて、真澄が知ってても不思議ではないけど。あ、そういえば。


(あれは黒歴史だから、忘れてくれると助かるんだけど)

(ほんま面白かったわ。伊達政宗が出てくるゲームやったときに、急に語りだすんやもん)


 小声で話し合う。戦国○ASARAを真澄がプレイしている横で、伊達政宗について熱くうんちくを語った黒歴史を思い出してしまう。真澄も真澄で止めてくれればいいのに、ずっと聞いてくれるものだから、ついつい小一時間語ってしまったのだった。オタクの悪い癖だ。


 にしても、真澄は真澄であの後しらべていたとは……。


「じゃあ、最後。宏貴…コウ君はどうだい?」


 部長さんから回って、最後は僕の番だ。


「もう出てるんですけど、やっぱり織田信長ですね」

「ほう。何かキミなりの理由でも?」

「ええ。織田信長は最近研究が進んで来て、以前のような独裁者・型やぶり・革新的というイメージから、穏健・常識的・保守的という風に評価が逆転してきてるんですよ。それで、僕なりに色々調べているんですけど、まだまだわからないところだらけな部分も面白いですね」


 高校の頃の部活で部長と討論した事があるのだけど、未だに彼がどういう人物だったのかについては謎が多い。同時代の大名と比較すると、約束や正義を重んじているという評価があるかと思えば、どう見てもその場の勢いでキレたとしか思えない行動も残されていたりと、とても多面的な部分がある、というのが率直な感想だった。


「さすが、高校の頃から歴史研究の部活をしていただけはあるね。キミとはいい酒が飲めそうだ」


 部長からの賞賛の言葉。いい仲間ができたとばかりに目が爛々と輝いている。ただ。


「いや、僕はまだ未成年ですからね?そりゃ、早く飲める歳になりたいですけど」


 一応、突っ込んでおいた。お酒は飲んでみたいと思うのだけど、最近は規制が厳しいらしくて、サークルでも未成年にはお酒を飲ませないように徹底しているらしい。世知辛い。


 部長の配慮が功を奏したのか、その後は部員たちを交えた雑談が続き、気がつけばまたも夕食を一緒してしまっていた。


 夕食が終わって、帰路についたのが23時30分。あと、もう少しで日が変わってしまいそうだ。


 満月が空に輝く中、二人で手を繋いで歩く。この辺りは都内だけど、夜は静かでとてもいい雰囲気だ。


「コウと部長さん、盛り上がっとったねー。なんや、難しいこと言っとったけど」

「真澄も随分、秋山さんと盛り上がってたよね。僕のこと話してたみたいだけど」

「女同士の話や。コウは聞かん方が幸せよ」


 愉快そうに笑う彼女。僕が聞かない方がいい話とは一体。

 本当に楽しそうだったから、僕をネタにして盛り上がってたんだろうけど。


「で、一体何を話していたの?」

「内緒や、内緒」


 こういう風にはぐらかされるのもなんだか楽しい。

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