第8話 ここはどこ? 人にはどこに行けば会えるのかな?
私の手荷物──元々持ってた学生鞄は、食堂で座席の足元の籠に置いたまま、どさくさで手にする間もなく追い出されたので、本当に何も持ってない。
(この世界の)お金もないし食べ物もない。
これでよくも、この後も傷つける事などありません。などと言えたものだ。
直接傷つけられなくても、食べ物を与えられず、お金も渡されなかったら、数日で死んじゃうじゃないのよ。あんなに金ピカの生活で、美弥子達にお姫様な生活を保障するって言うんだから、私にも少しくらいは気を遣ってくれても……
あの人達に大切なのは、自分達を護ってくれる聖女様と巫女で、オマケの「誤回収」には関心がない。
そして、大切な美弥子が二度と顔を見せるなと言えば、素直に私を棄てる事にしたのだ。
それでも、召喚魔法で誤回収する程度には干渉力があるのかも知れない私を、殺したり傷つけたりすると、美弥子にも影響が出る事を恐れ、直接どうこうするのは躊躇われたらしい。
「あなたには申し訳ないが、私達も切実なのだ。聖女様や巫女様のお力を借りねば、この国は魔獣や魔族に壊滅させられてしまう。
軍事力のある他国が、全世界の瘴気を祓いきるまではとても保たないだろうからな」
護衛神官のおにいさんがすまなそうに、裏口の扉を閉める。
一応気が引けるのか、扉越しに中から、声をかけてはくれる。
「1つの召喚魔法で同時に来たあなたが、傷を負って魔法的な連鎖反応があってミヤコ様の身に影響が出ると困るし、追い立ててすぐに死なれても目覚めが悪い……」
だったら、何か少しでも気遣ってくれたり手助けしてくれてもいいんじゃない?
私の不満げな顔に思うところもあるのだろう、門番の1人が、こっそりと言ってくれた。
「その羽衣は、回収しないでおくよ。本当は神殿の外に出しちゃダメなんだけどね。一応、特定の信者用だから。
弱くなってはいるけどまだ神気が残ってるし、寒さ暑さを凌げる。神気が苦手な小妖魔も近寄らないだろう。
なに、神気が弱ってた使い古しだから、神殿の外の妖気に触れて回収する前に消滅したとか言っておくから心配しないで」
ウインクして笑いかけてくれる。
更に、自分の腰についたウエストポーチみたいな革鞄から、小さな巾着袋を出して手渡してくれる。
「これも、内緒な。神官戦士達の配給餌食で、一食分の食べ物を圧縮魔法で小さな玉にした物なんだ。急ぎの場合はこのまま呑み込むけど、余裕があればお皿の上に置いて水を少し掛けてごらん、膨らんで硬めのパンのようになる。ちゃんと噛んだ方が満腹感出るだろう?」
な、なんて優しいおにいさんなんだろう。
バレたら自分も怒られるだけじゃ済まないかもしれないのに……
「気にしないでって言っただろう。俺な、君くらいの妹が居るんだよ。田舎に両親と置いてきたから、どうしているかいつも気にしてる。君のココの実色の髪と瞳も雰囲気が似てるから、他人事の気がしないんだよ」
なんだか、妹が虐げられてるような気がしてな。そう言って笑ってくれた。
「どうもありがとう。私、
ぺこりと頭を下げる。
「シオリちゃんか。俺の名は識らない方がいいだろう。後で何かあって訊かれた時、識らなければ答えられないだろうから。俺達は知り合いじゃないし口も聞いた事ない。いいね?」
小刻みに早く首を振って了承肯定する。確かにその方がいいのかもしれない。
「君の世界がどうかは識らないけど、この国の太陽は東から昇る。季節で多少北や南にズレるけど、基本的には変わらない」
「はい。私の世界でも東から昇ります。太陽が昇る方角を東と呼ぶのかもしれません」
太陽だから東から昇るのではなく、太陽が昇る方角だから東と、頭の中で自動変換されているのかもしれない。
「なるほど、君はうちの妹より賢そうだ。
ここから南東には行くな。王都が在る。国王がどう判断されるかは判らないが、神殿は君を居なかった事にしたのだから、大神官や大臣達の目につかない方がいいだろう。聖女様の目に触れるのも危険かもしれないし」
本当にありがたい言葉だった。
確かに生き延びるためには、サバイバルするか、人に紛れてこっそり生きるしかない。仕事や物を手に入れるためには都会に出ようとなんとなく考えていたけど、今は美弥子の目につかない場所にいる方がいいに違いない。
