第6話 それじゃ私はどうすればいいっていうのよ?


「突っ立っていても進展ないわね。いいわ、私が最初に試しましょう。

 私はもともと美弥子さんのおともなんだもの、たいした力がなくても問題ないわよね?」

 それはどうだろうか。この人達にとって、利用価値がないと召喚した意味がないんじゃないだろうか?


「どうぞ、この水晶に向かって、お名前とお年を唱えて、なにが楽しいことを考えてくだされ」

「名前と年は解るけど、楽しいことは必要なの?」

「勿論ですぢゃ。楽しいことを考える時の精神状態が、リラックスしてより正確に性質が読み取れるのぢゃよ」

「解るような解らないような……ま、いいわ。たいした個人情報でも無いし……

 西花屋敷彩愛にしはなやしき あやめ、14歳」

 へぇ、珍しい名字だな。西花屋敷あやめさん。どんな漢字書くんだろ……

 名乗り年齢を答えると、目を閉じる。どんな楽しいことを考えているのか、口の端があがってる。

 水晶玉がホワッと奥の方から光りだす。若草色で、ふわふわ大きくなったり小さくなったり。

「綺麗な色ねぇ。彩愛ちゃんらしい」

 西花屋敷さんが目を開ける。まるで水晶玉から風が吹いたかのように、髪が広がって跳ね、翡翠色にキラキラしながら落ち着いていく。

「これは……風や植物の持つ癒す力を分けて貰う緑気の巫女様ですな。回復士ヒーラー治療士サージャンはあまり多くありませんから、重宝されますぞ」

 お爺ちゃん嬉しそうだな。役に立つ階位クラスだったらしい。


「彩愛ちゃん、いいな~。私はなんだろ?」

 ふわふわ髪の彼女も水晶玉に触れると、目を閉じた。

「は~い、中森なかもりさくらで~す! 15歳になりましたぁ」

 意外なことに、彼女が一番先に誕生日が来ていたらしい。早生まれの年下かと……

 水晶玉の真ん中からオレンジ色と紅色の間を行き来する光が広がり、彼女のもともと赤茶けた色の髪が、ピンクブロンドに染まる。

「おお、巫女シルビス様じゃ! 我が国の亡くなった巫女様が、異世界の乙女から復活ぢゃぁ」

 お爺ちゃん大興奮。聖女のおともとしては、回復魔法に才能のある術士と、神霊術が使える巫女とは、中々出来た話だ。

 美弥子が試さない内から、大フィーバーで、会食会場は湧き上がった。

 美弥子が外れでも、巫女様は確保できたのだ。


「さくらが居れば、私は居なくても大丈夫なのかしら?」

 ハッとして、静まる一同。


野々原ののはら美弥子みやこ、14歳」

 美弥子は、最初は楽しいことを上手く考えられなかったのか、真顔で、水晶玉も反応しなかったが、クスッと笑うと、水晶玉の真ん中に黄色い光が広がり、眩しいほどの輝きに変わった。


「おお、おお、さすがは聖女様ぢゃ、黄金の輝き、これぞ神のお力を代行できる証!」

 ほっと胸を撫で下ろしている所を見ると、本人も不安だったのだろう。

 いきなり異世界に喚ばれて、聖女様と持ち上げられて、ハイそうですかとは普通出来ないよね。


 さて、最後は私? やらなきゃダメかなぁ。なんか、聖女様や巫女様の後にオマケの凡人がやると、結果がツライ感じがするんだけど……


「私もやるの? 聖女様や巫女様が見つかったんだから、もういいんじゃない?」

「いやいや、今後の事もありますでな、知っておいた方がよかろうて」

 それはそっちの都合だよね……


 水晶玉に触れるとひんやりするけど、昔触った事のある水晶より冷たくない。地球と同じ水晶ではないのかな。


 地球と同じ、で、ふと気になった。

「ねえ、そう言えば、どうしてみんな、日本語喋ってるの?」

「そう言えば、そうね。ここ、異世界なのよね?」


「私達が、そちらの言葉を話してるわけではないのですぢゃ、私達の言葉を、聖女様達の頭の中で自動的に知ってる言葉に置き換える魔法に、皆さまがかかっとるんですぢゃ」

「以前、最初に人間を呼び出すのに成功した召喚術で、聖女様とは縁もゆかりもない人間が来てしもうたのですが、全く言葉が解りませんでな、お互い苦労したものです。

 そこで、召喚術に改良を加え、こちらの一般常識の一部を、喚び出した人の頭に植え込む事にしてみたんですよ」

「う、植え込む!?」

 あやめさんが目をむく。


「言葉通りに植物みたいに植える訳じゃないですよ、知識を纏めてすり込んだ魔力の塊を、召喚者に馴染ませて、覚えさせるんです。誰にでも出来るわけじゃなくて、界を渡る、殻の外の者がこちらへやって来る瞬間だけ、すり込むことが出来るんです。

 誰にでも出来たら、みんな大賢者ですね、ハハハ」

 神官の1人が説明をしてカラカラと笑う。

 知識を魔力にすり込んで馴染ませたら覚えられるんだったら、試験前とかやってみたい! 受験生だしね。


「受験前に、参考書丸々覚えられたら便利だね」

 やはりさくらさんは考えが似てるかも。


曉月あかつき詩桜里しおり14歳独身」

「中学生で結婚してる人いるわけないや~ん、しおりちゃん、面白い人だね」

「な、なんか、語呂合わせ的なノリでつい……」

 失敗した。変な子と思われちゃったかな。


 楽しいことを思い浮かべるのって、意識してやろうとすると難しい……

 水晶の冷たさから、禊ぎの泉の冷たさ、吐く息の重くて冷たいのに驚いた事など、やな事ばかり思い出す。

 一度そんな考えに囚われると「冷たい」と「光」とで、母が亡くなった瞬間まで思いだして、益々楽しい事って何? って焦る。

 さくらさんの髪が、ピンクブロンドに染まった事がチラッと浮かぶと、小学校の裏門の側で、カラーリングされて売られてたひよこやウサギを思い出した。ヒヨコは鳴くから、大人になれば鶏になるから隠し切れないと思って、ウサギをこっそり飼ったんだったっけ……あの子もピンク色でサクラって名付けたんだっけ……


「何、これ……」

 美弥子の重々しい声に、不安になって目を開ける。

 水晶の奥で、ピンクや黄色、水色、緑や赤、紫も白も……色んな色がマーブルに混ざり、うごうごしているが、

「なんか、キモチワルイ」

美弥子の言葉に胸が苦しくなると、すべての色が混ざり合いダークグレーの小粒の塊になって、水晶の芯で消えた。

「失敗?」

 さくらさんが可愛く小首を傾げて訊ねる。


「はて、初めてのことぢゃで、よう解りませぬな、もう一度試してもらえますかの?」


 そう言われても、みんなと違う反応に、怖くなってリラックスも出来ないし楽しいことなんか考えられない……


 やはり何色もの色がマーブル状に混ざり合いながら回転してる。くるくるというよりかは、どろりとかって感じで、昔観た古いSF映画のバックに流れる気持ち悪い渦巻きみたいだ。


 チカチカ明滅して、やはり消えてしまう。


「……詩桜里、あんた、本当に人間?」

「え?」




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次回 Ⅰ.納得がいきません

7.ここはどこ? どっちに行けばいいの?

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