第29話 ……目立たないって難しい⑫

「あらあらまあまあ、お嬢さま、どうなさっちゃったのですか?」

「ああ、メリッサ。たいした事じゃないんだ。精霊と遊びすぎて、魔力酔いと欠乏症で力が入らなくなってるだけだ。

 明日、揺り返しが来るだろうから、今夜は魔力回復にいいハーヴで何か頼めるかな?」


 お屋敷に着いた途端、玄関先で駆け寄ってきた、少しふくよかで優しい顔つきの初老の女性。


「メリッサさん? この方が?」

「そうだよ。シオリが、メリッサの弟子入りしたいと、デザートを感激して食べてたと言ったら、シオリ専任で世話をしたいと名乗り出てくれてね?

 色々慣れるまで、しばらくは彼女の世話になりなさい」

「え、そんな、専属のだなんて、私はどこかすみっこでも置いてくれれば……」

「シオリ」


 冷たい声。


 ハッとした。そうだった。約束したんだった。

 卑屈にならない、自分を大切にする。

 子供らしく柔らかい態度で過ごせるようにする。

 精霊達は勿論、人間でも誰でも、嘘ついたり誤魔化したりしない、素直になる。

 でも、なんでも正直に言わなくても、言えない事は言わなくてもいい。


「ごめんなさい。面倒をおかけします。ありがとうございます。

 一度降ろしてください。ちゃんとお礼と挨拶を」

 大丈夫かな? 立てるかい? そう言いながら、ちゃんとそっとまずは足を床につけて、次第に手を離していくカインハウザー様。


 正直、ふらふらするけれど、最初の挨拶はちゃんとしたい。

 カインハウザー様の上着の袖を握り締めて、彼の言う生まれたての子鹿のようにふるふるしながらだったけど、頭を下げる。

「しばらくの間、お世話になります。フィオリーナです。どうぞ、お気軽にフィオとお呼びください。色々ご面倒をおかけするかとは思いますが、よろしくお願いします」

「よく出来ました。……と言いたいところだけど、まだまだ硬いなぁ。もっと子供らしく柔らかい感じで……」

「旦那様、礼儀正しいことは、なんら悪い事ではありません。

 旦那様とはすでに打ち解けていらっしゃるかもしれませんが、私とは初対面でございますから、ちゃんとご挨拶できるのはとてもよいことです。第一印象は大切ですよ?」

 カインハウザー様を窘めてから、こちらへ向き直る。

「ですが、フィオ様、挨拶が済んだからには、専属の侍女と主人です。立場は弁えてくださいましね」

「え!? 侍女と主人って、私はただの居候で……」

「いいえ。旦那様が正式に招かれた、お客様でございます。

 当館にご滞在の間は、私めがお世話を任されましたので、そのつもりでおいでください」

 硬いのはどっちなの~。て言うか、私って正式なお客様なの?


「勿論、君が精霊との付き合い方を覚えるまでは、この街を出さないし、他所に寝泊まりする事も許さないよ」

「ええっ!?」

 ど、どういうこと?


「君が声をかけただけでロイスが祝福されたり、街の淀んだ空気が一掃されたのは知ってるね?」

「いいえ。ロイスさんの祝福されたのはお聞きしましたが、街の淀んだ空気は……」

「言ってなかったっけ? ま、いいか。

 人々が1つ所に集まって暮らす以上、小さくても必ず軋轢は生まれる。また、軋轢や確執とまではいかなくても、どうしたって我慢したり不満を溜め込んだりはする。それは解るね?」

 カインハウザー様の丁寧な話に頷く。


 自分が先にしようとしてたのに、他人に先を越された。


 今、やろうとしていた事に、お小言でさっさとしろと言われてやる気が萎えたりムッとしたり。


 後で食べようと大切にとっておいた物が、さあって時に見たら、食べられなくなってて悲しい気持ちがなんにでも影響したり、もう食べないのかと思ったって誰かに食べられちゃって怒りを覚えたり。


 気づかないうちに誰かが得をして、後から自分にも機会はあったのだと知った時の落胆やちょっとした妬みなど。


 生きていればどうしたって、小さくても負の感情は生まれる。


 自分でうまく昇華出来る人はまだいいけど、中には胸の内に溜め込んで、やがて爆発して大暴れしたり、他人に当たったり。今度は当たられた人が不機嫌になり……って負の感情の連鎖が生まれることもある。


 そういった負の感情が、溜まってくると瘴気の素になって、悪い物を呼び寄せたりする事もある。


「そういった小さなくらいものは、少なければ、精霊達の毎日の魔「法」の運行や朝陽の浄化能力で大抵は薄れる。が、強い感情と結びつき、暗闇に溜まってしまう事もあるんだよ」


 幸い、この街は新しく、自然も豊かで、なによりカインハウザー様が一般人に比べてよく精霊に好かれるたちなので、精霊達の風通しがよく、瘴気になる前に霧散しているのだとか。


「それでも、闇の精霊や、感情の霊の中には冥い霊気を心地よいとするものも居て、全くなくなるわけではない。

 が、昨日、君が祝福の言葉をかけた事で、精霊達が多く街の中を駆け抜けて、闇の精霊や、憤怒や怨嗟の聖霊ですら綺麗に浄化してしまった。

 勿論、力を失ったとか消滅したという訳ではなくて、生まれたてのようにクリーンな純粋な闇・陰影と、感情を司る聖霊になったって事だよ?」

 綺麗に格好良くウインクを決めるカインハウザー様。

 再び私を抱え上げ、二階の寝室へ運んでくれる。


「これがどんなに危うい事か、解るかい?」




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次回、Ⅰ.納得がいきません


29.ここはどこ? 目立たないって難しい⑬

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