「何から何まで、本当にありがとうございます。いつまでもここに居ると、あなたの助言や手助けが知られるかもしれないから、もう行きます」
再度深々と頭を下げて、神殿に背を向ける。
「妹の名はフォル。フォルトゥナルーチェ。幸運の光という意味だ。
何処かで会えたら、兄は元気だと伝えてくれ。
神殿兵士でも本殿護衛神官は機密保持のため、休暇中でも国元に帰る事は赦されてないんだ」
私は、了承の意味で、半身で振り返り、頭を下げる。口では答えなかった。
魔法がある世界だ。口約束も何らかの拘束があるかもしれない。
信者は、国民だけとは限らない。
他国からの信者が大神殿で徳を積んで、聖職者になる事もあるかもしれない。
国元に帰って意識せず、大事なことを漏らすかもしれない。そのつもりなくスパイになってしまうかもしれないのだ。
神に誓約した上級聖職者は、死ぬまで大神殿に縛られる事になるらしい。
ただの信者から奉仕活動に従事して、
なるほど、普段必要のない知識もその事を考えると、泉が湧くように浮かび上がってくるんだね。もっとも、お爺ちゃん達が刷り込んでくれた知識がどれだけ正確で有益な物かはわからないけど。
……もしかしたら、私達が王家や神殿関係者を信用しやすいように、操作した情報が刷り込まれてる可能性だってある。
それでも、神官さん達が日常的に扱う知識だからこそ、私達が巫女として神霊術を扱えるように、神殿の事や神事や天文学、魔法の事はそれなりに詳しく刷り込まれてるのだろう。
そう考えると、お爺ちゃん達は一般常識としてと言ってたけど、庶民文化の日常的な事はあまり期待できないかもしれないな……
* * * * *
今度こそ、なくさないように、妖精の羽衣と言っていた半透明のストールをきっちり左肩と右脇腹を通して結び目を二重に固結びし、余った部分を頭から被ってインドのサリー風にして、胸元で端をしっかり握る。
今は、何時頃だろう?
神殿は窓がなかったから、外の様子がわからなかった。
朝、新しい学校へ行ってすぐに、ここへ誘拐されるように召喚されたから、腕時計を見ても、まだ昼過ぎだ。
でも、こちらの同じ朝に呼び出されたとは限らない。日本では朝でも、こちらは夕方や深夜だったのかもしれない。
召喚魔法に天文学が関わってるっぽい知識が湧いてくる。月の力や干渉力……? だったら、召喚魔法を始めたのは夜中かもしれない。
神殿から私の姿が見えなくなるよう、繁みの中に入り、木蔭でしゃがみ込む。
しばらく時間を見よう。太陽がどちらに動くか。木の枝ぶりや切り株の年輪を見る限り、裏口は北を向いていたようだ。南東には行くなと教えてもらってる。
ぼんやり湧いてくる知識が、確かに王都はあちらに在ると教えてくれる。神官達も王都に行くことはあるだろうから、そこは信用していいかな?
*****
太陽は、西へ傾いていく。夕方に近いらしい。
腕時計は4時をまわった所だ。体感的な時差は余りないと思っていいのかな。
一日は何時間あるのかな……と考えると、また知識が湧いてくる。
一日はだいたい、私達の感覚で25時間くらいで、一日を大まかに10に分けて考える。その十分の一を一刻とし、一刻が約2時間半だ。
長くここに居ると、時間感覚をおかしくしそう。
照明はなく、篝火だったのは神殿だからか普通の人達もそうなのかは、一般人もランプや蝋燭を使ってるらしい事がぼんやりと浮かび上がってくるので、神官さん達の聖職につく前の生活がそうだったのだろう。
ラノベに多いファンタジーな、古代から中世ヨーロッパ風な感じなのかな?
魔法という便利なものがあるから、科学や利便性の高い技術は発達しにくいのかもしれない。
とまぁ、そんな事はどうでもいいから、私だけでも日本に帰してくれないかな……
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次回、Ⅰ.納得がいきません
9.ここはどこ? 人里に潜入します
* * * * *
自分の持ってる肌掛け毛布で、左肩から背中をまわして右脇腹に、毛布の一遍の両端を出して二重に固結びして、本当にサリー風に頭から被れるか試してみた。
……大丈夫でした。
梅雨の肌寒さに程よい感じでした(笑)
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