閑話②-3 納得いく訳がない


 閑話②(美弥子目線)の続編です。


 明日は詩桜里の続きです。


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「何言ってるか判らないって、どう言うこと?」

 彩愛あやめの問いかけは、その内容が想像できるものなのだろう、概ね会話が出来ているようにしか聴こえない。


 大神官と名乗った老人は、揉み手するような腰を落とした姿勢で、答えてきた。


「ご不安はもっともですが、そのままですじゃ。巫女様方の仰るお言葉は、意味不明の音にしか聴こえませぬ。言わば、知らぬ国の、知らぬ言語のようですな」

「まあ、本来ならそうでしょうね? こちらは異世界から来てるんだから」


 神官達の言葉に、頷く彩愛あやめ。さくらも同意している。

 確かに、諸外国のどこかというのなら、日本語を知っている者がいてもおかしくないし、英語なりなんなり、共有できる言葉もあるだろうが、まったく異世界だというのなら、言葉が通じていた昨日の方がおかしいのだ。


「お爺ちゃん達、本当に、あたし達のいう事、判らないの?」

 さくらの問いにも答えない。


 大神官だとか大賢者だとか、大袈裟な肩書きがある人達だ、さくらの『お爺ちゃん』発言が解っていれば、眉を顰めるくらいはするだろう。

 本当に解らないのだ。


「まあ、わしらは巫女様方のお言葉はなんとか推察するとして、巫女様方がこちらの言葉を理解出来るだけ良かったと言うべきでしょうな」

「全部は解らないわ。きっと、あなた方の言う、知識を刷り込んだ魔力に馴染ませるって言うやつの効果でしょう。その、いわば目に見えない私達の中にあるにある言葉しか理解できないんだわ」


 彩愛あやめのいう事が、だんだん解ってきた。


 こちらと私達の地球との、世界の境目を通り抜けるときに、こちらの世界の言葉や知識を刷り込んだ魔力を、私達に馴染ませたと言っていた。

 だから、私達には、こちらの言葉は、ある程度は理解できる。

 でも、私達の言葉をこちらの言語に翻訳する機能はない。


 それはそうか。彼らが私達の言葉を知っているはずがない。

 翻訳するための基礎知識が備わっていないのだ。


「私達が、こちらの言葉を覚えるしかないでしょうね。気をつけて聴いてれば、耳から入る情報はこちらの言葉なんだから、二カ国語同時放送のテレビを観てると思えばいいのよ。一から覚えるよりかはマシだわ」

 英語が得意で、字幕スーパーの映像で中国語やドイツ語も少しだけ覚えている彩愛なら、確かに、その内覚えるかもしれない。

 でも、生憎あいにく私は、脳に響く日本語に頼ってしまうから、彩愛ほど早くは覚えられないかもしれない。


「英語の授業より難しそうよ~。英語なら、外来語やなんかで、日常でも馴染みがあるけど、こっちの言葉は、全く解らないんだからぁ」

 私の不安を、さくらが代弁してくれた。



 * * * * *



 刷り込まれた知識とやらで、神殿の書庫にある魔法に関する書物も読めるようなので(文字が読めるのは助かる)、まずは巫女としての、神の力を代行する方法を覚えることにした。


