第30話 ……目立たないって難しい⑬

 ──精霊との付き合い方を覚えるまではこの街を出さないし、他所に寝泊まりする事も許さないよ


 どこにも行けないってこと? 目の届く範囲に居ろってこと?


 ──君が声をかけただけで、ロイスが祝福されたり、街の淀んだ空気が一掃されたのは知ってるね?


 え、知らない。祝福されたって聞いたけど実感ないし、まして、あの時吹き抜けた風に精霊がいっぱいいたなんて知らない。


 ──君が祝福の言葉をかけた事で、闇の精霊や、憤怒や怨嗟の聖霊ですら綺麗に浄化してしまった


 そんなつもりはこれっぽっちもなかったの。

 ただ、言われた通りに、巫女になりきって挨拶をしただけなんだよ!?


 ──これがどんなに危うい事か、解るかい?


 解らない! そんなの全然解らないよ!!



 2日前までは、ただの中学生だったんだよ?

 精霊とか妖精さんなんて、想像の中だけの存在で、魔法なんかお伽話の現実世界から来た、ただの年齢の割にはちょっと家事が得意なだけの、普通の中学生だったんだよ!


「シオリ、落ち着いて。君の感情が大きく乱れると、君の周りの精霊達も不安がる」

「どうやって落ち着けば……」


 色々乱読した本の中の、活きてない知識を総動員させて導き出した答え。


 私をお姫様抱っこで運んでくれているカインハウザー様の胸に頭をくっつけて、やや高めの体温と鼓動を、必死に感じとろうとする。

 意図が通じたのか、歩く速度を落とし、なるべく振動を感じないように運んでくれる。カインハウザー様は、少しだけ、腕に力を入れて、しっかりと抱き直した。


 目を瞑り、おでこや頰に感じる温もりと、耳に伝わる鼓動を馴染ませようと、周りから意識を遮断して、カインハウザー様の温もりと鼓動と、背と腿裏の腕の感触だけに集中する。


 それなりに効果あるようで、次第に私のドキドキも収まっていき、落ち着かない気持ちも穏やかになってくる。


 ──温かい。お父さんが抱き締めてくれてたら、こんな感じだったのかな


「よしよし、落ち着いてきたようだね。

 まずは、お風呂に入って、体を清めて温めて、土や葉っぱで汚れた服を着替えようか」

「お風呂?」

「そう。畑仕事の手伝いや極限まで魔力消費して、体は疲労が溜まってるはずだよ。

 ご飯の前に、まずは体をリラックスさせて、精霊との交信で尖った精神を緩めよう」

 カインハウザー様の広いお部屋の奥にある扉を、付き従っていたメリッサさんが開ける。

 そこは、壁の一面が硝子張りの、明るい浴室だった。


「まだ明るいし、外で作業してる使用人も何人か居るから、万が一を考えて露天風呂はまた今度ね。

 ここも庭が見えるから、それなりに開放感はあるだろう?」

 ウインクして、私を浴槽近くに置かれた籐製品の編み目になった大きな椅子に降ろしてくれる。


「手足が動かないようなら、手伝ってあげてもいいけど……リリティスとメリッサの眼が本気で怖いから退散するよ」

 笑いながら、また後でねとだけ残し、扉の向こうに立ち去っていった。


「さ、お嬢さま、失礼しますよ」

 メリッサさんが近寄ってきて、ワンピースに手を伸ばしたかと思うと、すぽーんと一気に脱がされてしまった。

「きゃ」

 女同士、恥ずかしがらなくてもいいのかもしれないけど、そんなには銭湯や温泉施設に慣れてない私は、裸を見られる事が落ち着かない。

 お母さんが比較的元気だった頃に、定期的に父が温泉旅行に連れて行ってくれた事があるくらい。箱根とか熱海とか。


 ショーツのような、ピッタリした下着ではなく、ズロースよりもふんわりしたドロワーズってヤツなのかな、3分丈や膝元まであって裾をリボンで結んでるだけなので、それを解くとあら、素っ裸……

 そう、ショーツやズロースみたいに穿くのではなく、巻き付けて縛ってるだけなので、おトイレの時も脱がないで合わせ目を広げるだけという…… かなりショッキングな下着でした。


「ささ、立てますか? いい湯加減に出来てますから、ゆっくり浸かりましょうね」

 メリッサさんと、途中から手を伸ばしてくれたリリティスさんに両脇から支えられて、でっかい焼き物の浴槽に近づく。


「先にかけ湯しなくても?」

「かけ湯?」

「このままドボンとしたら、私についてる泥や汗、皮脂がお湯を汚しちゃうでしょう? 先にかけ湯である程度流すとか、洗ってから入る方が……」

「それがシオリの国の風習なのね?」

「はい」

 ここの人達は、そこまで衛生的な考えはないのが普通らしく、そもそも、一般的には盥のたらい 湯を使って絞り手拭いで拭くだけが多い。


 勿論、この浴室にも、スイカをいっぱい十何玉も浮かべられそうな盥がある。

 私は、そのカラの盥に座らされ、メリッサさんが、手桶で少しづつ丁寧にお湯をかけてくれる。

「熱くないですか? 気持ちいいですか?」

「ありがとうございます。とても気持ちいいです」

 肩から背中に、熱すぎないお湯が流れていく感触がホッとする。

 盥に溜まる湯を見ると、少しだけ底に砂が混じってるのが見えた。


「本当ね、シオリの言うとおりだわ。先にこうすれば、メイドが何度も湯を替える回数が減って、冷めにくくもなるわね」

 魔術が使えるリリティスさんはともかく、カインハウザー様の浴槽には、力自慢の従僕さんが、何度も湯を汲んで来て交換するらしい。

 リリティスさんも魔術で温度調節はするものの、湯の中で体をさすって汚れを落とすため、都合2~3回はメイドさんが、お湯を汲んで来て入れ替えるらしい。


 お湯の中は体が蕩けるようにリラックス出来た。

 カインハウザー様が入る浴槽なので、14歳日本人女子中学生にしてはやや小柄な私は、手足が充分伸ばせる。


「はあ~、生き返る~」

「昨夜もそう言ってたわね、死んでたの?ってつい訊きたくなるわ」

「なんでしょうね? 決まり文句か挨拶のように、お風呂で気持ちいいとき、私達はよくこう言いますね」

「不思議ね。生き返ったように身も心もさっぱりするというたとえ表現なのかしらね」



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 次回、Ⅰ.納得がいきません


31.ここはどこ? 目立たないって難しい⑭

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