第4話 神殿の中って閉鎖空間なの?

 【みそぎ】をしないと先に進めないようなので、諦めて泉に入ることにした。


 肩にかけてもらった羽衣は、長方形のオーガンジー風のストールみたいで、サイズも肌掛け毛布くらいある。でも、くるくる巻きにして折り重なってもさほど嵩張らない、半透けで不思議な薄さだった。

 手触りは上質のシルクのようでスルッとしているし、僅かに虹色の光沢もある。

 本当はなんの素材なんだろう。

 異世界らしく、魔獣の吐いた糸とか(シルクだって蚕の繭だけど)人食い植物の種子や葉、茎の繊維とか言うのかな?


 肩と腰の位置で軽く結び、落ちないようにしてから、もそもそと制服を脱ぎだした。


 美弥子達のブレザーと私の前の学校のジャンパースカートとは色も見た目も違うから、取り違えたりしないよね? ポケットの中に財布や家族写真が入ってるの、なくしたくないから慎重にならなきゃ。


 羽衣の余った部分を体にぐるぐる巻き三周にしてみると、あんまり透けなくなった。

 もう一度だけ、神官の人達が本当にこちらを見てないかチラッと確認してから、温泉地の岩風呂のような泉に足先をつけてみる。

「冷たっ」


 こういう地下の湧き水って、地中の一定温度を保つから、気温に多少影響されても17~20℃前後が多いって聞いた事あるな。スーパー銭湯の水風呂なみの冷たさだ。

 せめてこの辺りが温泉の湧く火山地帯とかで地熱が高ければ違ったんだろうけど。


 心臓麻痺にならないよう、少しずつ慣らしながら腰を落としていく。


「や~ん、冷たいぃい」

「あら、プール開きすぐの水もこんな感じじゃない?」

「風邪ひきそう」

 美弥子達も冷たさに泣き言を連ねる。

 三人とも、足先をつけただけであまりの冷たさに震え上がり、肩下ストレート日本髪美人の学級委員だったかな?の子を残して泉の淵に上がってしまい、入ろうとしない。


「羽衣が助けてくれますから、どうぞ、頭まで浸かってくださいね」

 女性神官の方が、にっこり有無を言わさない迫力で、美弥子達に迫る。

 内、1人が泉の中に入ってきた。


「ほら、同じ素材で作られた法衣ですが、平気ですよ?」

 お手本を見せてくれてるらしい。

 奥の深い所まで進んで頭まで浸かって10秒ほどそのまま、その後にっこり笑顔を崩さず泉からあがると、本当に殆ど濡れてなかった。

 前髪から滴がしずく 落ちなれば、今泉に入っていたのが信じられないほどだ。


 その様子を見て、意を決したのか、美弥子が頭までドボンと沈んだ。

 ……7秒くらいで顔を出し、

「嘘みたい、本当に冷たくないわ。羽衣が触れてない足元は冷たいけど、こうやって頭からかぶってれば、本当に体温に近い感じよ?」

 2人も、半信半疑な感じで羽衣を頭からかぶり直し、トプンと沈んだ。


「嘘みたい~本当に冷たくない」

「不思議な布ね?」

「神気を籠めた特別な羽衣でございますから。今後もいつも身につけていてくださいね」

「「「は~い」」」


 私も羽衣で身を隠しながら、そのまま頭まで浸って10数える。

 本当に、冷たさが感じられなくなる。羽衣が触れてない頭・顔、足首から先は痺れるほど冷たいのに、羽衣の内側は体温を保てている。

 これ、便利だな。災害時の保温シートみたいな機能なのかな。


 美弥子達も泉からあがり、制服を着ようとすると、別の籠を手元に差し出され、神官達の着てる法衣と同じものを勧められた。

「こちらの法衣と羽衣をお召しになれば、弱い妖魔や瘴気などから身を守る事が出来ますからぜひ」

 勿論3人とも、泉の中で羽衣の効果を確認したからか、素直に法衣を受け取る。

 ドーリア式キトンやなんかに似てる長い布を体に巻き、宝石のような石がついた留め具で留めていく。


 私もアレ着んのかな……


 羽衣のおかげか、泉からあがっても本当に濡れてないので、そのまま自分の籠まで戻り、制服と鞄、財布などの貴重品があるのを確かめて、下着を着けるために取り上げた。


「ご親族の巫女様も、どうぞこちらをお召しに」

 にっこり笑顔を見せるが、そのシラスみたいなへの字の目を見ると、ゾッとして、なんだか厭だなと思った。

『ご親族の巫女様』ねぇ?

