第48話


 ベネディクトが語ったのはこの世界の真実だった。

 この世界はたった一人の神が創った。

 もちろん人間も魔族も神がその手で生み出した。人間には聖剣を与え、魔族には魔法を与えた。

 人間と魔族を対立させて、言葉を分けることで対話によっての和解を抑止した。

 そして二百年に一度、人間から勇者を選び、魔族から魔王を選んで戦わせた。

 それはゲーム。神にとってはただの娯楽に過ぎなかった。

 ゲームがゆえに、ゲームを盛り上げるための様々な設定も存在した。勇者、魔王に選ばれるには過去、敵対する相手によって大切な人を奪われている必要がある。勇者、魔王を殺すためには同じ戦場に勇者と魔王が同時に存在していなくてはならない。ただし勇者、魔王が直接殺す必要はないなどと……

 そしてゲームの勝者側にはその後二百年の繁栄が約束された。だがそれだけではない。敗者側が滅びることがないように、敗者側には力が与えられた。

 そうやって世界は神の手のひらの上、バランスを保っていた。

 しかし、ジアとルルは戦わなかった。

 だから神は第二の勇者と魔王を選んだ。そして神はベネディクトに言った。

 この戦いに決着をつけろと。勝敗がはっきりすれば魔族と人間どちらが勝っても構わない。だがもし勝敗がつかぬ結果となれば神が自身の手で双方を滅ぼすと……

 ジアは考える。

 どうするべきか……?

 どう在るべきか……?

 この世界に人間と魔族を生み出した神が互いを戦わせていた。この戦いは神にとって、ただのゲーム。

 それこそがこの二百年に一度の戦いの答え。

 だからこの世界に人間と魔族は違う言葉を話し、互いに憎みあって存在している。

 それを創造主である神が望んでいた。

 そしてその望みが叶わなかったのなら、神は人間と魔族を共に滅ぼす……そう言ったという。

 考える。

 ……考える。

 …………考える。

 どれだけ考えてもジアには答えは見出せない。

 しかし、一つだけわかったことがある。

 結局どれだけ考えても答えが見つかるはずはないのだ。

 なぜなら……ここに神はいない。

「どうするの?」

「……話し合おう。せっかく同じ言葉を話せて、理解し合うことができるんだから。話し合えばいい。そのために僕らはここに来たんだ」

 ルルの問にジアは答える。

「でも……どれだけ話し合っても意味がない。神が……それを望んでいないのなら」

「そう……だから神様とも一緒に話し合うんだ。神様は人間と魔族の言葉を分けた。互いの言葉を話すことを禁じた。神様は知っていたはずだ。話せば人間と魔族は仲良くなれるって。だからきっと……神様とだって話せば仲良くなれるって思うんだ」

 だから……

「神様! 僕はあなたと話がしたい。お願いだ。ここに姿を現して欲しい」

 ジアは上に向かって叫んだ。

 そして視線を戻すと……そこには少年がいた。

 人間の歳では十代前半くらい、中性的で美しい顔立ちをしている。

 白い髪と黒い瞳を持ったその少年は物憂げな表情でジアを見つめていた。

「あなたが神様?」

「そうだ。僕が神だ」

 ジアの問に答えた少年の声はまぎれもなく神のものだった。神剣を賜ったとき、心に響いた声と同じもの。

「僕はもう戦いたくない。どうして人間と魔族は戦わなければいけない?」

「僕がそう望んだからだ。僕はそう望んで人間と魔族を創造した。それなのに戦わないというのなら、存在価値はない。だから……人間も魔族も等しく滅ぼすことにする」

 悲しそうに言う。

「どうして?」

「どうしてって……お前たちだって、穴が開いて水を溜めて置けない水差しは捨てるだろうし、乳の出なくなった牛は殺して食べるだろう。それと同じじゃないか」

「あなたの言うとおりかもしれない。でも……あなたにそれはできない。だってあなたは僕の言葉を受け止められるから。あなたは言葉の力を知っていた。だから人間と魔族の言葉を分けた。同じ言葉を話せたら永遠に憎みあうことなんてできない。命乞いをする者を自分の利害に反するからいって簡単に殺すことはできない。あなたはそれを知っている。だからあなたに、神様に僕は願う。僕たちはもう戦いたくはない。もちろん滅ぼされたくもない。神様お願いします。僕たちを助けてください」

