第29話 僕と幼馴染のサークル旅行(その3)

 自転車で京都市街へ旅立った僕達。まず、最初に向かうのは『平清盛西八条殿跡』という、かなりマイナーな史跡。平安時代末期に隆盛を誇った武家の棟梁である平清盛たいらのきよもりの邸宅跡地らしい。


 平清盛は、日本史を習うと、平安末期〜鎌倉時代の辺りで出てくる人物だけど、

その後の源義経や弁慶といった人物に比べるといささか知名度は低い。


 京都駅から西へと自転車を漕いでいく。新しい建物と古い建物が入り交じる京都には、東京にない景色があって、心躍る。


 そして、自転車で20分程でそこへ到着したのはいいのだけど。


「神社、やよね?」

「そう見えるけど」


 邸宅跡地というから、家の土台なんかがあるのかなと思ったけど、着いた僕達を待っていたのは神社の鳥居。


「ああ。跡地は神社の中にあるんですよ」


 すっかり解説役と化した山科さん。


「なんでそんなことに?」

「私もそこまでは……とにかく入りましょう」


 神社の鳥居をくぐって、少ししたところに、一つの小さな石碑がぽつんと立っている。そこには、ただ、


 『平清盛西八条殿跡』


 と彫られているだけだ。


「え?これだけ?」

「なんか、こっちに解説があるみたいや」


 なるほど。横の立て看板に、解説文がついている。僕は見たことがないのだけど、NHK大河ドラマで、平清盛が主役の回があったらしく、それにあやかった宣伝がある。


「まあ、史跡といっても、今に残っているものは多くありませんからね」


 と山科さん。


「ええ。結構、再建されたものが多いですよね」

「なんや、ちょっと肩透かしかも」


 当時の雰囲気を残す建物を期待していたのか、ちょっとがっかり気味の真澄。


「こういう地味なところを巡るのも活動の内ですよ」


 と言う山科さんは、さすがに落ち着いたものだ。


「あ、でも。有名なところも行きますから。次は二条城です」

「二条城?なんや、聞いたことある気が……」

「真澄。大政奉還たいせいほうかんは習わなかった?それが行われたのが二条城なんだよ」

「あー、確かに習った気がするわ」


 手を叩いて納得した様子の真澄。大政奉還は、徳川将軍家が朝廷へ政権を申し出た歴史上の出来事だ。幕末から明治期の間での重要な出来事とされている。


「二条城は観光名所ですから、もうちょっと楽しめると思いますよ」

「僕も二条城は一度行ってみたかったんですよ。有名な鶯張りうぐいすばりも体験してみたかったですし」

「鶯張りは……ちょっとがっかりするかもしれませんけど、見どころは多いですね」


 彼女が言うくらいだから、ほんとに歴史好きにとってはいいところなのだろう。そんなことを思っていると、何か視線を感じる。誰かと思ったら、真澄だった。


「どうかした?」

「別に。なんでもないわ」

「それならいいんだけど……」


 何か物言いたげだったので、ちょっと気になる。とはいっても、これ以上気にしても仕方がない。


 再び自転車を漕ぎ出す僕達。二条城は、ここから北東にさらに30分くらいかかるらしい。初めての僕達は彼女の後をついていくしかないけど、山科さん曰く


「京都市は碁盤の目のようになっていて、東西の通りと南北の通りだけを覚えればいいので、簡単ですよ」


 とのこと。確かに、今僕たちが通っている烏丸通りは南北にまっすぐのびている。

 それにしても、東京都心みたいに高いビルが立ち並んでいるわけではなく、新しい建物と築何年だろう

 という古めかしい建物が同居している光景は、ちょっと面白い。


「ちょっと、この辺りで休憩しましょうか」


 20分くらいしたところで、そんな山科さんの言葉。少し疲れ始めた頃だったので、助かる。


「この辺りにオススメの甘味処があるんですよ。私も昔よく行ったんですけど……」

「なんか、山科さんは、歴史のある甘味処でゆったりとお茶してそうなイメージがあります」

「そ、そうでしょうか……」


 なんだか照れた様子の彼女。その様を眺めていると、体をひっぱって、建物の影に連れ込まれる。


「コウ、さっきから山科さんにばっかり話しかけとらん?」


 なんだか不満顔の真澄。


「そ、そんなことは無いってば」


 ちょっと、親交を深めようとしただけで。


「なんや、ウチが置いてかれてる気がするんやけどな」

「ひょっとして、嫉妬?」


 ちょっとからかうつもりで言ってみる。


「…………」


 冗談のつもりだったのに、返ってきたのは無言の返答。


「ひょっとして、本当に?」

「そうやよ。悪い?旦那が別の女にばっかり話しかけとったら、嫉妬してもしゃあないやろ?」


 恥じらいながらも、素直に気持ちを吐露する真澄。


 そして、それを告げられた僕はといえばー


「なんか、嬉しい」


 不覚にもときめいていた。


「は?」


 何を言われたかわからないという様子の彼女。


「いや、真澄が嫉妬してくれたのが嬉しいんだよ」

「な、何を言うとるん?」

「だって、今まで真澄がこんな嫉妬してくれたこと無かったしさ。こう、じーんと来るというか」

「なんで、それでコウが嬉しがるん?」

「真澄は僕を独占したいって言ってるわけでしょ?男としてはそりゃ嬉しいよ」


 嫉妬してくれるのがこんなに嬉しいとは、僕も思わなかった。


 思わず、今がどういう時かも忘れて、真澄を抱き寄せる。


「ちょ、コウ。今、サークル活動中」

「ちょっとキスしたくなって。いい?」

「いや、駄目やないけど、場所とか……」


 あたふたしている真澄が、ちょっと幼くなった気がしてとても愛しい。そのまま、勢いで

 彼女に口付ける。


「ご、ごめん。ちょっと勢いでしたくなっちゃって」

「ウチが拒まんかったし、ええんやけど。もうちょい場所考えてくれへん?」

「ともかく、山科さんにばっかり、ていうのは気をつけるから」

「別にもうええよ」

「でも、さっきは……」

「こんな事されたら、嫉妬する気も起きひんわ。嫉妬したらまたコウが変なことしそうやし」

「変なことって……」


 昼間の街中でキスはやりすぎだったかもしれない。そういえば、結構な時間が経ったんじゃない

 だろうか。そう思っていると、


「あの。もう大丈夫ですか?」


 一部始終を目撃していた山科さんが居たのだった。


「は、はい。大丈夫です。色々すいません」

「ウチの旦那がこんなんで、ほんと申し訳ない」


 昼間、自重しようと言ったばっかりなのに、気がついたらこんなことをしていたわけで、

 我ながらどうかと思う。


「いえ。キスしてるところとか、ドキドキしちゃいましたし……すいません」

「ああ、いえ。僕たちがすぐ戻ってこないのが悪いんですし」


 なんだか、色々申し訳ない。


「なんや、ウチ、死にたくなってきたわ」


 真澄も羞恥と申し訳無さで、なんだか妙にダウナーなテンションになっている。


「これからは、私も気をつけますから」

「いえ。お気になさらず」


 妙な気の遣い方をされると、困る。


 その後は、オススメの甘味処で疲れを癒やしたのだけど、それどころじゃない僕達だった。


 そして、二条城を目指して、僕らは自転車を漕ぎ始める。


 ほんと、自重、しないとなあ。



※中編3に続きます

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