第17話 イケメン領主が来るらしい
「ねえねえ! こないだの金髪碧眼の爽やかイケメン領主様、今日来るそうよ!」
さくらが頰を紅潮させて飛び込んできた。
ここは大神殿の中でも特に静かな、古文書や魔道書のおかれた書庫なのに。ほら、神官達も迷惑そうな顔をしてるじゃないの。
「騒がしいわね、少し落ち着いたら?」
「んも~、
美弥ちゃんは、格好いいって思うでしょ?」
さくらがにこにことこちらに振ってくる。巻き込まないでちょうだい。
「領主様って言うけど、ちょっと若すぎない? お幾つなのかしら?」
先日、瘴気を浄化しに行った田園地帯の領主──確か、カインハウザーとか言ったかしら?
彩愛が言うように、一都市を任されるにしては若い感じだったけど。
「外人の歳は、さくら判んない。でも、30はいってないんじゃない?」
「あなた達、知ってる?」
私達のそば仕えとして侍る女神官に訊いてみる。
「カインハウザー様ですか? 確か、今年22か23歳だったと思いますが。去年まで、大討伐軍の将軍をされていたので、あんな国境近くの小さな砦街の田舎領主では割に合わないと思うんですが、ご本人が希望されたとか聞いてます」
ふぅん。よほどいい土地なのか、野心がない人なのか。去年まで、って事は、今は将軍じゃないって事よね。出世欲が薄い人なのかしら。
でも、彩愛は別意見だった。
「そんな事ないんじゃないかしら? あれは結構色々考えてる人だと思うけど。あの土地は、特殊な鉱石が出るとか肥沃な農地があるとか、何か旨味があるのかしら?」
「ああ、カインハウザー様のお父上が、ただの国境線砦と小さな村だったのを、開拓して警備していた土地だからじゃないでしょうか?」
「そう言えば、聞いたことありますね。闇落ちが出た時に、領民を護って、命を落とされたとか」
親の護っていた土地だから? それじゃ、彩愛の言う腹に一物ありそうな人物像と合わないわ。
「小さな田舎領地でも、着てる物は良さそうだったし、なによりご本人が、貴族みたいに洗練された所作だったわ」
「あら、さくらに『洗練された大人の男性』の所作がどんなだか解るの?」
「ええっ。ヒドイ。 ……そりゃ、本物の王子様をみたことはないけど、なんて言うか、ムダのない綺麗な動きじゃなかった?」
「……ムダのない綺麗な動きなのは、元軍人だからじゃない?」
「む~。ああ言えばこう言う~」
さくらには、あの領主は貴族であって欲しいらしい。
「ほほほ。サクラ様、カインハウザー様は、幼少からお城で、王太子殿下や上級貴族のご子息と共に過ごされて育ったのですよ。お母上が下級貴族のご出身で、お城務めでしたので」
「それに、将軍として黒翼隊を率いての討伐成績も素晴らしく、陛下の憶えもよくて一代限りの騎士爵を賜ったので、ご本人も一応、準貴族ですわ」
「やっぱりぃ。ひと目見て、王子様みたいだと思ったもん」
「そんな優良物件なら、すでにご正妻もいらっしゃるでしょ。いちいち騒がないで。はしたない」
「奥さん居るかどうかと、私の乙女心は別だもん」
「それでしたら、あの方はまだ、独身でございますよ。婚約者もいらっしゃらないとか」
「ええ~!? なんでぇ」
「さぁ、そこまでは……」
確かに立ち姿勢も良くて、とびきり美形って事もないけど、ハリウッド映画で主役していてもおかしくない程度には整ってたし、さくらが騒ぐのもわからないでもないけど……
「あり得ないでしょ? 私達が、ここの貴族と結婚できるとか」
「え~? わからないじゃない。案外美女より可愛いのがお好きとか」
「それ、自分は可愛いって自慢? 大体、私達は貴族の娘じゃないし、仮に見染められたとして、奥様に収まったら、あっちに帰る時どうするの? 離婚するの? 子供は置いていくの?」
「ええ? ええっと、置いて行けない……」
さくらはたちまち、非現実的なプリンセスストーリーに湧き上がっていたのが萎んでいく。
「ほら見なさい。非現実的な事考えて、騒いでるんじゃないわよ」
「本当に、帰れるのかしら?」
「え?」
表情を消すと冷たくも見える和風美人の彩愛が、窓の外の山々を眺めながら、ぽつりと零した。
「瘴気を浄化したり闇落ちや魔族を退治したり……
それっていつ終わるの? どこまでやれば、もういいですよってなるの?
そもそも、あちらに帰る手段はあるのかしら?」
彩愛にしても、答えを求めての言葉ではなかったのだろう、ため息をついて、それっきり何も言わなかった。
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