第18話 ここはどこ? 目立たないって難しい①


 両親を一度に亡くした私は、ほぼ身寄りが無いに等しかった。

 体の弱い母の親戚も体が弱かったのか、いないようで、会ったこともない。

 お通夜には、父の親戚が少し。後は近所の人と、学校の先生達と、父の生命保険の代理人と弁護士くらいの寂しいもの。


 父は母を失う痛みと向き合えず、生を放棄したのだと、今でも私は思っている。

 本当に父親としての気持ちが少しでもあったら、ハンドルを切って事故を避けようとするとか、私をかばおうとするとかするだろうに、あの時、父は、ぶつかった衝撃で前へ放り出されようとした母の遺体を抱き留めて、しっかりと抱きながら母の名を呼んで押し返すように、後部座席に倒れ込んできた。

 ハンドル操作も、事故回避責任も投げ出して。

 逆光だったから、父がどんな顔をしていたのか解らない。ただ、母の名を呼んでも、私の名は呼ばなかったし、こちらを見る事もなかったように思う。信じたくないけど、私の名前を覚えてなかったのかもしれない。殆ど呼ばれた憶えはなかったから。

 もしかしたら、私を産んだことで体が弱くなってしまった母の、かたきだと思っていたのかもしれない。


 もうすんだ事だと、諦めた。両親の墓前に手を合わせ、父の保険金を私の養育費として受け取ったオジサンの車に乗り込む。

 母の両親は私が幼稚園に入る前になくなっているし、父の両親も、祖母は老人限定終身マンションとやらにひとり暮らしで、祖父は特別介護施設に入院している。足が不自由で、歩けないせいで年齢より早くまだらボケになっているらしい。一度しか会ったことはない。

 この、私を養育してくれるというオジサンも、父の又従兄で、両親のお葬式が初対面だ。

 とにかく親戚が少なく、受験を控えた中学生を受け入れられる余裕のある人が他に居なかったのだ。


 父の又従兄弟という、私には他人に近いオジサンは、私と同い年の女の子がいるから、仲良く出来るだろうと言ってくれた。

 でも、思春期の女の子をオジサンは、解ってないね。或いは自分の娘はいい子だと信じたいのかな。

 同じ、初めての受験を控えてピリピリした空気の中、多感な年頃の娘が、私を歓迎してるとはとても思えなかった。

 暮らしの中に他人が舞い込むのだ。気を遣わないわけにはいかないし、オバサンだって、我が子と私に差をつけると罪悪感もあるだろうから色々とやりにくかろう。


 はたして美弥子は私を歓迎などしていなかった。


 勿論、表だって厭だと言ったり嫌ったりはしていないように見える。両親の前では私に笑いかけもする。が、部屋にさがると途端に口も利かなくなる。でも、それで普通だろうと思っている。

 オバサンも、世話をしないといけないニンゲンが急に1人増えるのだ。

 食事の用意も分量を間違えないよう気をつけてしなければいけないだろうし、当然材料費も増える。

 食器も1人だけ揃ってないのが気になるようだった。私は別に気にしていないけれど、受け入れる側としては、意識せずにはいられなかったのかもしれない。


 美弥子にしてもオバサンにしても、親戚として以前から交流でもあればともかく、初対面の人間と暮らすのだ。さぞかし、精神的にも、物理的にも金銭的にも色々とキツいだろう。

 

 今朝も、彼女と同じ学校に転校するのに、部活があるとかで先に行ってしまい、オジサンが気を遣って謝ってくれたり、学校まで送ってくれたりした。


 職員室から先は、オジサンもお仕事に行ってしまい、担任と列んで歩く。

 廊下に響く元気な声の、三十代半ばの男性教諭。

「野々原と一緒に暮らしてるんだろ? なんで一緒に来ないんだ? 最初くらい道案内がてら、一緒に行ってって頼めばいいのに。ハハハ」

 私が気を遣って、或いは気後れして頼まなかったと思ってるのかな。美弥子さんが部活を口実に逃げたとは思わないんだ……

 人前では優等生タイプなのかもしれない。苦手だな。そういう人……


 先生が、色々と、学校での美弥子の事や、クラスのみんなの普段の様子を話してくれる。勿論、大人側からの目線での印象だ。

 たぶん、クラスメイト、隣のクラスの子、女子や男子で、みな違う意見も聞けるだろう。先生の話すことは、そう思わせる当たり障りのない事ばかりだった。

 担任としては、あまりクラスに溶け込んでなかったのかも?


