第12話 ここどこ? 人里に潜入します④


 嘘はないように、でもこの異世界と地球上の差異が出ないように気をつけながら、ある程度の事は話すことにした。


 全面的に信用したわけではないけれど、それなりに地位のある人のようだし、神殿にあまりいい印象がないような言葉も聞いたし、今夜泊めてくれるという恩人に、嘘で応えたくない。


「母は若い頃から体の弱い人で、私を産む事も反対されていたそうです」


 私を産んでよりいっそう病弱になった事。父は仕事と母にかかりっきりで、私は家事をしながら読書を楽しむ事で育ったこと。


 母の容態が急変し、車で医師のもとへ移動する途中で事故に遭い、両親は亡くなったこと。事故の前後の事はあまり詳しく思い出せない事。


 両親に肉親はなく、未成年の自分では家を維持する事も生活費を稼ぐ事も出来ず、結果住む場所も失い、遠縁の人間に預けられる事になったが、その途中でまたしても(聖女召喚の誤回収)事故に遭い、意識のないまま神殿に保護されたこと。


 神殿の役に立つ能力スキルが何かないか、身分やステータス 階位クラスが判るかもと検査サーチの水晶玉にかけられたが、大神官や大賢者にも判別できない不可思議な反応であったため、事故の際に穢れを受けたと疑われて、神殿で保護できないと放り出された事。


 裏門から放り出されたが、神官戦士に妖精の羽衣を持っていっていいと言われて、配給食餌まで分けてもらい、昨晩はそれなりに冷えたが助かった事。


 神殿の人に見つからないように、人の多い南の街ではなく、北の山村を目指して山道をほとんど休まず進んで来た事。


 1つ目の村は監視されてるみたいで誰とも口をきけなかった事。


 2つ目の村は、陰気な感じはなかったが、規模が小さすぎてよそ者は目立ちそうだし、神殿から近すぎる上に寒村っぽいので、稼ぎ手にならない食い扶持が増えるのは歓迎されなさそうだと思った事。


 2つの村落は通過して、暗くなってきたから、せめて今夜は屋根の下で、毛布に包まってゆっくり休みたいと思った事。


 そうは言ってもいざ近づいてみると、どうしたらよいのか判らず、立ち尽くして、こちらの旦那さまや奥方に声をかけられて嬉しかった事。


「ああは言いましたが、本当に、どうしようかと困ってたんです」

「……じゃない」

「はい?」

 ハキハキと物を言っていた旦那さまの、初めてハッキリしない言葉を聞いた。


「これは妻ではないし【奥方】と【旦那さま】ではない。わたしはまだ独身だよ。子供からしたら、そんなにオジサンに見えるかな?」

 あら、傷ついたのかしら。女性は総じて若く見られたがるもの、男性は一人前の大人に見られたがるもの、だと思ってたけど、この方は若く見て欲しかったのかな。


「ごめんなさい。実は、大人の男の人の年齢は判りません。父は年の割に若く見える方だったし、遠縁の小父さんは逆に老けて見えたし、子供からしたらって、私も、そんなに子供に見えますか?」


 やや落ち込んだ感じだったけど、顔をあげて、私と目を合わせる。

「……コレはわたしの秘書官兼目付役で、わたしはまだ22歳で、コレとは親子ほどではないにしろだいぶ歳が離れている。

 君は、わたしの半分くらいかな?」

「そこまで子供じゃありません。今年の秋に15歳になります」

「そうか、立派なレディに子供扱いは失礼だったかな。……女性の年齢は難しいな

 君もわたしの事は結構オジサンだと思ったようだね」

「いえ、そこまでは……ただ、夫婦かなと思ったから旦那さまと言っただけで、お屋敷の旦那さまだと知ってたとかオジサンだと思った訳では……」


 お互いの年齢を曝露し合う。

 お屋敷の旦那さまだと思ったけど、実際は22歳の青年だった! ……30をちょっと越えたくらいかと思ったよ。言えないね。


「すまないが、先程、君の言葉に嘘がないか、真実の精霊を降ろさせて貰ったんだ。君は、精霊には居心地のいい性質のようだね、実はまだ居るんだよ。

 その精霊が、笑いながら教えてくれたのだけど、わたしの事は中年男だと思ったようだね?」

 バレてた!!

 真実の精霊さんが、私の考えを読んで教えた? まさか、日本の事まで筒抜けなんじゃ……


「ああ、そんなに怯えたり困ったりすることはないよ、なんでも教えてくれる訳じゃない。嘘かどうかを教えてくれるだけなんだよ、普段はね。

 ……ただ、イタズラ好きな個体にあたると、面白がって今みたいに、君のプライバシーに深く係わることでなければ教えてくれる事もあるんだよ」

 今回は、わたしが落ち込むのが面白くて態々わざわざ告げたようだね……


 そんなにショックだったの?


