異世界に喚ばれたけど間違いだったからって棄てられました

ピコっぴ

Ⅰ.納得がいきません

第1話 ここはどこ? え? 異世界?


 ──目も開けられない、灼けるような眩しさに、涙を滲まませながら強く瞑り、左腕を顔の前にかざして身をよじる。


 何が起こったのか、まったく解らない上に、現状も解らない。



 今日は、新しい学校での、クラスのみんなと初顔合わせの日だった。



  ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 ──両親が亡くなった。

 それは緩やかに来た不幸ではなく、突然だった。不幸はいつでも突然やって来る。


 私を産んだことで体が弱くなってしまった母は、少し疲れるだけでも熱が出る。

 それでもだましだまし、先日まで生きてきた。

 父もよく母を扶け、私も小さい頃からお手伝いをして来た。

 今じゃ、母よりお料理もお掃除もお洗濯も得意になってる。


 最近じゃあまり熱も出なくなってきたから、少し丈夫になってきたのかな、と思ってた。

 でも、それは間違いで、私や父に隠してたり、より大事をとるようにしてたので酷くならなかっただけだった。


 突然、母は倒れた。疲れてぐったりとか、風邪をひいて高熱が、ではなく、本当に突然、意識不明になった。

 なんだか子供の私にはわからない、聞いた事もない難病だったらしくて、熱が出てもいつもの疲労だとお医者さまにかからなかったのが良くなかったらしい。

 発覚した時はもはや、手の施しようがなく、入院しても1日2日、死ぬのが延びるくらいの効果しかないとの事だった。


 父は、とても母を愛していたから、ショックだったのだろう、私が居ることも忘れ、仕事も忘れ、意識の戻らない母につきっきりだった。

 幸い、お料理もお掃除もお洗濯も、なんでも自分で出来るようになっていたから、困る事はなかった。

 日々の生活費は、近所のスーパーのポイントサービス付きクレジットカードを持たされていたし、学校で必要な小金は、自分名義のキャッシュカードももらっていたから。


 母が危篤状態になり、いよいよとなると、父は自分の生も放棄してしまったらしい。

 それでも母を少しでも楽にさせようと、小康状態で一時自宅療養に帰宅していた母を車に乗せ、病院へと急いだ。

 今思えば、なぜ救急車を呼ぶよう進言しなかったのだろう……


 私は後部座席でぐったりした重い母の体を支え、半狂乱で運転する父を見ていた。

 痩せ細っているのに、意識のない母の体がこんなに重いとは思わず、奇妙な事に、なんだか人間というより物体を膝に乗せている気分だった。

 母の呼気が次第に浅く小さくなり、どんどん体は冷たく重くなっていく。ますます、人間だと思えなくなってきて、ゾッとした。


 母が小さく「あなた……」と呼んだのは、別れを告げたかったのか、助けを求めたかったのか……

 なにも映してなさそうな虚ろな眼で、運転席の父を見つめ、父も振り返る。

 危ないから前を見て運転して! と私は言えただろうか? その辺りは記憶が曖昧で、憶えてない。

 が、対向車のヘッドライトが眩しくて、父の影がくっきりとしていたのは憶えている。


 母は苦しんだのだろうか? 父は痛みを感じたのだろうか?

 その瞬間、確かに母の呼気は止まっていた。ズシッと膝にかかる重みが増し、たった今、逝ったのだと、私は悟った。

「お母さん、死んじゃったの?」


 せめて、口にしなければ、父は死ななかったのだろうか……?

 私の、母が死んだとの言葉に、ダランと下がった冷たい手と上下しない平らかな胸。父はその瞬間、絶望したのだろう。私がいることも、どうでも良かったのかもしれない。母がすべてな人だったから。


 どちらにせよ、少しでも私を愛していたか、私という子供がいる事くらいは覚えていたのか、もう聞くことは出来ない。


 母を愛し、母を失って自分も逝ってしまった父。周りからは、母を失う恐怖からの自殺、心中だったのではないかと、何度も聞かれた。警察の人すら、疑った。

 不思議なくらい、私は無傷に近かった。

 フロントガラスの破片が額を切ったくらいで、座席や母の遺体が、偶然私の身を守ったのだと、鑑識のオジサンは言った。母は死しても私を守ったのだと。

 ただの感傷だと思った。だって、その瞬間、母は既に死んでいたのだから。私を慰めようと、或いはオジサンがそうであって欲しいという、ただの感傷だと思えた。



  ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 あまりの眩しさに、両親が亡くなった瞬間を思い出してしまったが、今は、現状が優先だ。


「おお、成功ぢゃ!」

「さすが、大神官様、大賢者様です」

「お見事でございます」

 複数の男性の声がする。


「ちょっと、なんなの? これ。ここはどこなのよ?」

 振り返ると、自分と似た背格好の少女達が3人、キョロキョロと周りを見渡していた。

 内1人は見た顔だ。


「ねぇ、これなんなの? ここは、いったいどこなの? あんた達誰?」

「ね、ねえ、これ、なんかヤバくない?」

「あたし達、どうなっちゃうの?」


 『どうなっちゃうの?』とは?


 目が慣れてきたので、私もようやく周りを見る。

 パルテノン神殿を思わせるような林立する太い柱、明かりは柱に設けられたランプと祭壇に設置された大きな篝火。

 なるほど『ここどこ?』だね。


 恐らく私の新しいクラスメイトになるはずだったであろう少女達は、唯一私が見知った顔の少女に身をすり寄せ、不安げに立ち尽くしていた。


 3人を取り囲むように、白いチュニックやローブを着た男性達と、キトン風の衣装を身に纏った女性が集まる。なんだか、包囲されてるみたいにも見える。

 どうやら今いる場所は、見た目は、地中海やヨーロッパによくある神殿などの遺跡みたいな建物の中のようである。


「不安にさせてしまい、大変申し訳ありません。巫女様がた」


 ──巫女様、がた?


 あの3人の内、1人がそうなんかな? それとも、3人とも?

 先程、他の人たちに、ダイシンカン様とかダイケンジャ様とか呼ばれてたオジサン(お爺さん?)が、にこやかに3人に近寄ってくる。


「このような形で呼びつけてしまい、大変に申し訳ありません。ですが、事前にお知らせする事もかなわず、このような不躾な事になってしまいました。お許しください」

 平伏するって感じで、女子中学生3人に深々と頭を下げる、お爺ちゃん。

〘ダイシンカン〙は〔大神官〕で〘ダイケンジャ〙は〔大賢者〕かな? ここで一番偉い人か、何かの団体の代表者なんかな……

 頭に銀色の、金属の輪っかを填めてて、宝石とかついてたら王冠みたい。


「ここはどこなの? 呼びつけたってどうやって?

 だいたいなんのために?」

 唯一の私が見知った顔……父の又従兄弟というオジサンの娘、美弥子が、いかにも機嫌悪そうに訊ねると、「大神官」様達は慌てて解説を始める。


 いわく


 ここは、私達が暮らしていた日本がある世界と違う、別世界だと言う事。


 この世界の為に、どうしても彼女たちが必要だったと言う事。


 私は関係ないよね? 帰してくれないかな……




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  次回

2.喚び出したってなんの用なの?



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