第10話 ここどこ? 人里に潜入します②


 一度、お昼頃お腹がぐ~っと鳴ったけど、なにか食べ物があるわけでないし、我慢して歩き続ける。


 1時間程も経つと、お腹が空いてたことを忘れてくる。一度こうなると、二~三時間は平気かな?


 途中、道は二度ほど分かれていた。


 神官さんの刷り込んでくれた知識が正確なら、南に大きな街が、このまま北西に進めば町とか村とかレベルの村落があるみたい。


 物を手に入れるにしても、仕事を見つけるにしても、南の大きな街の方が選択肢はあるだろう。

 でも、大きな街は、中世ヨーロッパっぽいこの世界の文明レベルでも、それなりに行政がしっかりしてて、身元不明の子供が1人で彷徨うろついていては補導される。もちろん身分証(割り札)もないし、問い合わせるべき戸籍や経歴もない。


 神官さんも持ってるらしい割り札。


 ここでは、割引券や為替割符の事ではなく、どこ出身の誰の血筋で現在どこに住んでいるって書き込まれた現代の戸籍謄本や住民票みたいな物とその写しとでずらして重ねて、合わせて1つの証文印になるように割り印を押してある、写しの証明書の事。

 例え小さな村でも村長が原書を保管しているらしい。ので、それを持ってない私は、まるっきり怪しい人物なのだ。


 手荷物を盗られたとか川に流したとか、持ってないことにしても、問い合わせたり再発行する元がない。驚いた事に、孤児院の子供ですら、どこの孤児院の所属とした割り札を持ってるのだ。たいてい小さな巾着袋に折りたたんで入れていて、首から提げている。


 一般人のふりをするのも摘んでる。


 取り敢えず、補導されたり投獄されたりする可能性を回避するため、北西に山道を行くことにした。


 *****


 腕時計で午後3時頃(こちらは1日1時間程多いから2時?)六の刻の少し前に通った小さな集落では、挨拶をすれば返してくれる人が多く、神殿から30分ほどの村とは雰囲気も違った。


 ここでもやはりかまどは外にあるし、小屋のような板造りのお家が密集していて、その先の通りの左右に畑が広がっている。

 この辺りの農村はこんな感じなのかな?