「え、えと、少し日に焼けた精悍な顔立ちが落ち着いた大人に見えるって言うか、爽やかな笑顔と低めの声が大人の余裕を感じるというか……」

「ははは、ありがとう。昨年まで、馬に乗ったり剣を振り回したりする仕事に就いていたものでね、日焼けは仕方ないかな。

 大声を張り上げることも多かったので、喉も荒れてね、前はもう少し柔らかい今よりちょっぴり高い声だったんだよ」

 馬に乗ったり、剣を振り回す職業……剣士フェンサーとか騎士ナイトとかかな?

 ──さくらちゃ~ん!! こんなところで緑がかった青銀せいぎんの瞳が知的で黄金の髪が神々しい、去年まで馬に乗ってたらしい元騎士様(予想だけどたぶん)に逢いましたよ?


「金と銀のキラキラ騎士様なんて女の子にモテそうなのに……」

 聞こえないように呟いたつもりだったけど、何かしらの物音の絶えない現代の都会と違って、静かな田舎街の、お上品なお屋敷の中である。聞こえてたみたい。


「お褒めにあずかり光栄なんだけどね、そうでもないんだよ、これが」

「鬼将軍って怖がられてましたからね」

 奥方……じゃなくて、秘書官の女性が笑いを堪えるように付け足す。


「リリティス」

「いいじゃありませんか、もう退役して半年ほど経つのですし、事実でしょう?」


 仲がいいんだな。ただ仲がいいだけじゃなくて、ちゃんと信頼関係が築けてるから、安心して、主人と秘書官という上下の立場を越えて軽口も言い合えるんだろう。


「部下の人達に鬼将軍なんて怖がられるくらい厳しい方なんですか?」

「そんな事はないんだけどねぇ?」

「愚かな者が多いだけですわ。 あるじが特別厳しいとか暴君だとかって事ではありません」

 顎を撫でながら困ったように笑う主人と、澄ましてニッコリ笑う秘書官。

 ……あ、なんとなく察したかも。


「それで、あの……」

 呼びかけようとして【旦那さま】以外の呼びかけ方が解らない。まさか鬼将軍さんなんて声かけするわけにもいかないし。

「あ、すみません、申し遅れました。

 私の名前は詩桜里しおりと言います」

「シオリちゃん、ね。可愛い響きだね。こちらも遅れたね。

 わたしはセルティック・ヴァル・カインハウザー。今はこの、ハウザー城塞都市の地方領主さ」

 やっぱり領主さま!


 神殿の人に刷り込まれたぼんやり知識を辿ると、名前に「ヴァル」がつくのは領主や豪農、大商人など、国に認められた地方領主で、下級貴族に準ずる権力者の立場となる。

 公爵や伯爵など大貴族は「ヴィン」子爵や男爵、騎士爵は「ヴォード」をつけるらしい。

 今後、出会った人に名乗られたらよく聞いておかなきゃ。

 爵位のある人は上級貴族ヴィン下級貴族ヴォード、貴族じゃなくても相応の権力者は准貴族ヴァル、など地位を表す言葉が、個人名ファストネームあざなミドルネームの後家名・氏ファミリーネームの前に入ると。


「カインハウザー様は、見ず知らずの私を泊めてくださって、……とてもありがたいのですが、後々私が棘になって、神殿と揉めたり立場が悪くなったりしたらと心配されないのですか?」

 神殿から穢れと言われて棄てられた人物を匿う、腹に一物ある奴だと、神殿や心ない人達に捏造されたりするかも。


「それは君は心配しなくていいよ。もう退役してるからそれほど王宮で権力があるわけでなし、態々わざわざ、田舎に引っ込んだ鄙びた地方領主を貶めるようなひまな人はいないさ」

「……だといいですわね、鬼将軍さん」

「誰だって、万人に好かれるなんて事ある訳はないだろう。いつもの軽口だとわたしは解るが、このタイミングでそういう言い方をするな。シオリが不安になるだろう」

 いつもの? ……口元ニッコリ澄まし顔で、いつもこんな軽口をかわしてるの? 秘書官の、ええとリリティスさん。畑で出会った時は優しそうでにこやかな人だと思ったのに、案外毒舌家?


 メイドさんが入ってきて、お皿やお茶を片付け始める。

 執事さん?な男性が、食食事の用意が出来たと伝えに来た。


「食事が出来たようだ、行こうか」

 スッと立ち上がり、近寄ってきて、手を差し出してくれる。

 一瞬ためらったけど、そっと手を重ねる。無視するのもなんだかと思って。

 軽く握られ引くようにして、立ち上がるのを助けてくれる。自然に肩に手を添えて案内してくれた。

 基本的に、呼吸をするように自然に女性をエスコートするように育ってきてるのかな。それともわざと大袈裟にしてるのかな。

 どっちでもいいか。エスコートする姿もちょっと格好よくて似合ってる。お貴族様ではなかったけれど、退役軍人の地方領主だもの、私から見たら貴族と変わらない。


 いつか、さくらさんと話すことがあったら自慢しよう。



🔯🔯🔯 🔯🔯🔯 🔯🔯🔯 🔯🔯🔯


次回、Ⅰ.納得がいきません


13.ここどこ? 人里に潜入します⑤

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る