第29話
「ラニが来ました」
ラニが修練場に到着したときには既にレナト騎士団員のほとんどが集合していた。
「すみません。遅くなりました」
「非番に急な召集だ。気にすることはない。これで、全員か?」
「はい。すでに行動中の宿直だった者たち以外は一名も欠けることなく」
騎士団長クレーベルの問に副団長ヴィクトルが答える。
クレーベルたちの会話に耳を傾けながらも、ラニはたくさんの仲間たちの中からリカルドの姿を探す。
ラニはリカルドの姿を見つけるのは大得意なので、今日もすぐに見つけることができた。
駆け足でリカルドの所に行き、横に並んでクレーベルの言葉に集中する。
「皆ももう知っているだろうが、魔族がこの町に迫っている。森の櫓からの連絡では五十程度の部隊だ。その中には銀の魔族も確認されている。レナト市民は既に町を捨て、避難を始めている。我々騎士団は部隊を二つに分けて作戦に当たる。部隊は三十歳以上の者と未満の者で分かれてもらうことになる。三十歳未満の者たちは既に避難誘導に当たっている宿直だった者たちと共に市民の誘導、護衛を任せる」
そこで少し間を置いて言葉を続けた。
「そして三十歳以上の者たちには……私と共に魔族と交戦し避難の時間を稼いでもらうことになる。後、ミカエルは確か二十七だったか?」
「はい。来月二十八になります」
「そうか……申し訳ないがお前は聖剣を持っているので、私たちと一緒に戦ってもらうことになる」
「それは命令ですか?」
「いいや、願いだ。お前の命を預けてくれとは言えない。返すことはできそうにないからな。だから頼む……お前の命、私にくれ」
「わかりました」
ミカエルは笑顔で頷いた。
「…………」
ラニは息を呑む。
ラニはみんなで避難するものだと思っていた。しかしクレーベルの口にした言葉は違った。
死ぬつもりだった。時間を稼ぐために……
意味は理解できる。みんなで逃げて、魔族に追いつかれたらそのときに騎士団が戦うよりも、町に残って待ち構えたほうが稼げる時間はずっと長くなるだろう。
それでもそれは確実な死を意味する。みんなで避難すれば全員が助かる可能性だってある。
しかし……わかってもいた。それは同時に被害が一般市民に及ぶ可能性も秘めている。
だから仕方ない。それでも納得はできない。
ラニには何が正しくて、何が最善なのかはわからない。
助けを求めるようにラニは隣にいる、リカルド方に視線を向けた。
そのとき――
「自分も連れて行ってください」
リカルドがそう口にした。
「…………」
ラニは言葉も出ない。
ただ……前を向くリカルドの横顔を呆然と見上げる。
「駄目だ。お前たち若者は生きろ。これは命令だ」
「でも……団長たちには家族が、子供だっているじゃないですか」
「ああ、だから戦える。愛されているから、愛する者のために命だって賭けられる。だから頼む……お前たちは私たちの愛する家族を命がけで守ってくれ」
笑顔でそう言ってから、クレーベルは真剣な表情で叫んだ。
「誘導、護衛の部隊はすぐに任務に当たれ。これは命令だ」
「しかし……」
「先輩。行きますよ」
まだ納得のいっていない様子のリカルドの手を無理やり引っ張って、ラニは部屋を後にする。
扉の奥から声が聞こえてきた……
「おそらく、我々はもう家族に会うことはできない。だが、恐れることはない。我々の命と引き換えに、我々を愛してくれる者たちが救われるのだ」
クレーベルの叫び声。
その言葉に扉の奥に残された仲間たちは歓声で応える。
「そして忘れるな! 確かに、愛する者たちとの別れは辛い。しかし、それこそが我々の生きた証となる。我々は愛されている! だからこそ、命を賭して戦える。勝つ必要はない。時間さえ稼げばいい。我々はこのときのために日々を費やしてきた。レナト騎士団の力、魔族に見せ付けてやろう。さぁ、出陣だ!」
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