第32話 ……目立たないって難しい⑮



「どうしたんだい? 緊張してると、せっかく眠ってもよく休めないよ?」

 肩が隠れるまで掛布を被せてくれながら、笑って訊ねてくる。

「カインハウザー様は? どこでお休みですか?」

「心配してくれるのかい? 大丈夫だよ。このベッドは広いし」

「え!? い……しょに?」


 カインハウザー様は、ベットサイドのランプの灯りを消して、こちらへ向き直る。

「1人で眠るのは寂しいのかい? 何なら一緒に寝てあげてもいいけど」

主、あるじ 素直で真面目な可愛い子をからかうのはおやめください」

「からかうなんて。ユーモアで緊張をほぐしてあげようかな、と。本当に、添い寝が必要なら吝かやぶさ ではないし」

「そこは喜ばずに遠慮してください」

 2人の掛け合いも、慣れてきて、確かに緊張は解けてきたかな。


「可愛い女の子に添い寝を頼まれて断る成人男性なんて居るかな?

 まあ、それはともかく、シオリ。君は、どうして欲しい? このままちゃんと休めるかな?」

 カインハウザー様は、ちゃんと解ってくださってるんだな。初めての、精霊達との精神交信で、精神的にどこか緊張状態で、体はくたくたで眠りたいのに、頭は冴えて上手く眠れそうにないのを。

「あの……今朝、起きた時のように……」

 やっぱり恥ずかしい。お願い事って、強靱な精神と体力いるんだな。

 言いこもっていると、優しい表情で目元を緩められて、カインハウザー様は訊ねてくれた。


「シオリ。大丈夫。遠慮も要らないし、恥ずかしがらないで、本心ヽヽから望む事を言ってごらん?」

 恥ずかしいし、わがままだと思う。でも、敢えて嘘をつかなきゃいけないことでも、言えないことでもない。ちゃんと言おう。恥ずかしいけど。


「今朝、起きた時、大きな温かい手に握られてて、最初はビックリしたけれどスッキリしてて。

 悲しい夢を見てたはずなのに、とても安心して眠れたんだなって」

「うん。夜中に泣き出して、こちらも驚いたよ。手をとって名前を呼んだら、握り返してきて少ししたら落ち着いたみたいだったから」

「はい。だから、あの、ご迷惑でなければ、眠るまで、手を握っていてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ。こんなゴツゴツの手でよければ」

「剣だこですよね。ずっと剣を振って、胝が出来て潰れて出来てを繰り返して、硬い掌に。

 カインハウザー様の歴史のひとつですね」

「シオリは賢いね」

「そんな事ないです。

 ……温かくて、私の手よりずっと大きくて、包み込まれるようで安心できました。ちょっと恥ずかしかったですけど」

「可愛い弟子の頼みだ、呼んでも返事しなくなるくらいぐっすり眠るまで、そばにいてあげるよ」

「ありがとうございます。……リリティスさんにもお願いしていいですか?」

「私? 主だけでなく?」

「はい。ご迷惑でなければ」

「もちろん、いいわよ」


 リリティスさんが快く了解してくれた頃、メリッサさんがご主人の執事さんと使用人の男性を伴って戻って来た。2人とも、椅子を抱えている。

 カインハウザー様とリリティスさんが並べられた椅子に座り、私の手を取ってくれる。


「それじゃ、シオリ、ゆっくりおやすみ。ちゃんと眠れるまでこうしていてあげるから。

怖い人も意地悪な人も、誰も寄せ付けないよ」

「明日も朝早いわよ。おやすみなさい」

 私が小さい頃、きっとお父さんもお母さんも、こうやって私が眠るまで見下ろしていてくれたはず。覚えてなくても、そんな時期はあったはずだもの。


「あ、忘れるところでした」

「なに? まだ、言い忘れてた事があるのかい?」

 一度目を閉じたものの、大事なご用を忘れてたのを思い出した。


「はい。……やっぱりちょっと、だいぶ、恥ずかしいですけど。約束……」

「ン?」

 恥ずかしくてだんだん声が小さくなるので、聞き取るために、カインハウザー様が耳を寄せてくる。

 これなら、小声で言っても大丈夫かな。


「カインハウザー様は、元騎士様だけあってとても誠実で素敵な方です」

「……!!」

 カインハウザー様の息を呑む気配がしたけど、やはり疲れが堪えられなかったのか、温かいベッドやお二人の手が安らぐのか、眠気が襲ってきて、様子を見ることは出来なかった。



「……あるじ

「自分で課題を出しておいてなんだけど、恥ずかしいね、これは」

「……幼少の砌にみぎり 、剣術で体格のいい年上の子に勝てなくて悔しがってた以来、見た事ないくらい、ご尊顔が真っ赤ですよ、主。

 教えてあげましょう。それは、「恥ずかしい」に限りなく似てますが、「照れくさい」というのですよ」

「そうなのか? ムズムズと言いようのない居心地の悪さと恥ずかしさと、少しの嬉しさが混じっている……ような気がする」

「シオリは素晴らしいですね。主に、忘れていた、或いは知らなかった感情を、幾つも思い出させ、新たに教えてくれるのですから」

「……そうかもしれないね。それは、人としてはいいことなのだろうけど、わたしには危険なものかもしれないね」

「私は、いいことのように思えますが」

「危険だよ。忘れていた優しさや知らなかった感情を覚える……彼女は女神が会わせてくれた神子かもしれないが、ある面から見れば、悪魔の寄越した魔女の誘惑なんじゃないかとも思ってしまう。たった一日で、中毒症状をおこしそうだよ」




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次回、Ⅰ.納得がいきません


32.ここはどこ? 目立たないって難しい⑯

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