第89話 冥府の種①   

 衛士隊の人達を4人以上ぞろぞろと引き連れて歩くのにも慣れてきた頃、田んぼはたわわに実り、穂が重みで項垂れてくるようになった。


「もうすぐ収穫ね」

「ホンに、嫁ッコのおかげじゃわい。重たげによう実っとる」


 サヴィアンヌに手伝ってもらい呼び寄せた鴨やトンボも居ついて、ニームやタンジーの効果もあって害虫も少なくて、スクスク育っている。


 雨期も過ぎ、夏期に入って、畑の水涸れが心配になったけれど、小川からひいた水路とアリアンロッドの降らす水が、カインハウザー様の野菜を瑞々しく育てていた。


 シーグは、衛士隊の人達にも認知され、私は気兼ねなく、一緒に遊んだりブラッシングしたりする。


「そろそろ、一緒に街で暮らしても、誰も怖がったりしないかしら」

《それは、どうかしらネ? 知ってるのは、衛士隊の面々だけでショ?》


「ねえ! 一度、シーグも一緒に街まで戻ったらどうかしら?」

「レディ、それは」

「街に入るのはもっと後でも、私となかよしの狼さんですよ~って認知されていけば、いつかは一緒に暮らせるでしょ?」

《あら、シオリってば、本気だったノ?》

 サヴィアもあきれ顔で、シャガ芋の葉の上を飛び回っている。


 シーグの太い首に縋り付き、頼んでみる。

「まあ、いいけどさ。魔獣と間違われて狩られるのは勘弁だぜ」

 シーグは、他の人には聴こえないくらいの小さい声で、了承してくれた。


 全身は金の毛皮がふかふかで、首の後ろから背中に銀のたてがみが格好よくって見ただけで、普通の狼と違うって判るはずよね。




 すっかりその気になった私は、リードや首輪も用意していないのに、シーグと一緒に街まで帰った。




 南の砦門まで戻って来ると、ロイスさんはニコニコしていたけど、相方の当番の人は、かなり動揺していた。

「え、あの、レディ? そ、その、大型の犬は?」

「私の、命の恩人なの。ね?」

 シーグの耳から後ろを何度も撫でる。


「それに、犬じゃなくて、狼よ?」

 シーグは、黙って撫でられている。


 同じように畑から戻って来た農民達も見ている。

 滅多に無い事だけれど、たまたま大神殿から下ってきた巡礼者の人が、少し怯えた感じで見ているけれど、シーグは、ジッと黙って、ロイスさんの横でこちらを覗っている衛士を見ていた。


「なるほど、そこらの犬とは違うようですね」

 衛士のお兄さんは納得してくれたようだ。


「ま、魔獣じゃないのか?」

 巡礼の人は、シーグの大きさに、ただの犬ではなくて、魔獣ではないのかと疑っているようだけど、まわりの衛士達も私も平然としているので、ビクビクしながら門をくぐる。


《見ない人ネ? なんて言うカ、匂い? 雰囲気もどことなく違うミタイ》

 サヴィアンヌは、蝶の姿から、女王様の等身大になって、門を抜けて街に向かう、巡礼の札を下げた人の背を見送る。


「は。手形には、隣国を抜けてその先の工業国ハムスの農具鍛冶氏とあります。十年に一度の大巡礼の帰路の途中のようですね」

「え、そんなこと、本人の許可なく答えちゃっていいの?」

「本当はよくないですね。ですが、女王陛下のなにかに触れて気になるようなら、特別に……」

 そういうものかしら。


「シオリ、あの男には……

《シオリ、あの男、街に入れない方がイイかもしれないワヨ》

近づくんじゃないゾ」

 シーグとサヴィアンヌがほぼ同時に、同じ事を言う。


「なにか、不都合が?」

 私の護衛についていたナイゲルさんが、サヴィアンヌに訊き返す。


《まだ保つとは思うケド、いずれ瘴気になりそうな穢れの気配があるワ》

「あの男、暗闇……冥府の臭いがする」


 二人の言葉を聞いて、ロイスさんは、なにかを焚きつけた。

「なにしてるの?」

「カインハウザー様に連絡をしています」

 青い煙が高く昇っていく。狼煙のろしを見たのは初めてだった。



 10分程して、遠くから馬のひづめの音が聴こえるようになってると、シーグは、舌打ちをして、畑の方へ去っていった。


 シーグの後ろ姿を見送っていると、街への大通りから、カインハウザー様が、ドルトスさんを伴って現れた。




「危険度は高いが、急ではない案件だそうだな?」

「はい」

「何があった?」

《穢れの気配ネ》


 サヴィアンヌの言葉に、カインハウザー様が、緊張していくのが解る。

「詳しく訊こう」

 馬を下りて、私達を、砦門横の衛士隊の詰め所に促した。

 もう、シーグは豆粒くらいにしか見えないほど遠くになって居る。


「狼殿には、わたしは嫌われているようだね」

《そりゃあ、恋敵ライバルだモンネ? 馴れ合えないワヨ》

「え? 何の?」

 サヴィアンヌの返しに、カインハウザー様は軽く肩を竦めて苦笑するだけで、二人とも、私の問いには答えてくれなかった。


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