二章「人類と魔族」
第12話
魔力持ち。
それは人間でありながら魔力を持って生まれた者たちの総称。
彼らは生まれたそのときに魔力持ちだと確認される。判別方法は簡単だった。魔力持ちは髪の色、目の色が人間のそれ、黒とは異なった色で生まれてくる。
その色は様々で、得意とする魔法の属性によって決まると言われていた。
そして彼らの持つ力は人間にとっては異能であり、敵対する魔族と同類のもの。
だから魔力持ちの多くは同じ人間から迫害を受けて育つことになる。
クロエ・ディアーナ。銀の髪と瞳を持った彼女もまたその一人だった。
彼女はまだ恵まれていた。彼女が生まれたとき、母親は町を追い出された。それでも町の外れで暮らすことは許され、貧乏ではあったが食事に困るようなことはなかった。そして母は尽きることのない愛を惜しみなくクロエに注いだ。
そんな母はクロエに言い聞かせた。持って生まれた力を恨んではいけないと、その力があれば大切な者を守ることができる。力に恵まれたことを喜びなさいと……
言葉通りクロエはこの力で母と共に生きてきた。魔力を使えば簡単に火はおこせたし、獣を狩ることもできた。
だからクロエは自らが魔力持ちであることを呪ったことは一度もない。
そして今、彼女はイージスのリーダーとして人類を守るために命を賭けて魔族と戦っていた。
現在彼女が五人の仲間たちと滞在しているのはエスピラと呼ばれる小さな町。ここ数ヶ月魔族側からの攻撃はないため、イージスのメンバーたちは魔族領に面してある町を回りながら古代遺跡の情報を集めていた。
今はちょうど午前の訓練を終えて、川辺に広がる平原で昼食の準備をしている。昼食の準備といっても、イージスでは料理は完全交代制。今日の担当になっている一人以外は特にすることはない。
クロエはくつろぎながら仲間の様子を眺めていた。
訓練を終えてからずっと聖剣の手入れをしている初老の男はトマ・クリアレッラ。クロエと同じイージス初期メンバーの一人。聖剣の剣と今は亡き初代リーダーでイージス創設者フランクが使っていた主を選ぶタイプの聖剣の盾イージスを所持している。
地面にそのまま横になって寝ている青年はアルベルト・カセルタ。三年前にメンバー入りした一番の新入り。所持する二本の聖剣は両方とも別々の主を選ぶタイプの聖剣だ。
言い争いをしている若い二人。一人は姉のエリナ・ジャス。もう一人は弟のマクシム・ジャス。二人はフランクの子。武器はフランクが古代遺跡から発見した古代兵器と呼ばれるもの。エリナは連射可能な二つの小型武器。遠距離攻撃が可能で引き金を引くことで魔法に近いと思われるエネルギーを放出する。マクシムの武器も原理はエリナのものと同じだがそれ以上に威力が高く、射程も長い。そのかわりに連射はできない。
そして最後の一人は今、炊き火で料理をしている。彼女のレパートリーは三つしかない。そのうち二つはしっかりとした器具が必要なので必然的に昼食はカレーとなるだろう。
クロエは彼女の料理の進行具合を確認しに行こうと立ち上がった。
そのとき――
「あの、すいません」
背後から声がかけられた。
振り返ってみるとそこには見知らぬ少年と少女。よく見ると少年は隻腕で女の子のような容姿をしている。少女の方は品のいいお嬢様といった感じだが、こちらを見つめるその目は鋭く、強い意志を感じた。
「なぁに? 何か御用かしら?」
明るい声で言う。
「皆さんが、イージスですか?」
「ええ、そうよ」
「僕たちの仲間になってください」
少年は真っ直ぐな目をしてそう言った。
「あなたが私たちの仲間になりたいんじゃなくて、私たちがあなたの仲間になるの?」
「はい」
そう言って頷く少年の手に、剣が現れる。
剣を抜いたわけではない。文字通りどこからともなく、現れた。
こんなことが可能なのは聖剣だ。しかもかなりの高位。間違いなく主を選ぶタイプのもの。クロエがそんなことを考えていると、少年は言った。
「この剣は神剣です。僕は勇者ジア。あなたたちイージスに仲間になって欲しい」
その言葉に、自然と笑みがこぼれる。クロエはこの時を待っていた。待ち焦がれていたのは勇者の誕生をではなく、魔王の誕生……
人類と魔族の戦い。その戦いに勝敗を決するには、勇者と魔王の存在が不可欠だった。
イージスには力がある。それでも魔族の全てを皆殺しすることは不可能だろう。しかし、魔王が現れたのなら、魔王を倒しさえすれば勝利を得ることができる。
人類に平安が訪れるのだ。
だから、クロエは魔王の誕生を待ち望んでいた。
そして今、目の前には自らを勇者と名乗る少年ジアの姿がある。とりあえず、その真偽を、実力のほどを測ってみようと考えていた。
「そう……じゃあ、あなたが勇者である証拠。その実力を拝見させてもらっていいかしら?」
「何をすればいいんですか?」
「私たちの一人と戦ってみて欲しいのだけど」
「わかりました」
「後、その前にいくつか質問していい?」
「はい」
「その隣の子は?」
「私はルル。彼の……パートナーです」
そう言った少女ルルの手のひらの上に炎が生まれる。その炎は形を鳥の姿に変えて消えた。
