幼馴染なお嫁さんと僕
久野真一
第1話 幼馴染がお嫁さんになった日
4月3日の月曜日。僕たちの新住居にて。
ポン。印鑑を押す音がする。
「ほい。これでいいか?」
印影をチェックする。うん。
「それで大丈夫」
「じゃ、次は私ね」
また、ポン、と印鑑を押す音がする。
「これでいいかな?」
幼馴染の真澄がしげしげと印影を見る。
「おっけーやで」
ふう、とそろって一息つく。
「ようやく、これで婚姻届出せるんやなあ」
感慨深げにそうつぶやく真澄。彼女の名前は、中戸真澄(なかどますみ)。僕の、小学校の頃からの幼馴染で、今は婚約者でもある。そして、この婚姻届が受理されたらお嫁さんになる人でもある。
「思ったより、結婚って大変だよね」
僕の名前は松島宏貴(まつしまこうき)。この春、幼馴染の真澄と一緒に都内の国立大学である東都大学(とうとだいがく)に一緒に通うことになっている。真澄とは、小学校の頃からの付き合いで、中学ですったもんだあった上、高校になって正式にお付き合いを始めて、今に至る。
「しっかし。ほんとにいいのか?」
心配そうに聞いてくるのは、僕の小学校の頃からの親友である、篠原正樹(しのはらまさき)。
中学高校と男子校だった僕にとっては、真澄に続いて付き合いの長い友達でもある。
「籍を入れるだけだし、大丈夫」
とはいえ、その籍を入れるのが意外と大変だったのだけど。なにせ、婚姻届けを出すには、本籍地の戸籍謄本を取り寄せる必要がある上に、二人の証人の署名と印鑑など、諸々手続きが必要な上に肝心の婚姻届けにも色々書かないといけないことがあった。職業とかなんとか。さらに、僕たちは未成年なので、僕や真澄のお父さんやお母さんにも同意書を書いてもらう必要があった。
「まあ、二人がいいなら、私たちが言うことじゃないけど」
諦めたように言うのは、杉原朋美(すぎはらともみ)。僕や真澄の小学校の頃からの友達であり、真澄の親友でもある。今回は、正樹と朋美の二人に証人になってもらったのだった。
「二人とも。あんがとさん」
ねぎらう真澄。
「コウ達のためだし」
「ますみん達のためだし」
とそろって言う二人。ほんとにありがたい。
「そういえば、籍はいつ入れるの?」
と朋美。
「今日中に出してこようかなって」
「早っ」
「コウも思い立ったら早いからなあ」
諦められたように言われるけど、真澄もその当事者なんだけどな。
「ま、あまりお邪魔してもなんだし。それじゃな」
「結婚パーティーとかやるなら呼んでね」
とあっさりと去って行く正樹と朋美。
ぽつんと残される僕たち二人。
「これを出したら、僕たちは夫婦なんだよね」
「こんな紙切れ一つで、ってのが実感湧かんけど」
二人で揃って、もれなく記入された婚姻届けを見る。
そこには、確かに『夫になる人』のところに、『松島宏貴』と。
『妻になる人』のところに、『中戸真澄』とはっきり記されていた。
「役所、行こうか」
「そうやね」
というわけで、婚姻届けを提出しに区役所へ行くことになったのだった。
外に出ると、既に桜が満開で、あちらこちらで花見客を見ることが出来た。
「にしても、ごめんね。色々面倒かけて」
「ま、しゃーないよ。コウに変えさせるのもなんやし」
結婚、ということのはなんだか非常にロマンがあるように思えていたのだけど、実際に手続きをする段になってみると案外面倒なもので、中でも、姓を変える側の真澄にとっては各種書類の変更手続きが非常に面倒くさいことを知ったのだった。
そんな面倒かけるくらいなら、僕が姓を変えるよ、と言ったんだけど、真澄は
「そのくらい気にしとらんからええって。今どき、男が姓変えたら婿養子かと思われるよ」
ということで、普通に真澄の方の姓を変えることになったのだった。
「結婚ってもっとロマンチックなものだと思ってたよ」
手を繋いで歩きながら、そんなことをぼやく。
「現実はそんな甘くないちゅうことやな。でも、ま、ウチは幸せやで」
のほほんとした笑顔でそんなことを言う彼女。
