第8話 記念写真を撮ろう
4月22日土曜日。僕らは、都内某所の写真館を訪れていた。というのも、僕の家も真澄の家も、祖父や祖母が孫の結婚記念写真を見たいようなので、衣装レンタルで記念写真を撮ってくれる店に頼むことにしたのだ。
その写真館「シンデレラ」は、最寄り駅から1駅行ったところから程近い場所にあった。駅ビルの屋上にあることを知らずに、少し手間取ったのだけど。
「ウチがウェディングドレス着るの、なんや変な気分」
「僕もタキシードを着ることになるとは思わなかったよ」
籍だけ入れてしまったせいか、いまいちそういう衣装に馴染みがない僕達は、そんな会話を交わしていた。
「あの。10時から予約の、松島です」
受付のおばさんにそう伝えて、待合用のソファに座る。
「なんか、このソファ、すっごい豪華だよね」
「いったいいくらするんやろ」
どこかの豪邸にでも置いて有りそうなソファだ。
「でも、なんでこんな豪華なんだろう」
「ウチらみたいに式挙げてない人も来るんやろし、結婚式気分を味わってもらいたいとか」
「なるほど」
言われてみれば、こういうサービスがあるということは、式を挙げなかったか挙げられなかった夫婦が利用することも多いのだろう。
「それでは、ご説明させていただきますね」
歳は70くらいだろうか。老紳士、といった風情のおじいさんが、説明をしてくれる。
それによると、お互いに貸衣装に着替えて、いくつかのシーンで2ショットを撮ってくれるらしい。その中でお気に入りを選んで欲しいとのこと(複数選ぶとその分だけ料金が割増とのことで、よくできている)。
「じゃ、また後でな」
「うん」
更衣室前で別れる。スーツですら悪戦苦闘したのだけど、老紳士の店員さんが手伝ってくれたおかげで難なく着替えることができた。さすがプロだ。
というわけで、スタジオで真澄と合流したのだがー
「そ、その。どうや?」
映画のワンシーンで見るような、純白のドレスを着てベールをかぶった彼女がそこに居た。
「……」
「その。なんか言ってくれへん?」
無言だったのを勘違いしたのか、不安がらせてしまったようだ。
「凄い綺麗だよ。ほんと、似合ってる」
自分で言ってて、凄く陳腐な言葉だと思ったけど、想像の世界でしかなかった光景が急に現実になった気がして、うまい言葉が見つからない。少しはにかみながらドレスを眺める彼女の様子は可愛らしい。
「そか。ありがとな。コウも似合っとるよ」
「ど、どういたしまして」
そう言われると照れる。
「なんや、着替えただけやのに、凄い不思議な気分」
「僕もだよ」
結婚式というものには憧れはなかったのだけど、世の中の夫婦が結婚式を挙げたくなるのもわかる気がする。
「さ、そこにお二人で座ってください」
先程とはまた違う、きらびやかなソファーに案内される。これに隣り合って座って、何シーンか取るらしい。
隣に座って、真澄と見つめ合いながら、腕を組む。こんなこと、何度もしてきたはずなのに、不思議と気恥ずかしい。
「それじゃ、何枚か撮りますからねー」
姿勢やポーズを変えて数枚の写真が撮られる。笑顔でと言われたのだけど、うまく笑えているだろうか。
「じゃあ、次は立ってください」
今度は立って写真を撮るらしい。
「もうちょっと笑ってくださいー」
「は、はい」
「コウ、固くなり過ぎやよ」
「奥様もですよ」
見ると、真澄も少し緊張した様子が伺える。
それから、さらに構図や背景を変えて撮影が続く。結局、合計で1時間もかかってしまった。
「ちょっと疲れたわ」
「だね。じっとしてないといけないし」
撮影の初めこそ新鮮な気分だったけど、だんだんと疲労がたまっていくのがわかった。
「結婚式すると、もっと大変なんだろうね」
「式挙げなくて正解やったかも。ドレスも動きにくいし」
顔を見合わせて、なんとも夢のないことを語り合う僕達。
「あ、でも。真澄のドレス姿が見られたのは良かったよ」
「結婚式する人ら、どんな気分なんやろうね」
「正樹たちが結婚したら、聞いてみよう」
「それ採用や。トモは式とか憧れありそうやしな」
当人たちが聞いていないことをいいことに、好き勝手なことを言う。ふと、先程の老紳士の店員さんも含めて、誰も居ないことに気がつく。
「そのな、コウ……」
「どうしたの?」
何やら言い出しづらいことでもあるのだろうか。
「今なら誰もおらへんし。誓いのキス、とか、してみたいんやけど」
そういえば、結婚式ではそんなのもあったっけ。
「うん。じゃあ……」
そっと彼女の唇を奪う。
1時間の間に撮った写真をタブレットで見せられたのだけど、選んだのは最初に撮った1シーンだった。後の方は、どっちも少し疲れた顔をしてるし。
「ありがとうございました。またのお越しを」
会計を済ませて、店を出る。記念写真が届くのは、約1週間後らしい。
「でも、ちょっと意外だったよ。まさか真澄が誓いの……」
「恥ずかしいから禁止!」
口を塞がされてしまい、もがもがとする。
「ご、ごめんごめん。でも、良かったよね。来年も来ようか」
「それもいいかもな」
1年後、僕たちはどうしているだろうか。そんな事に思いを馳せたのだった。
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