第15話
現在、イージスに拠点はない。だが以前はあった。そこはとある小さな村の宿屋。
イージスの創設者であるフランクがイージスを作る前、まだ冒険者だった頃にその宿屋の娘と恋をし、子供を授かってからその宿屋が冒険の拠点となった。
フランクたちの活動はそれ以来その宿屋から始まりその宿屋に戻ることで完結した。
しかし宿屋の娘が病死し、子供のエリナとマクシムがイージスに加わったときからイージスに拠点はなくなった。
それ以来、イージスは主に魔族領に面した地域を転々としながら活動を続けてきた。
そして今回訪れたエスピラには宿屋がなかったため河川敷にテントをはって生活している。テントは大型なものが二つ。男用と女用。
エリナはそのテントから出ると大きく伸びをした。
今日はいろいろあった。
イージスに新しいメンバーが加わった。勇者と魔力持ちの少女。
しかしその二人はここにはいない。レミと勇者が戦った後すぐに魔力持ちの少女が勇者を引っ張って戻ってしまった。宿を既に取ってしまっているかららしい。エスピラに宿はないはずなのでどこかの民家にお世話になる約束をとりつけていたのだろう。
だから二人は新メンバーでありながら、まだ自己紹介すらしていない。特に魔力持ちの少女の方は名前すら知らない。それでも勇者の方……ジア・ラメロウのことは自己紹介などしなくても知っていた。
ジアはレミの想い人。
「偶然かな……それとも運命なのかな……」
エリナはつぶやきながら思い出す。
五年前、レミが仲間に加わったとき、彼女はほとんど誰とも話すことはなかった。エリナから話しかけてみても返事が返ってくるだけで、いつも彼女は黙々と力を求めて訓練を重ねていた。
それからずっとエリナはレミとの会話を試み続けた。何とか会話を成立させるために様々な話題を振ってみた。
そしてレミが唯一食いついてきた話題が恋の話だった。
好きな人のことを聞くと、レミは目をキラキラとさせて一生懸命に大好きなジアの魅力を話してくれた。二人の出会い。ジアがどんなに優しいか、好きな食べ物は何か、どんなふうに笑うか……こちらから聞かなくても永遠と話してくれた。
ジアのことを話すレミは本当に幸せそうで、イージスのメンバーたちはレミの笑顔が見たくてよくジアのことを聞きせがんだ。
だからイージスのメンバーはジア・ラメロウのことは詳しく知っている。レミが知り得る情報ならほとんど全部だ。
そしてそれ以上にレミがどれだかジアのことを想っているかを知っていた。
レミが作ることのできる料理はたった三種類。それは全てジアの好物だ。レミはジアと再会したときのために永遠とその三種類の腕だけを磨いてきた。
その三種類に限ればレミはきっとどんなレストランよりも美味しく作れるはずだ。
そして力を求めた理由も、五年前魔力持ちという力に恵まれながらジアを守ることができなかったことを悔いたから。
レミの行動の中心には必ずジアがいた。
だから……ジアと一緒にいた名も知らぬ魔力持ちの少女。もしあの少女がジアの恋人だったとしても……エリナはレミを応援したいと思う。
そんなことを考えながら河川敷を散策していると、レミを発見した。
レミは川原に座っている。
「隣いい?」
エリナが聞くとレミは頷いた。
「よかったね」
レミの隣に腰を下ろしながらそう言うと、レミはエリナの方を向いて首を傾げる。
「ジアと再会できてうれしいでしょ?」
レミは頷いた。こくん、こくん、こくんと三回。
「でも……あんまりお話はできなかったね」
「うん……だけど、また明日来るって言ってた。五年もずっと待ってたから、一日くらいは大丈夫」
「そう……でも、早く会いたいでしょ?」
「……うん」
レミは大きく頷いて、涙をこぼす。
「もう、いっそ会いに行っちゃえば?」
「ジアを困らせたくないから、待つ」
「そっか。じゃあ、もう寝よう。寝たらすぐに明日になるし」
「寝ないで待ってる」
「えっ、寝ないの?」
「うん。どうせ眠れない……」
「そう。でも、眠くなったら寝なよ」
そう言ってエリナは立ち上がる。
「眠くならない」
レミのその言葉に苦笑を浮かべながら歩き出す。
そして背を向けたまま……
「まぁ、私は寝る。おやすみ」
「おやすみなさい」
エリナは思う。
レミはジアと結ばれるべきだ。
それ以外は絶対に認めない。認められる訳がない。
エリナだけではない。レミのこの五年間を知る者だったら誰だってそう思うはずだ。
だからエリナは決意した。
今、この世界には勇者が誕生した。だから魔王も誕生したはずだ。
そのためのイージス。
魔族から力を持たない人々を守るための盾となるべく、エリナの父親フランクによって作られた部隊。
やるべきこと、なさねばならぬことはわかっている。
でもそれ以上にエリナにはやらねばならないことができた。
それはレミとジアをくっつけること。
エリナは戦士である前に二十代の乙女。
戦いよりも友達の恋のほうがずっとずっと大切だった。
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