「えっ……」

 神は目を大きく開いてジアを見上げる。

「ほら、みんなもお願いして」

「お願いします。私は人間と戦いたくないです。魔族と人間と共に笑い合えるような世界にしてください」

 そう言って、ルルは大きく頭を下げた。

「私は知らなかった。人間がこんなに優しいなんて。でも……もう知ってしまった。だから戦えない。お願いします。私は戦いたくない」

 レーネも頭を下げる。

「神よ、あなたは私に戦えと言った。そのために力も与えてくれた。だが……私には無理だった。申し訳ないが、私には娘たちと戦うことなどできない。どうか……お願いだ。娘たちの願いを叶えてやって欲しい」

 ベネディクトはそう願って頭を下げた。

「俺も……お願いします。もう誰も失いたくないし、誰からも奪いたくない」

「そうね……私ももう誰も殺したくなんかない。だからお願いします」

 マクシムとエリナが揃って頭を下げる。

「お願いします」

 二人に少し遅れてレミも頭を下げた。

「私は人間の平和のためにずっと頑張ってきた。でも今は同じくらい魔族の平和も願っている。だからお願いします。私たちに平和をください」

 クロエもそう言って、深々と頭を下げる。

「頼むよ。戦うのは愛のためだけで充分だ。復讐や、恨み……俺はそんなもののために戦いたくはない」

 演劇の台詞のようにポーズをとって言うアルベルト。

「皆が同じことを願っている。誰もが平和を望んでいる。だからお願いだ。私たちの願いを叶えて欲しい」

 言いながらトマは頭を下げた。

「おねが……い、します」

 バティも片言でそう言って、頭を下げる。

「そうか……そうやってみんなで手を取り合って、また僕一人を敵に仕立て上げるのか!」

 神が叫ぶ。

「この星は僕のモノだ。この星に命を生み出したのは僕だ。僕は僕に似せて人間と魔族を作った。僕が僕の幸せのために作ったんだ。望み通りにならないからやり直して何が悪い」

 ジアには違和感があった。

 神は苛立っている。でも……怒っている訳ではない。

 神は傷つき、困っていた……

 疑問が浮かぶ。神は本当に人間と魔族が戦うことを望んでいるのだろうか。

 ジアにはそうではない気がした。

 今、ジアの目の前に在る神は人間と魔族による殺し合いをゲームとして楽しむことなんてできるようには思えない。

 そうであるならば、戦わなければならない理由は戦い自体にではなくその先にある。

 それを戦い以外の方法で解決すれば戦う必要はなくなる。

 だからジアは考える。理由……

 人間と魔族が戦わなければならない理由。神がそれを望む理由。

 戦いは二百年に一度。神の選択によって勇者と魔王が選ばれる。勝利した方がその後二百年の繁栄を約束される。

 しかし自分たちの幸せのためだけに戦うのではない。互いに悪意を持って殺し合う。

 そうなるように神が仕向けた。

 そうせざるをえなかった理由。

 神は言った。「そうやってみんなで手を取り合って、また僕一人を敵に仕立て上げるのか」と……

 その言葉にヒントがあることはわかる。それでも、それだけではジアには答えを導き出すことはできない。

 だったら……聞けばいい。そのために言葉はあるのだから。

 言葉を使って相手の想いを知り、分かり合うことができる。

 それこそが言葉の持つ力。

 だからジアは問う。神の想いを知るために。

「教えてください。どうして僕たちが人間と魔族が戦わなければならないかをではなく、どうして神様がそれを望むのかを……」

 その問いに神は小さく息を呑み、ジアを見上げた。

「僕は笑顔が好きなんだ。僕の生み出した生命が幸せで浮かべる笑顔が大好きなんだ。それさえ見ていられれば僕は充分だった。それで僕は幸せになれた。でも……僕が笑顔を見るためには彼らに敵が必要だった。そうじゃないと僕が敵にされてしまうから……」

 そう言って、神はジアたちに背を向けるとゆっくりと言葉を続けた。


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