第3話 樫の木の木霊(こだま)   

 アリアンロッドは、私が名前をつけて個性を固定した合成精霊で、名づけ後は、精霊眼を持っていないリリティスさんも見ることが出来る。

 それは、この村の人も同じだろう。


「アンタ、大精霊を連れとるのかね?」

「え?」


 事情を知らない人からすれば、アリアンロッドは人型をとれる大精霊となるのだろう。

 少し腰の曲がったお爺さんが、私ではなくアリアンロッドをじぃっと見て、目を離さず訊ねてくる。


「あの、どれくらいなのかは解らないんですけど、まだそんなに年寄りじゃないらしいです」

「女の子さんのお姿をしとるのにかね?」

《この子は、偶然の産物なのヨ》

「おや、妖精も連れとるのか。それも、かなり大きな妖精じゃな」

「わかるんですか?」

「そこらの花壇におる妖精達と、霊圧プレッシャーが違いすぎるわい」

《ふふん、この辺りに来るのは百年ぶりくらいカシラネ? アンタは知らないケド、そこの樫の木なら知ってるワヨ。あの頃三百手前の若造だったから、ようやく生涯の折り返しくらいカシラネ?》


 立派で太い幹の下の方は、こぶが出来ていたり傷があったり、なんとなく笑ったお爺さんの顔みたいな樫の木。サヴィアンヌは幹を撫でて、再会を喜んで祝福しているようだった。


「儂は、まだ96じゃからの、生まれとらんかったでしょうな。ようこそ、大きな妖精さま」

《歓迎してくれるんなら、ワタシの連れが一晩休める所、どこか紹介してチョーダイ?》


 ちゃっかり乗っかるサヴィアンヌ。


「おお、それなら、儂らの家へおいでください。この村は、皆気のいい明るいモンばかりじゃで、穢れ溜まりも殆どなく、過ごしやすかろうて」


 一応、サヴィアンヌを覗う。


《ワタシは、出来れば花の蜜漬けが食べたいのだけど…… そこの花壇の蕾、貰ってもイイ?》

「そりゃあ構いませんがの、あれは儂ら人間には毒草なんじゃが、妖精様には大丈夫なんですかの?」

《勿論、毒素を抜く魔法があるノヨ。じゃ、フィオ、お願いね?》


 サヴィアンヌには、お爺さんに悪い気配を感じなかったようなので、一晩泊めてもらうことにした。


 毒草と言う花を、アリアンロッドが風でちょん切る。小さめの瓶に蕾を入れ、サヴィアンヌが何か魔法を使うと、花から緑色の粘液みたいなのが出て来た。それは、1つの滴となって溜まり、瓶から出てくる。

《触っちゃダメヨ? グリーダリアの毒だから。それだけで、数人は死ねるワヨ》


「そ、そんな怖いもの、簡単に出さないで」

《ごめんネー。蕾のうちが一番毒素が強く、咲いた後はどんどん抜けるんだケドネ》

 サヴィアンヌは小さな火を出して、毒素を温める。そうすれば、毒ではなくなるらしい。


《後は、蜂蜜をかけて一晩置くだけネ》

 荷物から、フィオちゃんの妖精の蜂蜜を出そうとすると、先ほどのお爺さんが、

「そのまま我が家へお越しください。蜂蜜ではありませんが、楓の木のシロップがあります」

と、私達を自宅に来るよう促した。


 楓の樹液──メープルシロップ?


 私は、蜂蜜よりメープルシロップの方が好きなので、どんな味か気になる。


 サヴィアンヌは踊るように軽やかについていく。


『警戒も何もあったもんじゃねぇな?』

 シーグもため息をつきながら、ゆっくりと立ちあがりついていく。


「あの、大きな狼犬もいるんですけど、大丈夫なんですか?」


 お爺さんは振り返り、

「もちろんですじゃ、牧羊犬がおりますが、年寄りですから、喧嘩はしないでしょう」

にこやかに答えてくれる。


 花壇や小さな畑を通り、小川を超えて小高い丘の上に、お爺さんのお家はあった。


「少々手狭ですが、ご了承くださいませな」


 いえ、全然、大きなお家なんだけど。


 ハウザー砦の領主館ほどではないものの、日本の私の家の二倍くらいありそう……


 丘の上に大きなお家。村長さんかな?と思ったけど、お爺さんは笑って否定。


「村長は、村の中心部の雑貨屋ですじゃ。村民の、生活の必需品なんかを売り買いしとるよ」


 儂は、森の守人をしとります。そう言って、小さな小鳥を、肩から生やした。

 いや、本当に、何もなかった肩から、にゅうっと小鳥が生えてきたの。

 実際には、小鳥の姿をした、木霊なのだそう。


「昔、この辺りで悪い精霊が力を奮いましてな、村人は全滅しかねなかったんじゃが」


 その時、このお爺さんの家の庭に立っていた1本の古木──樫の木が寿命を終え、倒れた後に残されたこの木霊が、その悪い精霊を斃したのだという。宿木の樫が後は朽ちるだけとなり、木霊も供に存在値をなくす所だったのを、お爺さんのご先祖が引き取った。

 宿木の代わりに、お爺さんに憑依する事で永らえているらしい。


「以来、代々儂の家の誰かが宿木になっておりましてな、そのせいか、お嬢さんのまわりに景色が霞むくらい風霊が集まっとるのも、光の精霊や風の精霊もたくさんおるのが見えとります」

 宿木になる事で、精霊眼を持っていなくても精霊を感じれる(木霊が視ている)らしい。


「やたら、森が騒いどりましてな、お迎えにあがりました。大精霊の巫女さま」

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