第14話


 エスピラの外れにある無人の小屋。その中でレーネはバティに人間の言葉を教えていた。

 人間の言葉と魔族の言葉は似ている。文法は全く一緒で物の呼び名、単語が違うだけ。だから教えてくれる者がいれば、覚えることはそれほど難しいことではない。

 現にレーネ自身も人間の言葉はジアが意識を失っている間だけで覚えた。

 それなのにバティは一向に覚えてくれない。

「はぁーあ」

 ため息を漏らしながら、ルルのことを考える。

 数時間前、ルルとジアは二人だけでイージスに会いに行った。

 本当はレーネも一緒に行きたかったのだが、話し合った結果二人だけが行くことになった。

 理由は目だ。髪は染料で黒く染めたが瞳の色まではルルのように変えることはできない。

 だからレーネとバティはお留守番。

「うまくいっていればいいんだけど……」

 人間の言葉でつぶやく。

 レーネはもう頭の中まで人間の言葉で考えていた。

 考えているのはやっぱりルルのこと……心配だった。

 ルルはクールを装ってはいるが意外とドジだ。特に大舞台や大事なときにこそポカをする。

 そんなルルが魔族とばれやしないかが心配だった。

 しかしもしばれたとしても、きっとジアが何とかしてくれるだろうとレーネは思う。

 出会ってまだ数日。それでもジアは信用の足る人物だとわかっていた。

 ジアなら例え相手が人間であってもルルを守ってくれる。

 数日で充分、確信を持ってレーネはそう思うことができた。

 レーネがそんなことを考えているとドアが開いた。

ルルがジアと手を繋いで入ってくる。正確には手を繋いでいるというよりはルルがジアを無理やり引っ張っているようだ。

 そのままどかどかと部屋の真ん中まで来ると不機嫌そうにルルが言う。

「座って!」

 ジアはルルの言葉に従って座る。正座だ。

「で? あのレミっていうのは誰? ジアの何なの?」

「ぇと……」

 突然のことでレーネには事態は把握できていない。それでもルルが怒っていることはわかった。

 それはとても珍しいこと。ルルは元々、感情を表に出すことは少ない。

 そんなルルが怒っていた。しかもかなり本気で……

「あ、えっと……レミは知り合いだったんだ。五年前まで住んでた孤児院で一緒だったんだけど」

 ジアは困った感じでオロオロしている。

「で? 他には? それだけじゃないでしょ?」

「え……と、確かにレミは魔力持ちだったけど、まさかイージスにいるなんて思ってもみなかったし、全然知らなかったんだ。この五年間、一度も会ってないし」

 必死で釈明を繰り返すジアをルルは冷たい目で睨みつけている。

 流石は魔王……レーネがそんなことを思って眺めていると、ルルは信じられない言葉を口にした。

「そんなことは聞いてない! あの女とはどういう関係なの? 何? 生き別れの恋人かなんかなの?」

「いや……幼なじみになるのかな? 友達だよ」

 何だろう。この会話は……レーネには意味がわからない。

 まるで浮気を目撃した女とその恋人のような会話。詳しい経緯はわからないが嫉妬心丸出しだ。

 それはありえないことだった。ルルが人を、他人を好きになるわけがない。

 ルルは家族にしか心を開かない。ましてや人を好きになるなんてありえない。

 だって、ルルは自分のことが大嫌いだから……

 真面目で不器用なルルには自分を好きになる前に人を好きになることなんてできない。

 ルルを誰よりも近くで見守ってきたレーネはそれを知っている。

「じゃあ、何で抱き合っていたの?」

「あれは……親友同士の感動の再会だよ」

 それなのに、レーネの目の前で交わされている会話は……

 そんな妹にレーネがしてやれることは一つだけ。

 それはいつもと変わることなく弄ってあげること。

「どうしたの? 急に戻ってきたと思ったら、恋人の浮気を目撃しちゃった、みたいな会話を始めて」

 その言葉にルルは顔を真っ赤にしてレーネを睨みつける。

「そんなんじゃないわ。別に、ジアが誰とイチャイチャしようと私には全然関係ないんだから……」

 そう言ってルルは今度はジアを睨む。

「あー! もういい。私は寝る」

 部屋の隅で毛布に包まって寝転がるルル。

 レーネは始終沈黙を保っていたバティのほうを見る。

「自分は……不器用、ですから」

 バティは困った顔をしながらそう言った。

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