第18話 巡礼街道と寒村   

 飾りもない素朴な小さめの馬車に、子供の体重ほどありそうな麻袋を1つ載せて、ロイスとベーリングを供に、わが街を発つ。


あるじ、本当に、危なそうだったら、すぐにでも戻って来てくださいね?」


 心配しなくても、まだこの身を朽ちさせるつもりはない。

 わたしは、領地の子供に喜ばれる柔らかい表情を造り、リリティスに手を振った。

「心配しなくても、ちゃんとやり遂げてくるよ」

「レディ・リリティス、ご心配なく。我らが、主をお守り致します」

 ベーリングが、槍を掲げて誓う。

 リリティスは、護衛の二人に頭を下げた。


 そうは広くない山道を、大神殿まで登る。

 シオリの足で一日かかる距離でも、馬車ならそうはかからない。


 途中の道は、我がハウザー砦が見える範囲は、先日の浄化もあって清浄だったが、幾度か曲がりくねる道を進み、木々に背後の砦門が隠れるようになると、様子が変わる。


「あまりいい状態ではないですね……」

「ああ。これでは、どこか病んだ者や気落ちした者は、穢れを拾っても仕方あるまい」


 ベーリングも、涼やかな眉を顰めると、やや機嫌の悪い馬の首を撫でて宥めていた。


 木々の鬱蒼とした林は、陽が差しているのに薄暗く、足元の繁みの陰には、動植物に影響の出るほどの濃さではないが、穢れが多くわだかまっていた。


「神殿の奴ら、来る時でも帰りでも、こりゃいかんと思わなかったのでしょうか?」

 まわりを見まわしながら、ロイスも肩を縮める。

「まさか、感じ取れない、なんて事は……」

「さて?」


 とにかく、北の隣国からまわる巡礼者達は、必ずと言っていいほど、我が砦街を通る。

 大神殿から徒歩で約一日。朝発てば夕刻に辿り着く程よい距離で、教会や宿で一泊して、翌日国境を目指す。

 逆も然り。街で一泊して体調や荷を整えて、早朝に大神殿を目指す。

 途中の村は、宿泊に向かないし実際宿屋もない。


 この街道は、巫女達をうまく説得して、浄化せねばなるまい。


 

「カインハウザー様、こ……れは」


 あまり無駄口を利かないベーリングも、思わず声をあげるほどの状況だ。


 街から歩いて1つ目の、過去に大神殿の思惑で飼い慣らされ、代を重ねる内にうち捨てられた小さな村エナル。


 街道を挟んで左右に民家が並ぶのだが、壁の一部が壊れていたり、家と家の境目の柵は折れ、続く民家の端に、真新しい墓が並んでいた。


《ここは、ヨクナイよ。はやく行こう》

《あの墓標のあたり、近寄っちゃダメ》


 わたしについて来てもらった精霊達がみんな揃って、あの真新しい墓に近づくなと言う。


「あの墓、ヤバいんじゃないですか?」

 ロイスも身震いして、馬の脚を速める。


「仕方ないな、街の者には、王都や南の町に行く時は、山頂まわりではなく、東の山道を行くように周知させねばならんな。

 誰か、リリティスに報せて来てくれるか?」


 馬車のまわりを飛び付き添っていた精霊達の内、言の葉を得意にする風の精霊が、請け負って街の方へ帰って行った。


 風の精霊シルフィールなら行って帰るのもすぐだろう。


 大神殿のすぐ近くの、シオリに言わせると陰鬱な村、エゲフィル村につくと更に酷かった。

 大型の獣が村を襲ったのが見て取れる、建物や設備についた爪痕、かまどは壊しても元に戻るのおかげで綺麗だが、周りの様子を見るに、一度は壊れたようである。


「そう言えば、あの闇落ちは、ここで発生したんでしたね。これは酷い……」

人気ひとけがありませんね? 畑も、数日かもっと、放置したようになってますが……村人は?」

「どこかに避難したのかな」

《山を登っていったよ》


 惨状の後に残された唯一の綺麗な竈から、小さな声がする。


《この村は、しばらく放置するんだって。馬鹿ダヨネ~、ニンゲン達。いくら待ったって、あちこちに散った瘴気や穢れはなくならないのにネ~》


 竈から離れられないこの火の精霊は、人型をとれないのだが、肩をすくめるような気配を感じる。


「なくなる?」

《ソウダヨ。神殿から人が何人か来て、穢れが朝陽の霊気で霧散するまで、ここで暮らすなって、連れてったよ? そんなの、巫女が女神の祝福を代行しないと消える訳ないやん、ねぇ?》

「そうだな。消えないのにね。……君は、ひとりでここで大丈夫なのかい?」

《うん。ボクね、あの大神殿もなかったずっと昔からここで竈に火を入れてるんだよ、人の言葉だって覚えたんだ。大丈夫さ!》

「そうか、頑張れよ」

《ウン、ありがとー!!》




「なんだか、可哀想な気がしますね」

「人が戻ってこなければ、竈に火を入れる事もないだろうに……」


 大神殿が村人をどう説得したのかは知らないが、このまま、穢れや闇落ちが出た時に飛び火した瘴気を、あの巫女達が浄化しない限り、ここに人が戻ってくる事はないだろう。

 戻らない人間を待って、たったひとりあそこで、再び火を入れる日を待つのか……


「止めてくださいよぉ、カインハウザー様。俺、泣けてきます。あの精霊、連れて帰ってやりたいですよ」

「黙ってろロイス。太古からの決まり事で、あの子はあそこから動けないんだ。言っても詮ないことだ」

「……はい、すみません」

 ベーリングに一喝されて、萎れるロイス。

 だが、心情的には、ロイスに同意したかった。



 この村を過ぎれば、大神殿は目の前だ。

 あの巫女達は、わたしを歓迎してくれるのだろうか。

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