第38話 僕は指輪をなくしてとても焦った
ある休日の朝のこと。
爽快な目覚めとともにあくびをしてみると、いつもある感触がない事に気がつく。
あれ?と思って、左手の薬指を確認してみる。
そこにはあるべきもの……結婚指輪がなかった。
(落とした?)
洗い物をする時などを除いて、僕は常に結婚指輪を身に着けている。
なくす心配がないのと、指輪を見ることで初心を思い出せるというのもある。
なのに、無くした?ひょっとして、寝ぼけて外したのだろうか。
しかし、布団をめくったりしてみても、指輪は見つからない。
はあ、どうしよう。
真澄が作ってくれた朝食を食べても、なんだか味気がない。
指輪が見つからないことが気がかりだからだ。
大学に落とした?いや、さすがに大学で外したことはなかったはず。
だったら家?そういえば、洗面所で外したことがあった気はする。
そんな事を考えながらだから、気が気でない。
「ちょっとコウ、なんか様子が変やよ?」
さすがに気づかれるか。
「そんなに変だった?」
「最近全然みいひんくらい深刻そうな顔をしとるよ」
心配そうに真澄が言う。
そんなに心配かけちゃってたか。仕方ない。正直に話そう。
「まず、ごめん!」
食卓に頭を擦り付けて謝る。
「ちょ、ど、どないしたん。コウ?」
真澄は困惑した様子で目を白黒させている。
「そのさ、怒られても仕方ないんだけどさ。指輪……なくした」
「……」
「ほんっとにーごめん。いくら言い訳してもしきれないよ」
それ以上に、僕にとっても大切な品だ。色々な意味でショックだ。
真澄はどうだろうか。そう思って顔を上げてみると、
「なんや、コウはしゃあない奴やなあ」
少し呆れた、でも、全然怒っていない様子の真澄。
それどころか嬉しそうだ。
「別にそれくらいで怒らんよ。ウチもドジって無くしそうになったことあるし」
「真澄も?」
「洗い物するときは外さんとやし、たまにあるんよ」
なるほど。言いたいことはわかる。
「でもさ、真澄が許してくれても、僕自身がショックなんだよ」
それは、時折指輪を眺めて彼女のことを思い出してたからだろうか。
「指輪無くしただけで、それだけ取り乱してくれるんやね」
「そりゃそうだよ」
「ありがとさん。それだけ想ってくれてて」
嬉しそうな真澄。指輪をなくして怒らせるどころか、むしろ逆の展開に。
「それで真澄はいいかもしれないけど、僕としては、色々、ね」
そうぼやいた僕に対して真澄はというと。
「それより、どこでなくしたんかわかる?」
問われて、昨日からの記憶を掘り返す。大学から帰る前までは着けていたはず。
「たぶん、家の中。寝室か作業部屋か、洗面台辺りかな。ダイニングかも」
「家の中全部やね」
「面目ない」
「よし。それやったら、これから指輪探そか」
腕まくりをして、早速指輪を捜索する気満々の真澄。
「でも、今日はデートの約束だったよね」
「別にデートはいつでも行けるし。それに、コウにそんな顔させたくないからな」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
そうして、結婚指輪を探すために、家中を家探しすることになった。
「うん。洗面台はやっぱりないね」
「洗濯機の周りもあらへんな」
「物置はどうだろう?」
「コウは物置に指輪置くんか?」
「さすがに、ないかな」
「それやったら、後回しで」
次にトイレ。
「やっぱり、無いよね」
「さすがに落ちとったら、ウチが気づくよ」
「それもそうだね」
僕も気づくよとは言い切れなかったりする。
次に作業部屋。こっちは案外ありそうだ。
「机の下……あらへんな」
「パソコンの隙間にもないね」
などなど、作業部屋にあるもの全てをどかしたが出てこなかった。
次にダイニング。
「こっちも無いね。ここで外したら気づくか」
「だいたい、ウチが一緒のときやしね」
というわけで、こちらでもなく。
残るは寝室。
「さっきちょっと調べたけど」
「意外と布団の隙間に挟まっとるもんよ?」
というわけで、掛け布団や敷布団をひっくり返す。
あとは……と思っていると、枕元からコロリと何やら輝くものが。
「あ、あった!よかったー」
「灯台下暗しやな」
「確かにそうだね」
なんて、言い合っていると、ふと、真澄が、
「あ!思い出したわ!」
「え?どうしたの?」
「昨夜、エッチする前に指輪外して言うたのウチやった」
「ああ、そういえば」
昨夜の記憶が蘇る。
いよいよ致すという段階で、真澄が指輪を外して欲しいと言い出したのだ。
その理由はというと、エッチの時に邪魔になるからという身も蓋もない話。
そして、その後、指輪をはめるのを忘れて寝てしまったのだった。
「ウチが半分原因やったとは。ごめんな」
少ししゅんとした様子で真澄が謝ってくる。
「僕も悪かったし。とにかく、見つかったからそれでいいじゃない」
「そうやね。でも、今度からはしたままの方が良さそうやね」
「うん。そうしてくれると……いいのかな」
そうして、指輪をなくしたというちょっとした事件は幕を閉じたのだった。
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