 でも、『ご親族』『巫女様』と言いはしても、最初無視されてるのかと思うくらい私の存在をスルーされてた感半端ないし、扱いに差をつけているのがハッキリ感じられる。彼女達の法衣や羽衣は新品か新品同様の、光沢ある良物で、私のは、微妙な使用感溢れる使い古し。

 予定外のオマケに価値は見出せないといったところかな。


「お構いなく。慣れない服は動きにくいかもしれないから……」

「あら~、けっこうゆったりしてて着心地悪くないよ~?」

 ふわふわの髪の子が勧めてくれる。

「いいじゃない、ほっときなさいよ」

 髪を纏め直していた美弥子は、一度もこちらも見ないままツンとしてそっぽを向く。

 どうでもいいけど、どうして、初対面からあんなに愛想悪いんだろう。


 *****


 それは、扉の外を向いていた男性神官は元より、2人の女性神官も美弥子達も、全員こちらを向いていない瞬間に起こった。


 羽衣の結び目は確かに弛んでた。着替えしにくくなるしね。

 羽衣を、一重に頭から被った形で端を一カ所だけ結んだ状態で身を屈め、ショーツに片足通す。

(この羽衣、便利だけど、ずっと巻き続けるのも動きにくいかもなぁ。畳んだり小さくなったり持ち運びやすくならないかな……)


 ショーツを腰まであげた瞬間。肘がめくったのだろう、頭背中にかけてた状態から羽衣がするりと落ちた。


 パッ


 本当にパッと一瞬で、羽衣が消えたのだ。

「え、え? 嘘? ……なんで……?」

 パンツいっちょうで呆然とする。


「……っきゃー!?」

 困惑と焦りから、胸を隠してしゃがみながら叫んでしまった。


「どうなさいましたか?」

「な、なにが!?」

 美弥子達も振り返るし女性神官達も駆け寄ってくれるが、男性神官も衝立の向こうから顔を出した。


「きゃー! 見ないで、あっちいってよ」

「え? あ、す、すみません」

「しかし、いったい何が……?」

 1人は衝立の向こうへ戻り、1人は背を向けるが居座って、訊ねてくる。


「は、羽衣がどっか行っちゃっただけよ! たいした事じゃないから、あっち行ってて」

「は、申し訳ありません」

 ようやく、向こうへ引っ込んだ。


「頭から被って服を着ようとしたら、するっと落ちちゃっただけ……なんだけど、何処行ったのかしら?」

「足元にもありませんね? ここは地下でそんなに強い風は吹いてないはずなのですが……」

 女性神官の1人が、まわりを見渡して探してくれる。


「消えちゃうなんて事、あるの?」

「妖精の羽衣ですから不思議はつきものですが、神気を籠めてありますから、強い穢れや鉄錆びに触れなけば消えたりしないはずなのですが……」

 困った風で眉を顰めて私を見る。

 なんか、私が穢れてるって言われてるみたいでやだな……


「学生鞄の金具が錆びてるけど、それくらいで消えちゃうの?」

 籠の横に置いてある、私の通学用鞄の肩掛けバンドと本体を繋ぐ留め金の、緑と赤茶の錆びが浮いて黒ずんでいる部分を見せる。


「聖女様の羽衣は新品ですが、巫女様のは信者用の使い古……貸し出し用なので、今までにも邪気を祓って弱っていたのかもしれません」


 今、使い古しって言ったね? 美弥子達のは新品で、私のはお古なんだ?

 と思ったのが顔に出てたのだろう、神官さんは慌てて取り繕う。


「文献には、聖女様は2つのおともを連れているとあったので、3枚しか用意してなかったのです」

 私は想定外だったらしい。だから、最初は無視されてたんだ?


「改めてご用意するまで、申し訳ありませんが、こちらの予備の信者用をお使いください。

 同様に、効果が薄れてるかもしれませんが」

 はあ。ま、仕方ない。

 態々わざわざ羽衣とやらを被りたい訳でもないけど、けがれや妖魔から身を護るためだとか、防寒速乾性のためには、仕方ないよね。

 少し虹色の光沢が擦れてる羽衣を手渡され、制服の上から被り直す。



 私は制服のまま通学用鞄を肩からかけ、その上からお古の羽衣を羽織る。

 何も持っていなかった美弥子達は、ここで着替えた法衣と羽衣を纏って何も持たず(女性神官が制服の入った籠を抱えて付き従っている)案内された廊下を進む。



 聖女様ではないんだったら、私だけでも日本に帰してくれないかなぁ……




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  次回

5.食事はいいけどどこまで行くのよ?

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