第13話 ここどこ? 人里に潜入します⑤


 貴族ではなくても領主様で、たぶん前職が騎士様とか国軍幹部とかだったと思われる人が、畑仕事をしてる時点で気がついても良かったかもしれない。


 用意されたお食事。


 粗食ではないけれど、フルコースディナーとか宮廷料理とかでもなく、普通に、大きめの木製ボウルに盛られたサラダと、崩れるほどトロトロに煮込まれた肉が数個入ったシチューが、握り拳大のテーブルパンと一緒に並んでいた。


「意外だったかい? ご馳走を期待してたらすまないね」

「いいえ、そんなことはありません。パンひとつでも分けていただけるだけでありがたいですから。

 神殿で見た食事と……あ、いえ、失礼しました。そうではなくて、畑仕事をされてた事と言い、地道に暮らされる方なんだなぁと、むしろ感心していたのです」

 貴族や権力者がやたらめったら豪勢な生活を送ると思うのは、浅はかな考えなんだなと改めて考え直させられた。

 あるいは、テレビで見るドラマの中の、政治家や芸能人のイメージがおかしいのかな……


「神殿、ね。山の上にある大神殿かな。あそこは特別だからね。

 こんなものしかないけれど、山歩きで疲れただろう、遠慮せず食べてくれ」

 礼を述べて、サラダから手をつける。ドレッシングは既にかけられた状態で、全体的にしっとりしている。パリッとした野菜を好む人もいるけれど、私は、しっとりな方が好きなので嬉しい。

 フルーツと野菜がたっぷり使われたソースタイプのドレッシングだった。


「シオリちゃんは、お母さんの代わりに家事をしていたと言ってたけど、お料理もするのかい?」

「はい。10歳くらいから、朝食の準備は私の役目でした。

 父が仕事に行く前に用意して、母の分も後で火を通すだけにして。

 夕飯は、体調が許す限り母がつくってましたが、中学生になってからは殆ど私が炊事当番でした」

「チュウガクセイ?」

 こちらに無い概念の物は、さすがに自動変換されないよね。カインハウザー様もリリティスさんも、首を傾げる。

「私の階位クラスは【学生】で中学は義務教育のひとつ。階級グレード3年生アッパーでした」

「義務教育……【学生】は、強制なのかい?」

「はい。7歳になる歳の春から15歳の年明けに卒業するまで、子供は全員学校に通って基礎知識を学びます」

 なにやら、考え込んでいるカインハウザー様。

 この国、もしかしたらこの世界全体には、義務教育を定めてる所はないのかな……喋りすぎたかな。


「領民……いや、国民のすべてが一定以上の教育を受けていれば、もっと……なるほど、考える余地はありそうだな」

 背中に冷たい物を感じながら、様子を覗いつつ、シチューのお肉を囓る。


「わ……、美味しい。蕩けるほど柔らかくて、筋繊維が感じられない口当たりとジューシーさ。これ、なんの肉ですか?」

「気に入ったかい? この領地では盛んに飼育されてる山猪やまししだよ。脂ものってるし、槍角牛オーロックスにも負けない旨味があるだろう?」

「はい。とても美味しいです。料理人さんに師事したいくらいです」

「彼女も喜ぶだろう、伝えておくよ」

「女性なんですか?」

「気になるかい? わたしは、性別ではなく、能力で評価するつもりだよ」

「素敵な事ですね」


 嬉しい。少なくとも、この領地では、女性が働く事を忌避されず、また正当に評価されるんだ。

 多少普通の女子中学生より歩くことになれてるとは言え、私程度で神殿から1日の道程の街だ。近いとは思う。でも、ここなら、身寄りの無い子供でも働けるだろうか。暮らしていけるだろうか。


「なにか、気になることでも?」

「……この城塞都市に、大神殿の関係者はよく来るのですか?」

 あまりにも美味しいシチュー。食べきってしまいました。パンをちぎって、お皿の縁に着いた残りを吸わせて食べる。

「あら、そうやると、余さずシチューが食べられるわね」

「お行儀悪くてすみません」

「いいのよ。私も今度からそうするわね。いつも、うっすらと残ってるのも舐めたいくらいだと思ってたのよ」

 リリティスさんはウインクして、パンをちぎってシチューの残りを掬う。

「わたしも真似させてもらおうかな。

 で? 神殿関係者がよく来るか、だったかな?」

「はい」

「それは心配いらないかな。彼らはわたしの事が大嫌いだからね、近寄らないよ。領民も心得ていて、大神殿の関係者や奉仕信者アコライト、密偵が街に入り込んだら報せてくれるし、大神殿出入りの商人もここでは相手にされないから、最近では来なくなったね」

 リリティスさんのウインクはとても綺麗で色っぽかったけど、カインハウザー様のウインクも綺麗にきまって格好いい。さくらさんと色々話したい。


 近いと思ったけど、案外灯台もと暗し、もしかしたら、大神官や美弥子に見つからず潜伏するのにいい街に、偶然だけどたどり着いたのかも?



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次回、Ⅰ.納得がいきません


14.ここどこ? 人里に潜入します⑥

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