 まずは、これが出来ないと、ここに連れてこられた意味がないし、早く終わらせられないと、いつまでたっても元の世界に帰れない。


 幸いというか才能なのか、彩愛はすでに、ちょっとした傷なら治せる力を、発現させていた。



「これ、巫女と巫女の騎士って書いてあるよ」


 さくらが、膨大な本の中から、それらしき本を見つけてきた。


 神殿の書庫は、私達が寝ていた最上階のすぐ下にあり、ワンフロアすべてが、広大な図書室だった。


「あうっ」

 両手に本を抱えてかけてくるさくらは、予想通り転んだ。本を抱えていたがために、手をつくことが出来ず、両腕の肘から先一面を擦り剥ている。


いったぁい」

「あ~あ、もう、気をつけなさいな。高価そうな本を破損させたら大変よ」

「魔道書なんて、貴重本っぽいわよね」


 彩愛は、痛がるさくらのそばにしゃがみ込み、右腕でさくらの肘をつかんで、左手を傷口に沿わせるようにかざした。


 すると、どうだろう。さくらの腕と彩愛の手のひらの間に、淡い光が発生し、見る見るうちに、さくらの腕の擦り傷が消えていくのだ。


「骨は異常ないみたいね。そんなに血が出てなかったし、清浄な神殿の中だし、バイ菌も大丈夫じゃないかしら?」

 言って、今度は反対の腕を癒す。


「さすが、緑の巫女様、癒しのお力の素晴らしいこと。すっかり、傷が消えましたわ」


 そばに控えている女神官達が褒めそやす。


「アンタ、いつの間に……」

「昨日からよ。外に放り出された詩桜里しおりさんの腕にもこんな傷が出来たの。ちゃんと、刷り込まれた知識が、癒しの力の使い方を知っていたのよ。傷口についた砂利も落ちて、あっという間に塞がったわ」


 彩愛はすでに、巫女としての力を使いこなしている。

 さくらは、どうだろうか……


「え~、さすが彩愛ちゃん、すっごぉ~い。わたしも、巫女様の力、早く使えるようになるといいな」

 どうやら、まだのようである。少しだけほっとした。


「えっとぉ、なになに?」

 魔道書らしき本を開いてめくり、読み込んでいくさくら。


「暗がりに溜まった、けがれのぉ気配……んん、けがれかな、とにかく祓うには、光の精霊と契約してぇ、やっつける! のね」


「精霊なんて、見たことないわ」

「絵本では、精霊さんとか妖精さんとかいるよね」

 私は、そんな不確かなもの、どうやって契約すればいいのか、見当もつかない。


「あっ、アレかな?」

 さくらが、窓際へ寄っていく。


「……え? アレってどれ?」

 見てもなんにも見えないけど。


「こんにちは、妖精さん? 精霊さん? わたしはさくらよ」

 なにもない空間に向かって、さくらが話しかけると、窓の木枠に蛍のような光がともる。


「えっ!?」


 ゆっくり明るくなったり暗くなったりしながら、蛍のような光が飛び立ち、さくらのまわりを回り始める。


「よろしくね。お名前はないの? 不便ねぇ。いいわ、お名前、つけたげる」

 光の強弱が激しくなり、さくらのまわりを回る速度も上がる。あれ、喜んでるのかしら……


「蛍みたいに綺麗だから、そうねぇ、ステラちゃんでいい?」

 さくらが訊ねると、蛍のような淡い光が、眩しいくらいに強く光り、やがて光が収まると、さくらの肩に、五百円玉くらいの大きさの──うさぎだろうか? リスかも? というようなふわふわしたものがとまっていた。


「わぁい、ステラちゃん、よろしくね~」

「さすがは巫女様、さっそく、ご契約なされたのですね!」

 え?


「その精霊さまは、サクラ巫女様の守護と祓いの力になりますわ」

 ええっ?


「さくらもやるじゃない」

「えへへ~、昔みた漫画やアニメみたいにやってみたんだけど、上手くいったね!」

 喜ぶ二人を、私は素直に受け止められなかった。


 お伴のはずの二人がすでに巫女としての力を表してきているのに、当の私がまだだなんて、笑っていられる場合じゃない。

 さくらは、どうやって、自分の精霊を見つけたのだろうか。


「ん~とね、探し物はね、あると思って探すのがコツよ」


 それじゃ解らないわ。


「とにかく、そこら辺にいると信じて、こんなのがいるかな~って見てみるの」


 信じる…… ふと、詩桜里を思い出した。


 あの子は、私の部屋の隅で、いつも神話や童話のような物語やライトノベルを読んでいた。


 ──あの子は、自分の精霊を見つけられるのだろうか


 負けられない! 聖女は私なのよ!!


 詩桜里の辛気くさい顔を思い出しながら、強くそう思った。

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