第16話 僕と幼馴染の新婚旅行(中編)

 ふと、意識が覚醒しているのに気がつく。周りを見渡すと、見知らぬ天井に見知らぬ部屋。そういえば、僕たちは新婚旅行に来ていたことを思い出す。


 隣を見ると、浴衣姿の真澄。安らかな寝息を立てている。


「やっぱり、可愛い」


 起きているときの表情豊かな彼女も好きだけど、寝ているときは、童顔なこともあって、子どもっぽく見える。右手でなんとなく頬に触れてみる。すべすべだ。


「ううん、コウ……ちょっと……」


 僕の夢でも見ているのだろうか。なんだか、嬉しそう、というか、少し頬が赤らんでいるような?


「あ、気持ちええよ……もっと激しうして……」


 一体彼女は何の夢を見ているのだろうか。表情も艶っぽく、なんだか桃色な夢でも見ているんじゃないだろうか、と疑いたくなる。と思ったら、いきなり抱き寄せられる。えええ?


「ちょ、ちょっと。真澄!」


 びっくりした僕は大きな声を出してしまう。すると、ようやく彼女の瞼が開く。


「あ、コウ……」

「う、うん。おはよう」


 ようやく起きてくれたか。そう思ったら、いきなり唇を押し付けられる。んぐ。


「ちょ、ちょっと」

「そんなとこで寸止めとか、意地悪せんでええやんか……」


 何が意地悪なのだろうか。ひょっとして、まだ寝ぼけていらっしゃる?引き続き、真澄に身体をがっちりホールドされている僕だが、朝からなのに、欲望が首をもたげて来てしまう。これは、真澄が起きたら怒られそうだけどー


ーー


「あー、もう。ウチはなんてことを!」


 隣には、ベッドにうつ伏せになって手足をバタバタさせて身悶えしている真澄の姿があった。耳まで真っ赤にしていて、そんな仕草も愛らしい。


「でも、可愛かったよ。あんな風に甘えてくれるのも」


 半分寝ぼけた状態の真澄と致してしまったわけだが、普段と違って今回は子どもっぽく甘えてきた彼女。そんな彼女も少し新鮮で、結局僕も楽しんでしまった。


「あれはちゃうんや。寝ぼけてて……」

「じゃあ、本心じゃなかった?」

「ま、まあ、ウチもそういう願望はあったけどな」

「普段もあんな感じでしたかった?」

「普段のも、それはそれで……って何を言わせるんや!」


 額にチョップを食らう。


「甘えてくれる真澄も、可愛いよ」

「……うう。コウのキャラが変わっとる」

「失礼な」


 僕だって、照れくさい気持ちがあるだけで、普段からもっとこういうことを言いたいと思っているのだ。ともあれ、彼女に甘えたいという願望があるのは、一つ収穫だった。


 小一時間ほどじゃれ合った後は、朝食の時間。昨夜と同じように、女将さんが来て配膳してくれる。ご飯にお味噌汁、焼いた鮎、ぬか漬け、といったところ。朝に鮎が出てくるのは少し変わっている。


「朝のお味噌汁ってほっとするよね」

「鮎も美味いわあ」


 朝の日差しが差し込む室内で、のんびりと朝食を食べながらそんなことを話し合う。


「そういえば、朝、温泉に行きたいって言ってたよね」

「ああ。食べたら、一緒に行こな」

「了解」


 旅館の露天風呂は朝も入れるらしくて、昨夜は朝風呂に行こうと話し合っていたのだった。


 というわけで、朝食を終えて、旅館の露天風呂へ。当然ながら、こちらは男女別で、途中で別れる。


「あー、いい景色」


 旅館の露天風呂から、景色を眺める。川沿いにあるこの旅館のお風呂からは、眼下に渓谷が見えて、とても見晴らしが良い。そして、他のお客さんも居ないものだから、この景色を独占した気分だ。


(真澄はどうしてるかな……)


ーー


 同じ頃、女湯にて。


「今朝は醜態やったわ」


 湯船の中で、少し気だるそうな表情でそうこぼす、松島真澄の姿があった。


 それもそのはず。気恥ずかしくてなかなか表に出せなかった願望を表に出してしまったのだから。


「でも、ちょっと新鮮やったな。たまには、ああいうのもええな」


 景色を眺めているコウと対照的に、そんなことを思い返している彼女であった。


ーー


「いい湯だったよ。景色もすごかったよね」

「あ、ああうん。ええ湯やったな」

「なんか、のぼせた?」

「ま、まあ、ちょっとええ湯やったからな」


 少し挙動不審な真澄が気にかかったけど、景色に目を奪われていたのだろうか。


 のんびりお風呂に入った後は、少しごろごろとして、準備へ。今日は、国立公園「大沼園地」周辺を一緒に散策するのだ。


 国立公園までは少し距離があるので、旅館からバスで10分程の距離まで送ってもらってから散策を始めた。


「ハイキングなんていつぶりやろね。高1の時?」


 遊歩道を歩きながら、真澄が言う。


「そういえば、そんなこともあったっけ」


 まだ真澄と付き合う前のことだ。繰り返しアプローチをしていた(つもりが気づかれていなかったのだけど)時に、ハイキングに誘ったことがあったのだった。結局、空回りだったのだけど。