 どうせなら、馴染みのあるご近所さんや友達のいる、元の町に居たかった。

 子供が1人で居られる訳もないので諦めたけど、高校を卒業したら、元の町に帰って、転勤のない職種を選んで就職しよう。

 それまで、目立たないように、美弥子の気に障らないように、息を潜めるようにおとなしくして、我慢しよう。


 そう覚悟して、楽しげに扉を開ける担任について教室に入る。


 時季外れの転校生。ちゃんと確認した訳じゃないけれど、教卓に近い席に座って窓の外を眺めてる不機嫌そうな美弥子以外、殆どの子が何らかの感想を持って、こちらを見てたと思う。


 転校生はあらゆる面で品定めされるものだ。仕方ない。


 日直の女子が黒板に書かれていた、生徒達の落書きを消している。

 先生に言われて、クラス委員の男子と女子、美弥子が前に黒板の前に立つ。

曉月あかつき、こいつらがクラス委員長の男子と副委員の女子だ、まずは2人の顔を覚えとけ」

 先生に紹介された2人が順に頭を下げる。


「初めまして、委員長の岸田繁幸きしだしげゆきです。アカツキさん、これからよろしくな?」

「初めまして、曉月あかつき詩桜里しおりです。よろしくお願いします」

「シオリちゃんかぁ。野々原の親戚なんだって? あんまり似てねぇな?」

「父親同士が又従兄弟でそんなには近い関係じゃないから……かな」

「ふぅん、そうなんだ?」

 ずいぶん親しげに話す子だな。明るい色の髪がフワッとしてて、見た目もそこそこ可愛らしくて、母親が熱心だったら芸能界に推薦しそうな感じ。私のタイプじゃないけど。


「おいおい、岸田よお、お見合いじゃないんダゾ。2人で話してないで、軽く挨拶したら、クラスのみんなに紹介してくれよな」

 先生がからかい半分で、割って入る。岸田君は少し赤くなって黒板の方を向き、チョークを取る。

「アカツキって、どんな字書くんだ?」

「先生、発想がオジサンで貧困、且つ、下世話で低俗です」

 副委員の純和風な美少女が、冷ややかに先生に言い放つ。

「おお、そっか、すまんな。岸田、そう恥ずかしがるな、冗談だよ」

「先生、追い打ちです。謝るだけでいいのですよ」

 確かに、岸田君は更に赤くなっていた。

 私達の、見る人によっては楽しそうなその様子を見てる、美弥子の目が怖かった。

 私が自然と馴染んでる様子にも見えて、不快だったのだろうか。


 日直の、やや巻き加減の柔らかい髪が似合う可愛い癒し系っぽい女の子が、私は席に戻ります、とすれ違う。ついでにひと言。

「美弥ちゃんの親戚なんだね、よろしくね。後で、おトイレとか食堂とか、案内してあげるね」

「ありがとうございます」

「もう硬いなぁ、ありがと♡だけでいいよぉ」

「そうだな、今日からお友達だろ、もっとフランクにいけよ。委員長の岸田に頼んでもいいが、更衣室と便所は無理だからな、ハハハ」

「先生。だから、ひと言余計なのですわ」

 やっちまったなぁと笑って済ます先生。いつもこんな感じなのかな。ちょっとゲンナリした。


 黙って立ってる美弥子の目がやけにキツく、怒ってる感じがひしひしとくる。

 私生活に急に割り込んできた他人が、自分の居場所に自然と馴染んでる(ように見える)のが腹立たしいのか、別の理由があるのか、たまたま今朝は虫の居所悪いかったのか。訊いてみたいがそれ以上に知りたくもなかった。だって、誰も美弥子の不機嫌には触れない。


「それじゃ先生も気が済みましたか?

 そろそろ彼女に自己紹介をしていただきましょう」

 どうやら、軽いノリのおふざけが好きな先生と、気さくで明るいたぶんみんなに好かれるタイプの委員長が進行し、シャキッとした才女風の副委員が支えるスタンスのようだ。


 私は、改めて教室のみんなの方を向き、息を整える。


 今すれ違った日直の子が、一番前の真正面で、目が合ってニッコリ微笑んで手を振ってくれながら、席に着くところだった。


「ガンバッ」コソッ

 椅子を引くのと別の手で、小さく握り拳で応援してくれる。あ、もしかしたら彼女とは仲良くなれるかも……



 そう思った瞬間、両親を亡くした事故を思い出す閃光に包まれた。



 

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次回、Ⅰ.納得がいきません


18.ここはどこ? 目立たないって難しい②

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