第103話 山芋と、チーズ
カインハウザー様の前に乗せられて、馬で一緒に帰ってきた私はフリーパスだったけれど、シーグはそうは行かない。
「そこの、妖精の羽衣を風呂敷代わりに背負っている狼犬は、うちの犬だから、通してやってくれ。荷は改めなくていい」
シーグも早かったけれど、馬も当然早かった。
そう、パカポコ歩くのではなく、タカタカ早足でもなく、ドドドッと四騎とシーグで駆けて帰ったのだ。
確かに、思ったより長居したし、私はノドルで泊めてもらうのもアリかなって思ってたけど、カインハウザー様はどうされるんだろうと思ってたら、日が落ちたら暗闇になる山道を、夕焼けの中、短時間で駆け抜けて帰ったのである。
確かに、日暮れまでに帰れたけど!
凄い振動だった。
ちょっと、いや、かなりお尻痛い。
本来は、
「走る馬に座るのはつらかったろう、すまないね」
黙って事後承諾で出かけた罰だろうか。と思ったけど、どうも急いで帰りたかったらしい。
まっすぐお屋敷には帰らず、山猪の畜産家や食品を扱う商会などの代表者が集まっている、収穫祭会場に立ち寄って、ノドルと交易を始める事を伝えに行く。商談なら私は必要ないだろうから、ここから先に帰ります。
⋯⋯とはいかなかった。
山芋愛を語らさせられたのだ。確かに、これはカインハウザー様では無理だよね。
シーグは、物陰で人型になって丘を駆け登って行くのを見たので、先に小屋に帰っているだろう。
鱗のようにカサついた黒っぽいチャコールグレーの皮を剥き、おろし金ですりおろしていく。
同じ山芋でも長芋よりつくね芋系の方が数倍、粘りがあり、旨味も濃い。
「こんな、岩のような根っこが食えるんですかいの」
「とっても美味しいんですよ。栄養価が高く、健康増進にも役立つんです」
長芋が糸を引くのよりずっとモッタリと、ドロリとしてガムや柔らかめの餅のように纏まり、スプーンで掬っても、残りの塊部分も伸びながらついてくるくらいで、見た目は不気味がる人もいた。
まあ、スライムみたいと言われればそうかも? ていうか、この世界にもスライムはいるのね。
「
「
「なんとも不思議な食感ですな? ですが、見た目ほど泥臭くないし、なんというか、くせになりそうな舌触り」
残念ながら、何人かは食べ慣れない食感に眉を顰めたり、アクの刺激が強すぎて舌がヒリヒリする人もいたけれど、概ね好評だった。
「明日は、これでオコノミ焼きとやらを作ってもらおうかな」
「小麦粉やキャベツはあるけど、海鮮物がないから、っぽい物止まりですけど」
「海産物が必要なのか⋯⋯」
お好みの名のとおり、好きな具材を入れればいいのだけど、やはり基本的にはイカとか海老、牡蠣、なんかを入れると美味しいものね。
「私は、海老とチーズを入れた物が好きですが、何か具は工夫してみますね」
「チーズはクリーム状のものや白カビ系は入手するのに時間がかかるが、山羊のシェーブルなら少し、ハビスの所で作ってたはずだ。後は、ハード系の水分の低い熟成物なら、うちの氷室にもあったかもしれないな」
「お好み焼きに入れるなら、柔らかいナチュラルチーズの方が生地に馴染みやすいかと思います」
明日の、畜産業の納税特産品にもあるとの事で、山羊チーズを分けてもらう事になった。
「わあ、美味しそう。いい匂い」
「フィオリーナ様は、発酵食品の臭味は平気なのですかな?」
「私の育ったところは、発酵食品の宝庫でした」
「それはいい。今度ぜひ、うちの農場へもいらしてください」
お味噌、漬物、塩麴、お酒、味醂、ヨーグルト、バター、醤油、納豆、鰹節、生ハム、パン種の天然酵母、豆腐⋯⋯
私達の食卓には何かしらの発酵食品があった。
「フィオリーナが好きな物はたいてい美味しくて栄養価がいいからね。ハビス、農場を少し広げても手が足りそうなら、牛も導入してみるか?」
新成人の中に、職が仮であったりまだ決まっていない家事手伝いの人も居たので、希望者がいれば、やってみてもいいとの話だった。
「一度に増やすのは無理だろうから、まずは乳牛かな」
食肉用の牛と乳牛とは、ここでも種類が違うんだと訊いてみれば、ここの牛は、バッファローみたいな筋肉の発達したゴツい魔獣で、肉を食べる為に育てるのは向かないそうで、品種改良して魔獣からただの動物になった大人しい牛が、西のキハよりまだ西の山間部で育てられているらしい。
「硬いが、肉を食べられない事はない。が、山羊と同じで乳を絞ることが出来て、チーズは中々旨いと聞く」
「お肉、硬いんなら無理にステーキにしなくても、包丁で叩いたり挽肉にして、肉団子やハンバーグにするといいかもしれませんね」
「フィオリーナは、食べ物の知識は豊富だね。楽しみだよ」
ちょっと提案しただけなのに、作る前提になってるし。
まあ、作りますけど。
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