「確か、コウはデートのつもりで誘ってくれたんやよね。どないなこと考えとったん?」


 それを今聞かれるのか。恥ずかしいんだけどな。


「答えなきゃダメ?」

「別にええやんか。それくらい」


 特に気にした様子もなく、笑顔で聞いてくる。


「笑ったりしない?」

「大丈夫やって」


 ちょっと信用ならないんだけど、まあいいか。


「確かね……そうだ。近場だと、反応がイマイチだったから、遠出してみようって思ったんだよ」


 当時の僕は、毎月のように真澄をデートに誘っていて、それでいて「楽しかったね」以上に進展することがなかったので、次の手を考えていたのだった。それで、思いついたのが、自然の中を一緒に歩けばいい雰囲気になるのでは、ということだった。


「ふむふむ。それで?」


 新緑に囲まれた道を歩きながら話す。そうそう、確かこの頃だったんだよね。


「で、最初の方は、真澄がどんな感じかなーって様子を伺ってたんだけど」

「あー、そやったね。一列に歩いとるのに、何度も後ろ振り返って来たの覚えとるよ」


 懐かしそうな真澄の声。


「あれ、どう思った?」

「ウチの体力、やけに気を遣うてくれてるなーと感じやったな」

「そりゃそうか」


 別に気の利いた言葉をかけたわけじゃないし、意図に気づけるわけもないか。


「あ、休憩所だ。ちょっと休んでかない?」

「了解や」


 遊歩道の途中に休憩所があり、そこには、木製の古びたベンチが一台置かれていた。


ベンチに座って、少しの間ぼーっと過ごす。遠くには青々と茂る木々。


「それで、続きは?」

「まだ話すの……」

「せっかくの新婚旅行やし。昔のコウが何考えとったんか知りたいんやけどなー」

「わかった。わかったよ」


 そんな期待するような表情で言われて、断れるわけもない。


「で、確かさ。こんな感じの、小さな休憩所があったんだよね」

「うんうん。景色が綺麗やったよね」

「それで、真澄が、いい景色みたいなことを言ってさ」

「ああうん。言ったなー」

「でさ、真澄の方が……って言おうと思ったんだけど」

「後半、何て?」

「真澄の方が綺麗だよって、言おうとしたんだよ」


 結局、そんなキザったらしい台詞を言えるはずもなかったのだけど。と、隣の彼女の様子を見ると、必死で笑いをこらえている。



「笑わないって言ったよね」


 だから、言いたくなかったのに。


「いや、笑ってないからセーフや」


 そんな、必死で笑いをこらえた表情で言われても説得力がないんだけど。


「その時点でアウトだって」

「だって、コウに似合わん台詞やから。そんなこと考えとったとは」

「だから言わなかったんだよ」


 言ったら、きっと大爆笑されていたんじゃないだろうか。


「でも、言われたら、さすがにその時に気づいたやろな」

「ほんとに?」

「そんな露骨な言葉言われたら気づくよ。ウチやって」


 口をとがらせてそんなことを言う真澄。


「じゃあ、言っておけばよかったのかな」

「別にええんやない?今こうしてられるんやし」

「それもそうだけど」


 十分に休憩をとったので、再び遊歩道を歩く。ここからはしばらく登りになる。前後ろの1列になって、しばらく無言で歩く。そうして、30分程経った時。


「ああ。思い出したわ!」


 急に後ろの真澄が声を上げる。


「いきなり、どうしたの?」


 慌てて振り返る。


「そういえば、ウチもあのときは期待しとったなって」

「ええ、ほんと?」


 それは驚愕の事実だ。


「コウはとは、いつも楽しく遊んで終わり、やから、「友達枠」なんやなーって」

「その台詞は僕が言いたいんだけど」

「とにかく。急に遠出してハイキングしようってお誘いやったから。何やあるんかなーって期待があったんよ」

「あのときはチャンスだったのか」


 お互い、少し想いがずれていたことを今更知るとは。


「ああ。思い出したら、ちょい腹立ってきたわ」

「なにそれ?」

「あのときは、ウチもアプローチしとったんやで。お弁当も二人分作るつもりで居たんやし」

「そうだったっけ」

「そうなんよ。で、「お弁当、二人分作ってくるな」って言ったら、何て言ったと思う?」

「確か、「別に、そんな気を遣わなくていいよ」だったかな」

「そうそう。で、「ああ、スルーされたわ」とがっくりきたの覚えとるよ」

「いや、ほんとにそんなつもりはなかったんだけど」

「今やったらともかく。反対の立場やったらどう思う?」


 想像してみる。当時の僕がデートの帰りに、もし「送って行くよ」って言って「気い遣わんといて」と返されたら。いやまあ、家が向かいだったから、送っていくも何もないんだけど。


