第21話 国境封鎖? 大討伐軍 黒翼隊 

「隣国と、問題ですか?」


 大司教パトリアークが、恐る恐るといったふうに訊き返してくる。


 大賢者は黙っている。

 大神官は心当たりがあるのか、薄めたワインを注いだゴブレットを持つ手が震えている。


 聖職者が酒と思われるかもしれないが、ワインは神々の血を模したものとして、酔わない程度になら問題ない。精霊力の弱い地だと清水を確保できない事もあるので、飲み水代わりにワインを飲む地もある。

 一度火を通してアルコールを飛ばしたものなら、子供でも飲むこともある。


「そうです。先日、我が領地内の花畑を荒らした闇落ち。あれが関わっているかと思われます」

「なんと、闇落ちが、ですかな?」


 この大司教パトリアークの反応は、よほど演技がうまいのでなければ、気がついてなかったようだな。


「ええ。こちらの神を詣でた巡礼者が、ハウザー砦で一泊した後、隣国へ渡っていったのですが、その時に、置き土産をくれたのですよ」


 巡礼者が、鍛冶屋の前に瘴気になりそうな穢れのタネを落として行った事。

 他の商店や宿坊にも、僅かに冥い凝りが溜まっていた事。

 この国には巫女がいないので、体中に穢れを纏った巡礼者を、処置できずそのまま国境を通した事。


「そ、その者はどうなったのです?」

「風の精霊に伝言を持たせたのですが、幸いにしてちょうど、隣国の国境に近い街の神殿に巫女が来ていたとかで、大事なく祓われたそうです」

「そうですか……」


 ほっと大きく息を吐き、椅子に腰を落ち着かせる大司教。


「その事で、クレームが来そうでしてね。その後、通る巡礼者通る巡礼者みな、穢れや冥い気配を纏っているのですよ。慣れない旅生活に疲れている者や不安を抱える者も少なくない事も、ある程度は向こうも理解は示してくださっていますが、あまりにも多い」


 しかも、くだんの巡礼者は、後数日もあれば、生きたまま闇落ちになる可能性もあるほど、穢れを振り撒きながら歩いていたのだ。

 それは、朝陽の鮮烈さと光の精霊の日々の営みでは霧散出来ないほどの濃さであり、このままでは、国境を封鎖するか、隣国の精鋭討伐隊が、砦から大神殿までを街道沿いにすべて征圧する事態も視野に入れる可能性もあるほど、看過できない事なのだと伝えると、大司教と大賢者は顔色をなくし、大神官の顔を仰ぐ。

 実際、あまり時間はないとみられる。


 誰だって、自国へ腐毒を垂れ流す国を放置する訳はないのだから。


「そうなれば、ハウザー砦から大神殿までのカラカル山地は、隣国の土地として世界地図が書き換えられる事になるでしょうな」

「なんという事態!!」

「実は、まだ、王都へは報せていません。報告書を纏めている途中でして」

ヴァル領主・カインハウザー……いや、ヴォード騎士爵領主・カインハウザー様! どうか、どうかお力添えを!!」


 大司教パトリアークと大賢者は、震えてわたしに縋ってくる。


「残念ですが、わたしには、精霊を使役したり瘴気を祓う力はないのです。勿論、事態には憂慮していますが……力になれるかどうか」

「何を仰いますか! 貴卿は、討伐軍随一の将軍として、黒翼隊を率いていたではありませぬか」

 大司教は今にも泣きそうだ。


「それも、巫女の祝福と恩恵があってこその実績」


 ですが、ですがと、ふたりは詰め寄ってくる。


「ですから、相談なのですよ。わたし達は、元黒翼隊として、怪魔や闇落ちと戦う技量を持ってはいるが、穢れを祓えない。

 あなた方は、穢れを祓えるが、確実に闇落ちを斃せる巫女のシルヴィス騎士ナイツが居ない。お解りになりますか?」


 大司教はハッとして、ソファで聞いているサクラを振り返る。


「今日、ここへ来るまでに、エゲフィルとエナルの惨状を見ました」


 あれは、日々の精霊の営みでは回復しない被害だ。


「どうでしょう、サクラ。あなた方の訓練を兼ねて我々と、2つの村と街道の瘴気を浄化して、発生したかもしれない闇落ちや異界からの怪魔を退治しませんか?」


 わたしが微笑むと、サクラは頰を染めた。

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