第14話 僕は幼馴染と新婚旅行に行きたい
ゴールデンウィークを目前に控えたある日の夜。ダイニングには、真澄が食器を洗う音が響く。こういう、食後のゆったりとした時間はとても好きだ。というのはおいといて。
「そういえばさ、新婚旅行どうしようか」
僕が少し前から、考えていたことについて、切り出してみることにした。
「新婚旅行?」
蛇口を締めて、真澄が振り返る。
「僕達、まだ新婚旅行行ってないよね」
「新婚旅行、なあ」
腕組みをして思案する様子の彼女。
「夏休みくらいでええってことになったんやなかった?」
彼女の言っていることはその通りで、新婚旅行だとかそういうのは、夏休み辺りにでも、という話になっていた。
「そうなんだけど、ゴールデンウィークって手もあるよね」
4月29日からのゴールデンウィーク。せっかくなら、この期間に新婚旅行というのもいいのでは、と思ったのだった。
「ゴールデンウィークにって、今からやと混むんとちゃう?」
「実は、それなんだけどさ。ちょっとこれ見て」
封筒から一つの紙を取り出す。そこには、
「那須塩原温泉?これ、どうしたん?」
「実はさ、ネットで懸賞に応募してたら偶然当たったんだよ」
できるだけさりげない素振りで切り出す。
「そんな懸賞に応募しとったんやね。ちゅーことは、コウはウチと温泉旅行行きたいなーとか思ってたん?」
急に真澄がニヤニヤとした顔になる。あ、そうか。
「う、うんまあね。真澄と二人でそういうところ行ければなあ、と思ってました。はい」
懸賞はともかく、行き先については、僕の願望があったのは事実なので、正直に明かす。
「そう正直になられると、こっちも照れるんやけど」
途端に視線を下にそらして、もじもじしだす真澄。そういう反応は凄く可愛いのだけど、ツボに来すぎて困る。
「とにかく。せっかくのチケットだし、使わないのももったいないと思うんだけど、どうかな」
反応を伺う。
「そやね。もったいないし、行こか。でも、運が良かったんやね」
「そ、そうだね。こういう懸賞に当たったのはじめてだけど、1名様とか、凄いレアだよね」
「なんで急に早口になっとるん?」
「べ、別に?」
「まあ、ええけど。で、どこにするん?今からやと、早う予約をしないとあかんと思うけど」
「あ。そういえば」
このペアチケットを使うにしても、既に予約でいっぱいだと入れないことをすっかり忘れていた。というわけで、リストに載っている旅館やホテルの中から良さそうなところを探して、手早く予約をすることに。最初の何件かは既に予約でいっぱいだったので、危ないところだった。
「危なかったね」
「ほんまにな。でも、これでゆっくりできそうやね」
「そういえば、どこか見たいところある?」
「そやね……。那須塩原は詳しくないんやけど、この牧場とか行ってみたいわ」
ということで、無事旅館を予約できた僕達は、今度は何をするかを決めることに。二泊三日ということで時間は十分にあるので、どんどん行ってみたいところの候補を出し合って、予定を埋めていく。
そんな最中、ふと、薄い紙切れがひらりと僕らの足元に。あ、あれは。なんとか、先に拾おうとするも、不幸なことに先に真澄が拾って何やら読み始めた。
「ん?……なになに。領収書……松島宏貴様」
ああ、終わった。
「コウ。ひょっとして、このチケット、買うたん?」
「……う、うん。実は。ごめん」
さて、どんな反応が返ってくるだろうか。そんなことを考えていたのだけど。
「……くくく、ちゅーことは、さっきの「実は、ネットで懸賞に当たったんだけど」も」
何やらツボにハマったらしく、腹を抱えて大笑いしてらっしゃる。しかし、とても恥ずかしい。
「もう、コウは演技下手なんやから。妙なところがあるなと思っとったんやけど」
「気づいてた?」
「なんか変やなーとは。懸賞が当たったにしては、全然驚いとる様子ないしな」
言われてみれば、ちょっと落ち着きすぎていたかもしれない。しばらくして、笑いから復帰した真澄。
「で、旅行は今更キャンセルせんでええけど。なんでこんなことしたん?」
そのことは当然聞かれるよね。
「実はさ……」
僕が少し前から気になっていたことが一つあった。それは、大学に入学してからの彼女が、時折「新婚さん」を強調することがあることだった。考えてみれば、僕達は籍を入れたし、同じ住居で寝起きして、ご飯を食べて、一緒に大学に行ってもいるけど、あんまり新婚さんらしいことをしてあげられていない。そんなことを打ち明けたのだった。
「で、新婚旅行?」
「そういうこと」
新婚さん=新婚旅行というのも少し安直だとは思うのだけど、まず思いついたのがそれだった。そして、急に新婚旅行の話を持ち出すと、遠慮してしまうのでは、と考えて一計を案じたのだけど、人間、慣れないことはするものじゃない。
さて、真澄の反応はいかに、と思って様子を伺ってみると、何やら急ににやけだした。それも、からかうような時の感じじゃなくて、心底嬉しくて嬉しくて仕方ない。そんな感じだ。
「真澄。なんで、そんなにやけてるの?」
「ウチ、そんなにやけてた?」
「かなり」
「コウが下手な演技してまで、ウチのこと考えてくれたんやなあと思うと、凄い嬉しくて。こんなん、反則やで」
「そ、それは良かったね」
そんな反応をされると、演技がバレた恥ずかしさと、嬉しさで、僕までにやけてきそうだ。
しばらくして、お互いが落ち着いた頃。
「新婚旅行、楽しみやね。温泉とか牧場とか」
「うん。思いっきり楽しもう」
そうして、紆余曲折あったものの、ゴールデンウィークの二泊三日の新婚旅行が決定したのだった。
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