 夕陽が傾いてくる頃、ようやく次の村の灯りが見えて来た。

 出来れば、お風呂に入って、お布団かベッドで休みたい。

 でも、宿を借りるお金もないし、この世界の言葉は自動変換される魔術が効いてても、文字が読めるとは限らない。まだ見たことないから判断できないのだ。

 また、ちょっと意識するとぼんやり浮き上がる知識で、一般人はお風呂に入る機会は少ないらしい事が判る。

 各家にお風呂場はなく、宿でもたらいに湯を借りて手拭いを絞って拭くくらい。


 お風呂は諦めたけど、昨日は落ち葉に埋まって地べたに寝たから、今日は寝台で休みたいのに。

 ……どうしよう。


 * * * * *


 こちらは民家よりも畑が先にあり、畑仕事から帰って行く人達に挨拶の声をかけて貰いながら、様子を見ていた。

 畑仕事で外にいる時間が長いからだろう、白人っぽい人種なのに、東南アジア人くらいに日焼けしている人が多い。


 麦わら帽子を被っている夫婦も、日本人と大差ないくらいの色味をしていた。


「こんにちは、小さな巡礼さん」

 その夫婦は、目を細め、にこやかに声をかけてくれる。


「こ、こんにちは。精が出ますね」

「夏の陽が強くなる前に収穫したいからねぇ、今のうちに育てておかなきゃ大変なんだよ」

 今は、夏前で、夏は日射しが強く作物を育てるのに向かない……らしい。

 会話のちょっとした事からも情報を得ないと、この世界のことは解らないし。

 また、刷り込まれた知識が偏ってたり間違ってる可能性も考えておかないと。


 私が歩き出さず、まわりをキョロキョロしてるので、気になったのだろう、ご夫婦の奥方が訊ねてくれる。


「なにかお困りなのかしら? 今日の泊まるところは決まってないの?」

 親切そうで、裏はなさそうに見える。

 嘘で答えると後々面倒になるといけないので、正直に、話せる事だけ答えることにした。


「ありがとうございます。

 ……実は私は巡礼者ではありません。身の上も道もなくした、ただの何も持たない迷子です。

 困ってると言えば常に困っていますが、現状何も手がありません。ご心配ありがとうございます」

「それはかなり大変な状況なのではないかしら?」

 親切なのか野次馬根性なのか、可哀想な子供の話に食いついてくる。


「……そうですね。ですが、慌てても騒いでも仕方ない事ですから」

「失礼だが、それで君は、この先どうするつもりなんだい?

 巡礼者と間違われるその羽衣は、いったいどうしたのかな?」

 旦那さんは奥方より警戒心あるのかな。まあ、普通の反応だよね。特別な信者にしか貸与されないと言ってたし。高価なものなんだろうな。


「安心してください。別に盗んだとか拾ったとかではありません。

 私の境遇を不憫に思った神官戦士の方が、返却を保留にしてくださったのです」

「保留に?」

 旦那さんはやはり、盗難の可能性を疑っていたようだ。値踏みするような、私の目を覗き込むような鋭い目を向ける。


「はい。最初は山の上の大きな神殿に保護されました。

 でも、私の身を確認する際、使われた水晶玉の不調で何も解らず、能力スキル階位クラスも判らないのは、私が穢れている存在なのかもしれないと神官さん達に放り出されました」

「まあ、酷い」

「子供になんという……」

 どうやら、旦那さんは多少の魔術を囓っているらしく、神官さん達の使った水盤の真偽の術に近い効果の術を私にかけたらしい。例のぼんやり知識によると、嘘を言っていると、私の全身が青黒く光るらしい。適当に作り話しなくて良かった。

 そのおかげて、信用する気になったらしい。


「保護されたときに女性の神官さんにかけてもらった、信者への貸し出し用のお古だそうです。

 放り出された時に門番だった神官戦士のお兄さんが、だいぶ擦れて効果も落ちているお古だし、外の妖気に触れて消滅したから回収できなかった事にするから持って行けって……一食分の栄養の取れる丸薬もくれました」

 ポケットから、お兄さんに貰った革袋をチラ見せする。してすぐにしまう。

「そのお兄さんは知り合いなのかい?」

「いいえ、私は何も識らないしここでの記憶はありません。お兄さんも初対面の人で、これをくれたり羽衣回収を保留にしてくれた事は、きっとお兄さんにとって良くない事だと思ったので、お礼だけ言ってお名前は聞きませんでした」

「どうして? 恩人の名前は知りたいものじゃないかい?」

「この後、もし私が泥棒だと誤解を受けて捕まってしまった時に、誰に貰ったのかと訊かれても、知らなければ答えられないですから」

「なるほど、君は色々と考えているんだね。見た目から思ったよりも年上なのかな?」

 旦那さん、私の事、何歳だと思ってるんだろう。……訊いてみたい。


「お古だと言ってましたが、こんなに薄いのにとても暖かくて、お清めのお水にこれごと入っても凍えず出たらすぐ乾いて、不思議なストールですね」

「妖精の羽衣って言って、妖精に織らせる特別な布なのよ」

 魔獣がいるくらいだからもしかしてとは思ったけど、本当に妖精が居るんだ! で、これを機織りするんだ?

 夫婦揃って頷いている。これを借りれるくらいの【特別な】信者か権力者なのかな? 真偽の判別魔術なんかも使えるし、ただの農民じゃ無いのかもしれない。


 ──まさか、神殿関係者?



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次回、Ⅰ.納得がいきません


11.ここどこ? 人里に潜入します③

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