第88話 穏やかな日常
カインハウザー様の畑の収穫と、田んぼの様子を見に街の外へ行くのに、ぞろぞろと、衛士隊のお兄さん達がついてくる。
……うう
どこのお嬢様かお姫様か。
聖霊使いのベーリングさんと、私が2度ほど精霊の走る風を吹かせて祝福してしまい、精霊の加護が強化されたというロイスさん。
2人が私の護衛というかお目付というか……
更に、普通の魔獣に遭った時のために、狩りの巧い一般衛士隊員が2人。
サヴィアンヌは、羽衣のまま私がケープのように頭からかぶり、首元で交差させて肩へ流している状態で沈黙している。
彼女曰く、マナや霊気、妖気で出来ている妖精達の体は、物理的な法則に囚われる事なく、どんな形態をしていても、存在に変わりないらしい。
人間や動物が何かのフリ、例えば
例え筋力を鍛えて同じ姿勢がとれたとしても、食事だってしないといけないし、おトイレだって行かなきゃならない。
でも、彼らは、そんな生き物の物理法則とは関係ない存在なので、どんな形をしていてもさほど負担はかからないし、ずっとそのままで居られる。
また、目や耳、視力聴力を使って見聞きしているわけでもないので、どんな形態をしていても、まわりの状況は把握できるらしい。
衛士のお兄さんが持ってきてくれた籠に、掘り出したシャガ芋を入れていく。
「フィオリーナ様は、蒸したシャガ芋を潰したサラダがお気に入りだと聞きました」
「うん。同じく、蒸したり茹でた野菜を混ぜても美味しいの」
「栄養満点ですね」
地球と同じくらい栄養素に詳しい科学的分析がなされている訳でもないけれど、人参は夜盲症にいいとか、鉄分やカロテンなどの個々の名称はついてないみたいだけど、体にいいらしい事は判っていて、食べると貧血症にいいとか、骨が強くなるとか、免疫力が上がるとかくらいの認識はある。
「女神の祝福を持って精霊に愛されてて、魔力も多く、愛らしいのに、色々と知識もあって……」
だ、誰の事? みんな、精霊の加護があるという先入観から、思い込みすぎだと思う。
恥ずかしすぎて、顔に熱が集まる。
グルルル……
「だ、大丈夫よ。みんな、悪気はないし、私のために、わざわざ畑仕事のお手伝いしてくれてるのよ。
林の中からこちらを覗っていたシーグが、若い衛士のお兄さんに唸る。
「お、狼殿に唸られてしまった」
肩を落とすお兄さんに、仲間が肩をたたく。
せっかく出て来たので、シーグを手招きで呼び、近くに来てもらうと、ポシェットからブラシを出して、毛を梳いていく。
目を細め、喉を反らして気持ちよさそうにするシーグ。
「うふふ。嬉しいわ。ずっとこうしたかったの」
これからどんどん暑くなる。夏毛に生え替わるので、冬毛の柔らかい密になった被毛が、どんどんブラシに溜まる。
ブラシを綺麗にして再び毛を梳く、を、何回か繰り返すと、みんなでお昼休憩になる。
「今日も、蜂蜜パンとスモークソーセージとスモークチーズなの」
燻製器は調子よく、日保ちや香りづけなど、色々と気に入ったカインハウザー様のおかけで、近々町工房で量産されるらしい。
……この辺りでは作られてないお米を育てたり、靴か裸足が普通なので発想がなかったらしいスリッパ、冷却魔法で保存が可能なため発展しなかった燻製技術など、私の知識からどんどんこの街だけの特産品が生まれていく。
──これって、ライトノベルで流行りの現代知識チートってものに相当するのかしら?
私の持ってきた軽食は、いつも衛士隊員達にも分けている。
事前にカインハウザー様の許可も得て、メディ菜を収穫して、アリアンロッドに軽く水洗いしてもらい、ちぎって、パンにソーセージとチーズと一緒に挟んでホットドッグにすると、片手で簡単に食べられていいと、好評だった。
後にロイスさんの報告で知ったカインハウザー様の分も作るハメになった。
このまま、幸せな時間が続くと、この時は信じていた。
でも、こんな温かな時間を壊す存在の気配は、誰も気づかないまま、すぐそこまで来ていた。
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