第30話 僕と幼馴染のサークル旅行(その4)

 というわけで、二条城に向けて自転車を漕ぐ僕たち。それから10分ほど更に自転車を漕いで、目的地の二条城に到着したのだった。近くの駐輪場に自転車を止めていると、何やら先程見慣れた面々が。


「あれ、部長も二条城ですか?」


 そういえば、グループ毎に自由行動だったけど、どこに行くか聞いていなかったのを思い出した。


「京都の歴史関係の名所でも定番だからな」

「でも、部長は既に行ったことがありそうですけど……」

「何度見ても、発見があって飽きないものだよ」


 穏やかに語る部長は、なかなか様になっている。


「まあ、せっかくだし、部員全員で行くことにしよう」

「はい。ところで、これまでどこに行ってたんですか?」

八坂神社やさかじんじゃに行って来たところだ。といっても、わからないか」

「多少は知っていますが、あまり詳しいことは……」


 部長によると、西暦600年代創建とされる神社らしく、重要文化財もいくつかあるのだとか。


「初詣や祇園祭ぎおんまつりのときは大賑わいなんですよ」


 とは山科さんの弁。


「祇園祭りって、よー聞きますけど、そんな凄いんです?」

「凄いなんてものじゃないですよ。特に夜は、身動きが取れない程ですし」

「お祭りか……」

「何かありましたか?」

「いえ、別に」


 真澄と二人でデートしたら、さぞかし楽しいだろうなと思っていたことは秘密だ。


 気を取り直して、二条城に入る。内部は撮影禁止らしく、廊下には静謐な空気が漂っている。他の観光客の人も居たけど、意外にわいわいと騒いでいる人は居ない。


「部長。鶯張りうぐいすばりていうんは、どこなんでしょう?」

「僕も気になってました」


 鶯張りとは、歩くと床がきしむようになっている作りの廊下で、侵入者が居た時に素早く察知するためのものだと言われている。かくいう僕も、まだ鶯張りの廊下は見たことがない。


「もうすぐだよ。ほら」


 部長の指差す先に、少し細い廊下がある。なるほど。


 鶯張りの廊下に足を踏み入れる。歩いていると、キュッキュッ、あるいはキコキコとでもいうような、きしむ音がなる。でも……


「鶯言うくらいやから、ホーホケキョ、とまでは言わんけど、それぽいのやと思ってたわ」

「だよね。あんまり鳴き声っていう感じがしないし」


 もうちょっと鳥の鳴き声に似ているのかと思っていた。


「私もなんで鶯なのかは詳しくは知らないんだ」


 苦笑いする部長たちと話しながら、きしむ床をそろそろと歩いていく。別に、どかどかと歩かなければいいだけなのだけど、きしむ音がすると、そろっと歩かないといけない気分になる。


 そういえば、テンションの高い秋山さんはどうしてるのかと思えば、神妙な顔をして、僕たちと同じようにそろそろと歩いている。


「秋山さん、なんか珍しく静かですね」


 常時テンションが高いイメージだけど、意外に真面目に場内を観察している。


「私だって、さすがに史跡を訪ねる会の一員だからね。はっちゃけるときははっちゃけるけど、ちゃんとするときはちゃんとするの」

「おみそれしました」


 部長からの扱いを見て、もっと厄介なことでも起こすのかと思ったけど、案外まとも(?)なところもあるらしい。


 城内を歩いていくと、古いお城の雰囲気というか、歴史を感じさせる物が多数展示されていて、ここで歴史が動いたのか、と感慨深い気持ちになる。


「ウチは歴史は詳しくないんやけど」

「ん?」

「なんや、ここは、昔の人がおったんやなあって気持ちになるな」


 真澄も何か感じ入るものがあったのか、いつもと違う静かな雰囲気だ。


「そうだね。どんな風に使われていたんだろう」


 時代劇よろしく、ははーっと家臣が伏せる場面でも展開されていたのだろうか。そうそう。二条城といえば。


「ここ、織田信忠おだのぶただが自害したところでもあるんですよね」

「ああ、君は織田信長のことに詳しいんだったね。確かにそうだ」


 織田信忠は、有名な織田信長おだのぶながの長男だ。天下統一を目前にした信長が本能寺の変ほんのうじのへん明智光秀あけちみつひでの反乱を受けて自害した後、息子である彼は、二条城(正確な位置は不明)に籠もって徹底抗戦の後、自害したと伝わっている。


 しばし、数百年前の歴史に少し思いを馳せる。


 その後も、御殿や美しい庭園などを一巡りして、二条城を出る。


 気がつくと、1時間も経っていた。今が16時前だから、あと1箇所が限度かな。


 再び元のグループに分かれた僕たち。


「あとは、どこに行きたいですか?私はどこでも大丈夫ですよ」


 山科さんは、元地元民だけあって、既に色々見て回っているのだろう。


「じゃあ、北野天満宮きたのてんまんぐうに行きたいんですけど、いいですか?」

「あそこも有名所ですね。真澄さんもそれでいいですか?」

「別にええんですけど、確か菅原道真すがわらのみちざねを祀ってるんやったか」

「そうそう。全国にそういうのはあるんだけど、ここは特に歴史があるんだよ」


 北野天満宮の歴史は平安時代にまで遡ることができる古いもので、彼が怨霊として恐れられたことが建設の由来だとか。


 というわけで、北野天満宮に向けて出発。二条城からだと、さらに自転車で20分くらいかかるらしい。


 再び自転車を漕ぐ僕達3人。町中の至るところに、小さな史跡(なんとか跡地とか)があって、こういうのは自転車でなければ見落としていただろうなと思う。


 小さな史跡が至るところにある京都は、さすがに近世まで日本の中心地だっただけある。


 少し離れたところに自転車を置いて、北野天満宮の鳥居をくぐる。写真で見たことはあったけど、実物で見るのは初めてだ。


 神社の中はそれなりに人が居て、さすがに有名な神社だけはある。


「コウはなんでここに行きたかったん?」

「菅原道真って学問の神様でしょ?本人も、教養人だったらしいけど」

「そやね……あ、なるほど。コウは学者になりたいから」

「そういうこと。せっかくだから、お参りしたかったんだ」


 賽銭箱の前まで来た、僕たち。5円玉を放り投げて、祈りを捧げる。さて、何を願おうかな。


 神社からの帰り道。


「で、コウは何願ったん?」

「1つは真澄も察しの通り、歴史学者になれますように……かな」

「で、もう1つは?」

「真澄と末永く仲良く過ごせますように、かな」


 別に隠すことでもないのだけど、改めて言うと少し照れくさい思いがある。


「そか。ウチもおんなじやよ。ずっと……一緒に居られますように、って」


 そう思ってくれているのはとても嬉しい。思わず抱きしめたくなったけど、前を歩く山科さんに気づかれたら、と思って、さすがに自重したのだった。


 そして、北野天満宮から自転車でさらに20分。ようやく、今日泊まる予定の旅館に到着した僕たちだった。


※中編4に続く

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