「幸せじゃないと僕が困るよ」
と思わず苦笑いしてしまう。
15分くらい歩くと区役所に到着。幸い、それほど窓口は混んでいない様子で
「はい。確かに受け付けました」
というわけで、あっさりと婚姻届は受理されてしまった。正確には、不備がないか確認するのに一週間かかるらしいけど、とにもかくにも、これで真澄の姓は松島となり、晴れて僕のお嫁さんということになる。
婚姻届を出しに来た人にサービスということで、記念撮影をしてくれたのだけど、僕も真澄も普段着だったので、もうちょっと気合いの入れた服装をしてくれば良かったとちょっと後悔したのだった。
婚姻届を出したら特に用事もなく、同じ道を帰った。
そして、ダイニングの椅子に二人揃って座る。
「これで、真澄は僕のお嫁さんかあ」
「コウはウチの旦那さんやな」
テーブルを挟みあってなんとなく見つめ合う。
ぷっ。っとお互い吹き出してしまう。
「真澄がお嫁さんってまだ実感湧かないなあ」
「ウチもコウが旦那って実感湧かへんわ」
婚姻届を出してみたら、夫婦という実感が湧くのかと思ったのだけど、案外そういうこともなく、二人して実感の無さに苦笑している始末。
「あ、そういえばさ。呼び方変える?」
ちょっと前に考えていたことを提案する。
「「あなた」とか「おまえ」とか、そういうのんか?」
「ま、まあ。あなたじゃなくてもいいけど」
と言ってから考えるけど、真澄にあなたとか呼ばれても違う気がするし、僕が真澄の事をおまえとか言うのも違う気がする。
「今まで通りでいいか」
「今さら変えてもしゃあないしな」
というわけで、呼び方は今まで通りに決まった。
夕食は、せっかくなので、ちょっと奮発して高級レストランにしようかと悩んだものの、そもそもそういうところの経験がないので、近くのちょっと高めの定食屋でささやかに結婚を祝ったのだった。
そして、夜も22時を回ろうかと言うところ。そろそろお風呂の時間だけど。
「今日は一緒に入らへん?」
「そ、そうだね」
結婚した日だし(?)ということもあって、一緒にお風呂に入ることになったのだった。
しかし。
「ちょっと二人で入るには狭いよね」
「2DKのマンションやしな。しゃーないよ」
浴槽に二人で浸かりながら、ぼやく。向かい合わせだときついので、僕が真澄の身体を後ろから
抱きしめるような体勢だ。しかし、こういう体勢だと、下半身がちょっと。
「コウ、なんか当たっとるよ」
「ご、ごめん」
やましい事はないのだけど、少し気恥ずかしい。
「ええと、別にしたいってわけじゃなくて」
「別にええんやで?お楽しみでも」
にしし、と楽しそうな真澄。
「お楽しみって、エロ親父じゃないんだからさ」
「コウ、それはちょっと聞き捨てならんで」
そんなことを言い合いながら、一緒にお風呂を楽しんだのだった。
お風呂に入ったら、後は寝るだけだ。2DKの片方の部屋は二人の部屋、もう片方は寝室と決めてある。
というわけで、二人で一緒に寝るのはこれが初めてじゃないのだけど。
「電気消すでー?」
「うん。お願い」
パチリと電気が消えて、ダブルサイズの布団に真澄が入って来るのがわかる。
「結婚、したんだよね」
「そやね」
ぼんやりと天井を見ていると、僕の耳が真澄の胸にパジャマごしに押し付けられる。てちょっと。
「なんか、聞こえへん?」
「なにか、っていっても……鼓動が速いような」
パジャマごしに真澄の鼓動が聞こえるけど、ドクンドクンというより、ドクドクドクって感じで速いような。
「ウチは、ドキドキしとるてことや」
真っ暗なので、その表情は見えないけど、どこか嬉しそうな声だった。
「そっか。なら良かった。僕もそうだったし」
実は、僕もさっきから心臓のドキドキが収まらない。
「やっぱり、結婚するってちゃうんやなあ」
「実感ないって言ったけど。そうなのかも」
眠気がしてくるまで、そんな他愛無い会話をしたのだった。
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