第31話 ……目立たないって難しい⑭

 体を締めつけない服装ということで、ふわふわレースとフリルのドロワーズの上にゆったりしたミニ丈のワンピースをかぶり、その上から更に2サイズ分くらいだぶだぶのワンピースを来て、ブラジャーがないのも気にならない姿になる。


 そう、この国には、コルセットやアンダースコート、パニエはあってもブラジャーがない。

 まあ、まだ重力の影響を心配するほど育ってないけど。



「準備出来たかい?」

 行くよ?


 再びカインハウザー様のお姫様抱っこで、食堂まで運ばれる。


 カインハウザー様も、農夫風の作業着から領主様に見合う上品なシャツとトラウザーズに着替えていた。



「すみません」

「構わないよ。可愛い弟子の、最初のレッスンが実のあるものだった証さ」


 改めて間近で見ると、目をひく強烈な印象や一目で頰を染めるような美形という訳ではなくても、やはりそれなりに整ったお顔立ちで、爽やかに微笑んでくれる。私が気を遣わないようなんて事ない風を装ってくれてるのだろうか。


 元軍属で上級騎士だったカインハウザー様のこと、鍛えていらっしゃるので、私を運ぶくらい、たいした労力ではないのだろう。


 それでも、仮にも准貴族扱いの騎士爵のお方が、小娘を態々わざわざ抱えて運ぶ事に抵抗はないのだろうか。




「さあ、今日は疲れただろう? 昨日、シオリがとても喜んでいた山猪のトロトロ煮と、今朝気に入っていたようだったシャガ芋のマッシュポテトだよ。


 デザートは、メリッサが、魔力回復にいいものを出してくれるそうだから、期待して、まずは食べようか!」


 昨日はシチュー風だったけど、今日のはトロトロ煮と言うだけあって、見た目はまんま豚の角煮だった。


 フォークを刺すと、ホロリと崩れて、本当に柔らかく煮込んであるらしい。


 はくり


 口に入れた途端、ワインとハーブの香りが漂い、山猪の脂身が全然獣臭くなく甘いほどにコクがあって、肉の繊維が解けるように柔らかくて、


「お、美味しい~!!」


味の余韻を残しながら声を上げる。


「ご、ごめんなさい。お行儀が悪くて……」


「とんでもないです、喜んでいただけてこちらも嬉しいですよ。昨夜、煮込みを感激して食べられたとお聞きしましたので、今朝朝食が済んですぐから下拵えして半日煮込みました」


 私のすぐ隣に立った女性が、にっこり微笑んでくれる。


 どこかで会ったかしら? そんな気のする笑顔。


「あなたがシェフ?」

「滅相もない、ただのいち料理人ですよ」

「何を言う、グレイスは、ウチの料理人でも1番の腕利きだよ!

 シオリ、グレイスは、メリッサの妹なんだ」


 だから会ったことあるような気がしてたんだ! 言われてみれば少し似てる。


「お姉さまがパティシエールで、妹さんがシェフ、お料理が得意な姉妹なんですね。しかも、お姉さまのご主人がティーマイスター。素敵」

「ありがとうございます。姉夫婦は私の誇りです」

「私の妹も自慢の妹ですよ」


 羨ましい。家族が互いを誇り、思い合うなんて。


「シオリだって、なかなか筋のいいわたしの一番弟子だよ」

「え?」

「今まで魔術は仮想の概念だった地で育ったにしては、初日から妖精を視て会話するなんて、普通はなかなか出来ない事じゃないかな?」

「魔力を感じとった事もないと言ってましたね。普通は、成人してから魔道の才が開花する事はないんですよ?

 ああ、この場合、成人とは、ある程度の一般常識を学び身につけ、何らかの職業に就いたり独り立ち出来る歳と言う意味ですよ? 各国で成人の概念が違うので、まだ何歳だとか、成人の証を手にしてないとかはナシですからね」

「わたしは従騎士見習いの少年ですら『弟子』をとったことはないんだ。シオリが、最初で最後かな」


 物欲しげに、家族想いなメリッサ姉妹を見てたのを気遣って、言ってくれたのだとしても、嬉しい言葉だ。


 本当にこの人達は、なんて素晴らしい人達なんだろう。こんなさり気ない心遣いは、人生経験も浅く、人付き合いも苦手な私には出来ない。



 その後、甘く柔らかいパンでトロトロ煮のお汁まで完食し、執事さんが淹れてくれた甘いハーブティーで、メリッサさんの魔力枯渇回復にいいという木の実とハーブ、ベリーや草の実が入ったバターケーキを戴くと、なんだかだんだん眠くなってきた。




「ハハハ、疲れを思い出したかな。じゃ、ちょっと早いけど、今日はもう休もうか」

 三度、カインハウザー様の腕に抱えられて、屋敷内を移動する。



「え? 今夜も、カインハウザー様のお部屋にお泊まりなんですか?」

「もちろん、そうだよ? 山の奴らの監視の術から護るのと、君の精霊や妖精に溺愛される体質を上手く隠せるようになるまで、わたしの取り巻きの精霊達と混ぜて誤魔化す意味もある。


 後、疲れすぎて悪夢に魘されるようならリリティスに夢違たがえの術をかけさせたり、疲労から熱が出るかもしれないし、夜泣きだってするかもしれないからね?」

「赤ん坊じゃないもん、夜泣きなんか」

「フフフ。まあ、いいじゃないか。なんだかんだでわたしの可愛い弟子の、面倒を見るのが楽しいからいいんだよ。

 もちろん、昨夜約束したように、『紳士』をやめる事はないから安心してね」


 ──無職の領主の、ちょうどいいお楽しみも兼ねてるんだよ。


 これも、私が気を遣わないようにわざと言ってくださってるんだろうな。だって、騎士は辞されても、領主としてのこの城塞都市の管理業務はあるだろうもの。




 カインハウザー様のお部屋の奥、私が3人並んでゆったり眠れる大きなベッドまで運ばれる。


 ん? 私を床に転がさないとは仰ってたけど、カインハウザー様はどうなさるんだろう?


 端を捲られた広いベッドに私は横にされ、そのままベッドの淵に腰を下ろすカインハウザー様。弾力性を感じる中綿はたっぷり入っているもののスプリングは入ってないので、転びそうなほど沈み込む事はない。


 ん?


 同室にお泊まりで、私を床に転がさないカインハウザー様は今、隣に腰を下ろして私の肩まで掛布をあげてくれる。けど?


 けど、まさか、紳士はやめないから安心してはいいけど、まさかまさか、同衾までしないよね?





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 次回、Ⅰ.納得がいきません


32.ここはどこ? 目立たないって難しい⑮

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