魔力の程はわからないが相当の技術を持った魔力持ちであることはわかった。髪の色が黒いのはきっと染めているのだろう。
「じゃあ、もう一つ。その腕は勇者になる以前から?」
「これは……」
ジアは言いよどむ。
「ジアの腕は私のせいです。私が銀の魔族二人に追われているところを助けてもらったんです。そのときにジアは右腕を失いました……」
ジアの代わりに答えたルルはそう言って、うつむく。
「そう。じゃあ、あなたの腕試しの相手を呼んでくるから少し待っていて」
銀の魔族二人と戦った。それは驚くべきことだ。並みの聖剣保持者では無理だろう。相手にもよるが、人類史上初めてと言われている銀の魔力持ちであるクロエ自身であっても同時に二人は難しい。
しかし、彼女なら話は別だった。
今日の昼食担当のレミ・リウ。レミであれば銀の魔族が束になったとしてもかなうまい。それどころかきっと……魔王にだって遅れをとることはないはずだ。
クロエとレミの出会いは五年前に遡る。レミは五年前の戦いの孤児だった。クロエが始めて出会ったとき、十五歳だったレミは言った。強くなりたいと。せっかく魔力という力を持って生まれたのだから、大好きな人を守る力が欲しい。だから仲間に入れて戦い方を教えて欲しいと……
クロエはその言葉に頷いた。
レミには才能があった。彼女はかなりの力を持った魔力持ち。そして何より、彼女はその魔力を放出することなく身体能力の強化に当てることができた。その力を利用した体術の心得もすでに持ち合わせていた。
そんなレミに古代兵器のスーツを与えた。そのスーツは決して破れることはなく、魔力を通さない最強の防具。それを装備することによって彼女は魔力持ちでありながら聖剣を扱うことが可能となった。
元々魔力持ちや魔族は聖剣を扱えない。聖剣には魔力を吸収するという特性があるため、魔力を持った者が手にするとその力を奪うのだ。
しかし古代兵器のスーツが魔力を完全に遮断するため、レミにはその現象が起きない。
最強の防具を纏い、魔力持ちでありながら体術用のグローブとブーツの二つの聖剣を装備した彼女は無敵だった。
きっと彼女なら魔王を倒せる。もちろん勇者も。
「レミ」
クロエは大きな鍋の中をおたまでぐるぐるとかき混ぜているレミに声をかける。
「まだ。もうすぐできる」
レミは基本的には無口。ほとんど自分から話すことはないし、こちらから話しかけても返事しかしない。
せっかくの美人がもったいないとクロエは思う。
同性のクロエから見てもレミは驚くほどの美しい。背は高めだが容姿は整っておりスレンダー。魔力持ち特有の水色の髪もショートカットでまとめられてその美しさを際立たせている。
「料理はもういいわ。今すぐに戦ってみて欲しい相手がいるの」
「うん」
レミが返事をすると、調理に使われていた火がひとりでに消えた。レミの属性である水の魔力を使っての芸当だ。
こんなレミにも想い人はいるらしい。五年前に生き別れてしまった男の子。今生きているかもわからないその子のことを話すときだけはレミも饒舌になる。
「相手は自称勇者の男の子。本気で戦ってもいいけど殺さないようにね」
「うん」
――戦いが始まろうとしていた。
隻腕の勇者ジア対イージス最強のレミ。
「クロエはどっちが勝つと思うんだ?」
そう声をかけてきたのはアルベルト。
「レミでしょうね」
「相手は勇者なんだろ?」
「勇者でも魔王でもレミはきっと負けない」
「そうか、じゃあ俺はあの勇者の少年に賭けよう。俺が勝ったらデートしてもらおうかな」
「まぁ、そのときは考えておいてあげる」
「おお! 頑張ってくれよ、少年」
そして戦いは始まった。
まず仕掛けたのはレミ。
魔力によって高められた身体能力から生まれる爆発的な推進力でジアのもとに迫る。
そして体術による連撃。
左右のストレート。左の後ろ回し蹴り。左の裏拳。右フック、左ストレート。右のミドルキックに、右の回し蹴り。
スピードの乗ったその連撃はクロエでは目に追うことすら難しい。
しかしジアはその全てを紙一重でかわしていく。神剣で受け止めることも、いなすことすらなく。
それは完璧な対応だった。
もしレミの拳を神剣で止めようとしたのなら、神剣と拳が触れた瞬間に大きな衝撃がジアを襲う。それがレミの聖剣の力を使った戦い方。
しかしその能力も触れる対象がなければ発揮されることはない。
そしてレミの攻撃はどれだけ重ねてもジアには届かない。
それでもレミにはもう一つの聖剣がある。ブーツの聖剣。その力を使うためにレミは攻撃を止め一歩後退した。
そのとき――
勝敗はあっさりと決してしまった。
一歩引いたとき、レミの喉には神剣が突きたてられていた。
「僕の勝ち。久しぶりだね、レミ」
そう勝者から声をかけられたレミの目には涙が溢れていた。
ボロボロと涙をこぼしながら笑顔を浮かべている。クロエがレミと出会ってから五年間、一度も見たことのない涙と笑顔。
そしてクロエは思い出す。勇者はジアと名乗った。
クロエはその名を知っている。ジア・ラメロウ、その名はイージスの誰もが知っているレミの想い人の名前だった。
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