「確かに、スルーされた、と思いそう」

「やろ?」


 悔しいけど、確かに反論できない。


 そんなことを話していると、気がつけば、遊歩道の折り返し地点に着いていた。ここからの眺めはかなりいいし、せっかくだから。


「ちょっと、記念写真撮らない?眺めいいしさ」

「あ、それええな。にしても、コウから言われるとはな」


 くすくすと笑う真澄。


「何かあったかな」

「あのときは、ウチから記念写真言うたの、覚えとらん?こんな風に」


 と、ぎゅっと腕を絡めて来る。


「そういえば、そんなこともあったね」

「あれで、なんで気づかんかったん?」


 少し恨みがましい目で見つめられる。


「い、いや、僕もどきどきはしてたよ?でも、共学なら、そういうのも普通なのかなって」

「そんなわけあるかい!そんなん、よっぽど軽い女やで」

「はい。それはほんとに、その通り」


 今ならはっきり分かるけど、あの時は真澄の方から好意アピールが思いっきりあったのだ。それを、共学だからとか、気を遣ってるとかで色々スルーしてた僕が馬鹿だった気がしてきた。


「ま、ええけどな」


 そう言って、楽しそうに、スマホのカメラを僕らに向けてかざす真澄。


 その後も、思い出話をしたり、景色を眺めたりして、ハイキングを楽しんだのだった。


ーー


 旅館への帰り道のバスにて。


「ところでさ。他にも、真澄からのアプローチ、スルーしてたことってあった?」

「色々とな。聞きたい?」

「止めとく」


 表情を見ると、ほんとに色々出てきそうで怖い。


「ウチもはっきり言葉にせんかったし、お互い様やけどね」

「そうしてくれると助かるよ」


 いや、ほんとに。


ーー


 旅館に帰ってきてからは、夕食までだらだらとしたり、今度は屋内の大浴場を楽しんだり、相変わらず豪華な夕食を楽しんだり。またたく間に時間は過ぎて行き、気がつけば24時。



 もうそろそろ寝る準備をしてもいい時間だけど、こんな時間が終わってしまうのが少し惜しくて、二人で窓から外を眺めている。


「半月、か」

「ウチらの想い出に残ってる夜って、月が出てること多いんよね」

「だね」


「新婚旅行も、明日で終わりやね」

「うん。楽しかった?」

「そりゃもう。ウチ、ずっと覚えとるよ」

「なら良かった」


 あとは、アレを渡すだけか。旅行バッグを漁って、用意していたものを取り出す。


「ん?」

「実はさ。せっかくの新婚旅行だから、プレゼント用意してたんだ。受け取ってくれる?」

「もちろんや」


 丁寧にラッピングしたプレゼントを手渡す。


「なんや小さいな。開けてもええ?」

「もちろん」


 彼女が包装を開けると出てきたのは、半月型のキーホルダー。


「半月……ウチららしいプレゼントやね。でも、こんなん売ってたん?」

「三日月とか満月はあったけど、半月は無かったんだよね。だから、オーダーメイドで頼んでみた」

「そっか。大切に使わせてもらうな」


 嬉しそうな、そして、心底幸せそうなそんな表情をしながら、真澄はそう言った。喜んでもらえたみたいで良かった。


「じゃあ、ウチも……」


 と何やら旅行バッグを漁り始める真澄。もしかして……


「はい。ウチからもプレゼント。あんま選ぶ時間なかったんやけど」


 拳よりも少し大きいくらいの、そんな小さな箱を渡される。


「学業成就御守……」


 それは、神社の御守りに似たものが入ったキーホルダーだった。御守りには、「学業成就」と書かれている。


「コウは将来、学者になりたいんやろ?だから、普段使いできるので、御守りになるの探してみたんや」


 ちょっとプレゼントには地味やけど、とそんな言葉を付け足す彼女。


「ありがとう。大切にするよ」


 そこには、都内で学業成就のご利益で有名な神社の名前が書かれていて、このためにわざわざ足を運んでくれたんだな、ということがわかって嬉しくなる。


 ふと、視線を感じると、真澄がニコニコして僕を見つめている。


「ど、どうかした?」

「喜んでもろて良かったなあって。それだけやよ」

「そんなに顔に出てた?」

「めっちゃ出とるよ。ニヤニヤっていうかな」


 そんなにニヤニヤしていたのか。少し気恥ずかしいな。そんなことを思っていると、彼女がつかつかと歩み寄って来て、抱きしめられた。


「好きやよー、コウ」

「うん。僕も、大好きだよ、真澄」


 そう言って、抱きしめ返す。こうやって抱きしめ合うのは、お互いの暖かさを感じ合えるのが好きだ。


 その後も、お互い眠くなるまで、お互いに抱きしめ合ったり、キスし合ったり、背中を撫でたり、そんな風にイチャイチャと過ごしたのだった

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