第16話 ここどこ? 人里に潜入します⑧


 美弥子のお家に引き取られてから、ゆっくりお風呂に入ったことはなくて、とても気持ちよかった。

 冷泉とは言え、温泉が湧いてるなんて羨ましい。


 ちなみに、現代日本では考えられない沸かし方だった。灼熱に焼かれた石を岩風呂にどぼんどほん入れていくの! そりゃ、湯沸かし器やボイラーがあるとは思わなかったけど、焼け石をぶち込むとは。ジュワワ~ッと音を立てて、水蒸気が立ちこめるのには、びっくりした。


 妖精の羽衣をぐるぐる巻きにして、足先から少しづつそろそろと浸かる。

 程よく熱くなく冷めてない、私の好きな温度で、メイドさんに、ちょうどいいですと答える。

「冷めてきたら、声をかけてくださいね」

 石を乗せた手押し車を押しながら、岩場の向こうに下がっていく。

 改めて、1人になって、手足を伸ばし、ラッコの如く上半身を浮かばせる。お行儀悪いけど、1人だし、歩きづめで疲れてるから伸ばしたかったのだ。


 お月様が出てて、深夜に差し掛かる頃かな? ここの表現で九の刻、向こうでは10時半をまわってもうすぐ11時くらい。


「はわぁあ、生き返るぅ」

 ババ臭いと言われても、つい出ちゃったものは仕方ない。本当に疲れてたんだもの。


 肩まで沈んで、お空のお月様を眺めながらぼ~っとしてたら、少し居眠りしてたみたい。

「あら、シオリ、死んでたの?」

 急に頭の上から綺麗な澄んだ声が降ってくる。驚いてバシャバシャとやってしまった。

「ンふふ、驚かせちゃったかしら?」


 リリティスさんの、ナイスバディを思わせる湯着姿が月光に眩しいです。

「疲れてるだろうから、お湯の中で居眠りして沈んじゃうんじゃないかと思って、様子を見に来たの。ついでに私もご一緒させてもらおうかなって。

 あ、 主にあるじ は内緒ね?」

「どうしてですか?」

「まだお仕事中だからよ」

「え? こんな夜でもまだお仕事が残ってるんですか? 抜けて来て大丈夫なんですか?」

「私が、じゃなくて、主がよ。無職の領主様でも、領主としての管理業務はあるからね。私達だけで楽しんでるって聞いたら、拗ねちゃうかも」

 拗ねるんだ? カインハウザー様。


「おおいに拗ねるとも。男のわたしは女性の入浴にお伴できないしね。仲間はずれの気分だよ?」

「え!? どっ、どこから?」


 大慌てで周りを見ても、庭の木々と岩が幾つか、繁みの向こうに透けてお屋敷が見えるけど、カインハウザー様の姿は見えない。

「湯に落ちてる滝の裏からだね。

 ああ、心配しなくていいよ、この大きな一枚岩のお陰で、そちらのさぞかし素敵であろう光景は見ることが出来ないからね」

「主? そんなところで何なさってるんです? そこから見えないと仰られても、覗きに来たとしか思えませんよ?」

「信用がないね? わたしの秘書官は辛辣だ。

 湯加減や感想を聞きにと、君と同じだよ、シオリが沈んでるんじゃないかと思って、メイドに確認させようと思って来たのさ」

 肩をすくめるカインハウザー様が見えるような気がする。

 湯に濡れて透けている湯着姿が色っぽいリリティスさんは、片手になにかふわふわした物を持っている。


「それ、なんですか?」

「これ? これはね、こうして……」

 ニッコリ笑うリリティスさん、淡く光ってふわふわした物を、滝が落ちる大岩の向こうに投げた。

「わっ、リリティス、なんて事をするんだ」

「出歯亀さんにお仕置きする魔術よ?」

「ええ!?」


 今の、魔法なの? と、思ったら、知識が浮かび上がってくる。

 静電気を纏った霧やもやのようなものらしい。

 主人に攻撃魔法を投げつける秘書官……


「ふっ、ふふ。ウフフ、あり得ない、主人に攻撃魔法を投げつける秘書官がいるなんて、ふふふ、だ、大丈夫なんですか? そんな事をして……ふふ」

 カインハウザー様がどんな目にあってるのかみえないけど、当たればそれなりに何もない筈はない。

 大変な事なんじゃないかと思うのに、それ以上に2人のやりとりがおかしくて、笑いが止まらない。


「あら、やっぱり笑ったら可愛いわね。そうそう。女の子は笑ってるのが一番よ。笑顔がとても可愛らしくていいわ。……主も手足を痺れさせて、体を張った甲斐があったわね」

 私を笑わせるために、コントみたいなやりとりをわざとしてたの?


「う~ん、わたしもそちらへ行って、シオリの笑顔が見たいなぁ?」

「紳士なら、耐えてちょうだい?」

「リリティスさんの湯着が透けてなければよかったんですけどね」

「「え? リリティス「私」がよければ、わたし「主」あるじ が居てもいいの?」」

 2人の言葉が綺麗に重なる。

 そんなに驚く事?


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次回、Ⅰ.納得がいきません


17.ここどこ? 人里に潜入します⑧

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