第25話 ……目立たないって難しい⑧


 街の方から、お昼を報せる鐘の音が聴こえる。


 バスケットの中身は、野菜やローストビーフ? 多分、昨日言ってた槍角牛オーロックスだろう、牛肉っぽい味の薄切りとを挟んだナンみたいなもっちりした白いパンと、リンゴだった。

 みんながちょうど食べ終わる頃、カインハウザー様の目に光が宿る。まるでイタズラを思いついた少年のようだ。


「シオリが早く我が家に馴染めるように、硬さがとれて、子供らしくなれるように、いいことを思いついたよ」

 なんか、微妙にいやな予感?


「どうせまた、くっだらない事でも思いついたのでしょう?」

「これから毎晩、寝る前の挨拶として、シオリにはセルティックさま素敵♡って言ってもらおうかな」

「はあっ!?」

「また、馬鹿なこと……」

「リリティス、君も言ったじゃないか、あの純真な眼が、やる気と自尊心を守るのだと。シオリが柔らかくなり、わたしのやる気と自尊心も満たされる。一石二鳥だろう? 名案だよ」


 自分の「名案」にウキウキのカインハウザー様と、ため息をついて肩をすくめるリリティスさん。


 マジですか? 毎晩、そんな恥ずかしいこと、言わなきゃダメなの?


「シオリは優しくて素直ないい子だから、やってくれるね?」

 ね? とか、言われても……


 * * * * *


 食べ終わったら、広げたものを片付けて、立ち上がる。

 木に引っ掛けて広げた天幕はそのままにして日陰を作る。

 リリティスさんが、畑に水をまいている間(魔術で霧をまく)、葉に虫がついてないか確認をして回る。

 カインハウザー様は追肥を所定の場所に置いていく。

「本当は、地面やまいた水が温度上がりすぎない、朝の方がいいんだけどね」

 また、私の面倒を見る事でお二人の予定を遅らせてしまったんだと、気が重くなる。


 パコ


 また頭の端で軽い音がした。短めの木の棒で打たれたらしい。指揮棒にも似てるけど、今朝の食事の時もだけど、どこから出すの?

「こら、また何か自分が負担になってるとか思っただろう」

 本当に、カインハウザー様は頭の中が見えるんじゃないだろうか?

「見えない見えない。考えてることが覗けるんじゃなくて、表情がね、透けてるんだよ。素直な事はいいけれど、ちょっと透けすぎだね。

 大人になれば、腹芸が出来る強かさも持てるようになればいいんだけど、素直な所がシオリのいいところだしね。ムリはしなくてもいいけど、正直過ぎなのは覚えておいて」

 笑いながら頭を撫でてくれる。


 お父さんとの交流が少なかった私には、こうして子供扱いされるのでさえ嬉しくて、もっと構って欲しくなる。我が儘で欲張りだな。自分でも、昨日会ったばかりの人に頼りすぎだと思う。


 * * * * *


「だいたい終わったかな。

 それじゃ、お勉強会の続きをしようか」


 今朝習ったことの復習として、魔力を目元に集めて、精霊や妖精を視る事から。魔力は正直まだ解らないけど、目元を意識して、まだ白いシャガ芋の花にいるだろうサヴィアを視ようとしてみる。

「サヴィア? まだそこにいますか?」

 3D写真を見る要領で、ピントをずらして花の方を見る。


「ふふふ。小さい子が花に話しかける姿が可愛いわぁ。やっぱり、主、コレクダサイ」

「ダメだ」

 後ろでまたコントしてる。この二人はずっとこうなのかしら。


 一生懸命サヴィアの姿を視ようとするけど、花がぼんやりして見えるだけ。


 ややズレた辺りから転がるような鈴の音がする。

《今は、ここよ。そこじゃないわ》

 耳には鈴の音に聴こえるけど、頭の中では可愛い幼女の話し声に変わる。


「そっち?」

 鈴の音がする方へ向き直ってみる。リリティスさんのまいたお水を受けて光ってるお花の内、他の花より一層輝いてる一輪に、より近づくためしゃがみ込む。


《お水と肥料に喜んでる花たちに祝福をして回ってるの。今は、同じ花にずっとはいられないのよ》

「それもそうね。お仕事頑張ってね」

 答えるものの、姿はまだ見えない。


「可愛い姿がみたいのに」


 ──あの子はどんな姿をしていた?


 緑色のワンピース


 淡いピンクと白の花冠


 トンボのような透明の薄い二対の翅


 心の中で、午前中に見たサヴィアの姿を思い浮かべる。


《見える?》

「うん、見えた。やっぱり、可愛いね」


「魔力の流れ、解ったかい?」

「……いいえ」

 優しい眼をして寄り添ってくれたカインハウザー様には申し訳ないけど、魔力なんかちっとも解らなかった。


「魔力がどんな物なのか、どう感じるものなのか、全く解りません。でも、カインハウザー様と一緒に視た姿を心に浮かべて、声がして来る花に居るはずと思って視てみました」

「そう、最初はそれでいい。魔術でも精霊との会話でも、魔力を使う時、イメージを持つ事が大切だ。今は、知っている事とイメージを重ね合わせて繰り返して、コツを摑んだら、イメージと魔力を添えるだけで、自分で望んだ結果を引き寄せられるようになるだろうからね」

 優しい眼をして頭をぐりぐりと撫でてくれる。

 大きな手。

 お父さんには貰えなかった手。

 この人は、どうして私に優しくしてくれるのだろう……



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次回、Ⅰ.納得がいきません


26.ここはどこ? 目立たないって難しい⑨

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