第27話 ……目立たないって難しい⑩


「この畑には、彼女以外にも妖精や精霊が居る。どれくらいわかる? 見えなくても、声が聴こえるだけでもいいし、存在をぼんやりとでも感じられるだけでもいいよ」


 カインハウザー様師匠の言葉に、今はサヴィア以外見えてないので、目を閉じて、音や気配に気を配ってみる。


 サヴィアと同じように鈴が鳴るような話し声や、薄い金属製の板を曲げたり反らしたりすると鳴るような音、風がないのに木々の葉ずれやざわめきの音が聴こえる。


「そう、それが彼らの言葉だ。人の言葉と同じように意味が解るものと、感情しか感じられないものとあるだろう?」

「……はい」

「彼らは君の心の本心を聴く。勿論、声に出した言葉もね。そこに齟齬があると、仲良くは出来ない。さっきも言ったけど、彼らと付き合う時は、言えない事は言わなくていいから、嘘は言わないこと。いいね?」


 それから、しばらくは彼らの言葉を聴くことに集中して、何も言わず、ただ、天幕の木蔭で、彼らを感じていた。



 *****



「シオリ」

「はい!」

 ビックリした。精霊達の囁きや妖精達のお喋りに集中していたから、カインハウザー様に声をかけられてちょっとだけ驚いちゃった。


「驚かせて悪いね。もう、陽が傾いてきたし、山犬がいるのなら、そろそろ今日は戻ろう」

「はい。ご指導ありがとうございました」

 立ち上がろうとして、ワンピースのあちこちについた葉っぱや花びらをはらう。

 実は、精霊や妖精さん達が私の上に花びらや葉っぱのシャワーを降らしてくれたのである。


「さすが、黙ってても精霊や妖精に好かれる体質の人は違うなぁ。そのままシオリが花の妖精のようだよ」

「……主、オヤジ発言の次はタラシですか」

「なぜだ? 素直な感想じゃないか」


 せっかくもらったものなので、集めて丁寧に重ねて、スカートを摘まんで弛ませ籠にして、持って帰ろうとする。

「シオリ、可愛い足が見えちゃうわ。こちらのバスケットに入れなさい。お昼は食べちゃったから空っぽよ」

「いいんですか?」

「いいわよ。……そんなに花びらや葉っぱ、どうするの?」

「みんなに戴いたものだから、大切にしようと思って……

 初めての、お友達からのプレゼントだもの、記念に押し花にしておきたいの」

「初めての、お友達……」


 ハッ また、やっちゃった! 今まで友達の一人もいない、ボッチだって告白してるようなものだ。

「や、あ、あの、一人も友達がいなかった訳じゃなくて、お誕生会とかクリスマスパーティーとかやったことなくて、その、みんなと贈り物の交換ってした事なくて……」

 ダメだ、益々墓穴掘ってる気がする。


「お母様が具合悪いのに、友達連れてきて騒ぐ訳にはいかないわよねぇ。仕方なかったんでしょ?」

 慈愛の眼で見おろし優しく頰を撫でてくれる。それで気がついたけど、また、涙が出てたみたい。こちらに来てから随分、涙もろくなっちゃったなぁ。

 リリティスさんはああ言ってくれたけど、家で誕生会やパーティーやらなくても、学校で手渡したり、誰かの家に行ってやってもいいのだ。

 結局、私は人付き合いがうまく出来てなかったのだろう。


「小さい内から、母君の代わりに家事をこなし、時には看病もしたのだろう? 母君を置いて遊びには行けないよね。

 シオリ、君は優しすぎる。人に気を使いすぎる。譬えそれが血を分けた母君であっても。

 そんな君だから、父君にうまく甘える事が出来なかったんだろう? きっと、父君も、母君の事で余裕がなくて、そんな君の懸命に大人であろうとした姿に甘えたのだろうな。そして、君が甘え方を覚えられなかったように、父君もまた、娘を可愛がる方法を覚えられなかったのだろう……」

「そ……かな」

「そうだとも! 会ったばかりのわたしたちでさえこんなに君が可愛いのに、血を分けた、生まれた時から見守っている父君に、可愛くないはずがないだろう?」

「本当に、そう……だと、嬉しいです」


 涙を手で拭い、立ち上がろうとするけど、足に、腰に、力が入らない。

「あ、れ? 立てない? 泣いたから?」

「昨日まで、魔術を使った事も感知した事もなかったんだろう?

 生まれたての子鹿が立ち上がるようなものだよ。

 力の使い方を制御出来ずに開放しきってしまったんだね。明日は魔力の、いわゆる筋肉痛みたいなものが来るかもしれないな」

 苦笑しながら、私の背と腿の裏に手を差し込み、一気に抱き上げる。

「ええっ、わっ、あわわ、お姫様抱っこ?」

「お姫様抱っこ?」

「シオリがまた、真っ赤です。完熟リンゴです。主、ひと言断ってから優しくそっと抱き上げてください。女の子なのですよ?」

「……悪かったよ。で、『お姫様抱っこ』って?」

 ……スルーしてくれないのね。


「こういう、横抱きのことを、私達は『お姫様抱っこ』って呼んで、白馬の騎士ナイトや王子様にされると、女の子達は嬉し恥ずかしで大はしゃぎです。

 新婚さんが、新居に入るとき、旦那様が奥さんをこうしてお姫様抱っこで入るのも、喜ばれます」

「なるほど、魂に刻み込んでおくよ。

 で、縦抱きもそんなウフフ話はあるのかい?」

「ウフフ話……お父さん抱っこと呼ばれて、歳の差カップルや、小柄な女の子を溺愛する大柄な騎士や大人の王様なんかの物語が好まれますが……」

「なるほど、やはり騎士は女の子にモテるんだね。辞めなきゃよかったかな?

 女の子は本能的に、守ってくれる人に大切にされてるのを実感できるシチュエーションが大好きなんだと、心のメモに書き込んでおく事にしたよ」

「主、書き込むだけではなく、要所要所で思い出してくださいね。

 大事に、優しくされるのが好きなんですよ?」

「シオリ、わたしは自分の秘書官にあんなに言われるほど、乱暴かな?」

 私にふらないで欲しい……


「カインハウザー様はいつも優しいです」

「主、抱え上げた状態では、言わせてるようなものですよ」

「シオリとは、この先何があっても嘘はつかないと約束したからセーフだ」


 そんな感じで、お屋敷に着くまで、周りに生温かい眼で見守られながら、主従のコントを聴かされ続けた。




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次回、Ⅰ.納得がいきません


28.ここはどこ? 目立たないって難しい⑪

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