Ⅳ.世界を歩く──ひとり旅

第1話 下山──北西へ進め  

 風が渡る。精霊が多く飛び回り、木々が揺れながら喜びを感じていた。


「いい風ね?」

《ソウネ。ちょっと元気よすぎる気もするケドネ》


 サヴィアンヌは、蝶の状態では飛ばされかねないと、等身大の女性の姿になる。

 背の、燐光煌めくアゲハ蝶の翅がとても綺麗だ。


『このままで間違いないんだな?』

 金狼姿のシーグも、そよそよとたてがみなびかせながら、振り返った。


「ええ。第一、ここまで一本道だったじゃないの。さすがに間違えないでしょう?」


 カインハウザー様にお借りした精巧な地図──をサヴィアンヌの妖精魔法で羊皮紙にコピーしたもの──を広げてみる。


《現在地は……ここネ》

 何千年も生きた、カラカル地方を取り纏める妖精王と自負するだけあって、サヴィアンヌは色んな事を識っている。

 また、この地方の表の地図も裏の地図も頭に入っているらしい。

 表というのは、私達が今歩いている世界の事。

 裏というのは、私達人間には見ることも辿り着くことも出来ない、次元の違う妖精郷の事。

 表裏一体の二重世界のように重なり合っていて、妖精や精霊だけが、その裏表うらおもてを行き来する事が出来るらしい。


 更に、その細かい地理も国丸ごとの俯瞰図も熟知しているサヴィアンヌは、まるでナビゲーターみたいなマーカーが地図上を移動する魔法までかけてくれた。ハッキリゆって、凄すぎる。殆ど、あちらのカーナビかGoogleMAPだ。


「測量器も飛行機もない世界だもの、誰も精緻な地図を作成できないとかで、門外不出だって仰ってたのに、サヴィアンヌったら、丸々コピーしちゃうなんて」

《なあに? いいじゃないの。持ち出したりしてないワヨ、原本は。それに、どうせそれをコピーしなくても、元々ワタシは知ってるノヨ? シオリが見やすいように焼き付ける事も出来たケド、どうせなら、あるものを複製する方が楽じゃないの》

「そりゃそうだけど……」

《一応、気を遣って、シオリ以外の人が見ても見えないように、精霊紋を施してあるワヨ。ワタシとシオリとセルティック以外がこれを見ても、ただの白紙の羊皮紙ヨ》

「そ、そんな事まで出来るの?」

《マァネ? ワタシはほら、何度も結婚を繰り返した大妖精も大妖精、カラカル地方を代表する妖精王だからネ? ちょっと他の妖精よりかはたくさん、色んな属性の魔法も識ってるからネ、それら複数を組み合わせて、オリジナルの魔法もつくれるワヨ》


 サヴィアそっくりの胸を張る姿勢で、妙齢の女性姿なのに子供のようで、ちょっと可愛い。


 その、大切な地図を畳んでポシェットにしまい、再び、北門から国境沿いに西へ延びた細い山道を下り始めた。




 *******





 ハウザー城砦都市じょうさいとし よりもかなり小さく、エナル村が幾つか入るくらいの、田舎町。


 それがここ、ノドルの印象だった。


 それでも、日本の各市よりはずっと小さく、町の番地幾つか分くらいかな?


《次のマガナまで行く? たぶん、途中で暗くなるワヨ》

「それは困るかな? 野宿はしたくないし、ここでどこかに止めてもらえるかしら?」

《宿屋はなかったと思うワネ。まあ、百年前の知識だけど? こっちはあまり来た事ないの》

『おい、カラカル地方なら隅々まで識ってるから任せろって言ったのは嘘かよ』

《嘘じゃないワヨ》

 焦った風に振り返り怒鳴りつけるシーグと、飄々としてあたりを眺めながら答えるサヴィアンヌ。


《この辺を識ってる土妖精と森妖精の婚姻された美男子と結婚して、しばらくはこの辺りを根城にしてたもの》

 ただ、それが百年くらい前だってだけよ。


 サヴィアンヌは、村の花壇や水場に居る妖精達に愛想を振りまいているが、シーグは警戒して見まわしていた。


 妖精にも美男子っているのね。花の妖精や家事を手伝ってくれる妖精はみんな女性の姿だったから、ちょっと気になる。


「半日の距離しか稼げなかったわね」

《いいんじゃナイ? 別に急ぐ旅でもないでショ》


 まあいいけど。


 サヴィアンヌは、ハウザー城砦都市や大神殿クロノポリスのあるカラカル地方で一番、妖精だ。

 それは、妖力・魔力の大きさであり、知識の多さでもあり、自身の身体を構成する分子の多さでもある。


 妖精は、精霊と違って、マナと属性を持つ妖力を核に、魔力エネルギー体の身体を持っている。

 魔力のある者なら、視たり触れたり会話したり出来る。


 生まれ持った属性や力を増やすには、結婚するのが一番らしい。

 サヴィアンヌは何千年もの間、何度も結婚を繰り返し行ってきた大妖精で、殆ど上級精霊なみの力と知識を持っているらしい。


 妖精の婚姻とは、人間の結婚とも動植物の受粉や交尾とも違い、2つの存在が融合し、1つになる事らしい。


《それは、誰でも出来る事じゃないノヨ。価値観が同じで、お互いを同等と認め合える、信頼と感情や知識の共有を認め合える相手とじゃないと出来ないノ。そんな相手にしょっちゅう逢える訳じゃナイノヨ》

 それはそうだろう。人間よりたくさんの、種族と個体数が存在する精霊や妖精達が、価値観が同じで尊重しあえる相手に、そうそう出会えるものではないだろう。


 融合するという事は、今ある個体としての意識はどうなるのだろう……


《なくなる訳じゃないワヨ。でもね、価値観や考え方が同じって事は、矛盾しないから、複数あっても1つナノ。矛盾する思考を持つ相手とは融合できないワヨ》


 それよりも、ドコに泊まる?


 サヴィアンヌは、鼻歌混じりに(彼女には)程よい草むらをリサーチ中。


 いや、村の中なんだから、例え宿がなくても誰かに泊めてもらおうよ。


 私の意見は聴こえているけど無視なのか、聴こえてない、或いは聞いてないのか、シーグまで、凭れやすい木を物色し始めた。

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