第6話 森と生命の循環の見まわり    

 コールスロウズさんの家族はみな早起きだ。


 東の空が薄明るくなって来る頃には、全員起きている。


「そう言うフィオリーナさんも起きてるじゃない」

「私は、元々、家族の食事の用意やお掃除洗濯を、父が仕事にでる前に、自分の学校へ行く時間を見計らってやらないといけなかったから」


 カインハウザー様の館でも、メイド見習いとして朝食のお手伝いしたりしてたし……

 それでも、カインハウザー様やリリティスさんが起きてくる前にお掃除を終わらせないといけないハウスキーパーの人達に比べたら、キッチンメイドはまだ楽かもしれない。


「同じよ。私達も、夜明けと共に活動を始める。それは、森の営みに合わせてるの。私達が森を守っていかないと、木こりや猟師、山菜採りの女性達などに危険があってはいけないでしょう?」



 私の得意の、蜂蜜を練り込んだパンを食べてもらい、非常食のような硬い干し肉とチーズ、私の焼いたパンの残りを持って、コールスロウズさん達の山でのお努めに同行した。


 硬い木靴や柔らかい布の靴では歩けないだろう山の中を、獣道のような通れる場所を探りつつ歩く。


 所々、夜露に濡れて滑りそうである。手の届く木に摑まりながら、ゆっくり進む。きっと、私に合わせて、進むスピードは落ちているに違いない。

「そんな事ないですよ。多少は、慣れてないフィオリーナさんに合わせてはいますが、目的を持って行進している訳ではありませんから」

 そう言いつつも、メイベルさんはまわりに目を配り、私の方は向かずに返してくる。


 可愛いキノコを見つけたけど、近寄らないように注意された。

 触るだけで胞子を吐いて、その胞子が皮膚につくと、軽くても痒くなったり、酷いと皮が溶けてただれたりするらしい。


「ええ、こんなに可愛いのに毒キノコ?」

「人間にとってはそうですね。動物も大半は食しませんが、一部の昆虫や、目に見えない精霊のような微生物は好物です」


 目に見えない精霊のような微生物──バクテリアかしら?


「フィオリーナさんのお国では、バクテリアと言いますのか?

 非常に小さい生物で、個体では人の目には見えません。小麦粉の一粒よりも小さくて、生き物の死体を朽ちる前に分解したり、朽ちるのを早めたり……カビの仲間でしょうかな?」


 やっぱり、バクテリアだよね。ここでは『精霊のような微生物』扱いなんだ……


「儂や孫娘は、精霊を視る眼がありますので、直接は見えませぬが、脳裏で存在を理解することは出来ますのじゃ」


 顕微鏡レベルの感知能力。凄いね。


「フィオリーナさんも出来ると思うわ。そうね、目を閉じて、深呼吸した後、意識をまわりの木々に添わせて、少しづつ呼吸を浅く、長く、溶け込むようにして」


 足場を確かめてから言われた通りに目を閉じて、深呼吸で息を整えた後、まわりの様子を眼以外の五感で感じとろうとしてみる。


≪シオ、何・シテル?≫


 昨夜から何処かへ行っていたアリアンロッドが、至近距離から顔を覗き込むようにして訊ねてくる。

 目を閉じて見えていなくても、意識を森に広げていたからか、精霊眼が開いていたのだろう、アリアンロッドが、眼で見るよりはっきりと視える。


「あら、大精霊さま、おかえりなさい。フィオリーナさんは、今、森を体感してみてるのよ?」


≪アリアンもやる!≫


 言うか、アリアンロッドの形がぼやけて、霧に投影された映像のように不確かで朧気な物となり、どんどん希薄になって、眼でも精霊眼でも視えなくなり、アリアンロッドの気配が、そこかしこから感じられるようになった。


「凄いですわ、大精霊さま! 初めて来た土地で、そんなにすんなりと森に馴染めるなんて!」


 メイベルさんの褒め言葉に、気を良くしたアリアンロッドはパッと元に戻り、メイベルさんの目の前に浮かぶ。


≪アリアン、凄い? アリアン・いい子?≫

「ええ、素晴らしいですわ。森の気配を瞬時に理解して同調できるなんて!」


 はしゃぐ二人の足元の、例のキノコを感じとる。


 表面の笠の部分に、ダニかアブラムシのように小さくて白い、足が8対の生き物が笠を食み、黴のような微生物が分解している最中だった。

 小さい虫も虫眼鏡がないとよくわからないくらい小さい物だったけど、黴にいたっては、精霊眼で感じるだけで、視える訳ではなかった。


「何も起こっていない静かな森のようでも、こうして、生き物の営みはありますのじゃ」


 動物でも虫でも、植物や微生物でも、常に生命力は循環していて、それを小妖精達が守護・祝福し、精霊が世界をまわしているのだという。


「儂らはこの営みが正常に続くよう見回るのが務めだと思うとります」


 コールスロウズさんの笑顔は晴れやかだった。

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