第26話
クロエには信じられなかった。
今、目の前にいる四人。勇者と魔王。そして二人の銀の魔族。
この四人は人と魔族の戦いを止めたいと語った。
レミとルルの戦いが余りに長く、決着もつかなかったので引き分けということで強制終了させてから数時間。
二人の魔族も加わって事の真相の説明を受けたのだが、クロエは驚きを隠せなかった。
「魔王のルルと、銀の魔族であるそちらの二人が和平を望んでいるということは、それが魔族の総意ってことでいいの?」
「いいえ。私一人の考えです。今はまだ私一人の考えですが、言葉さえ交わすことができれば互いにわかり合うことができるはずです。私とジアは会ってすぐに仲良くなれました。それにジアは姉さんやバティとだって仲良くなれました。私も人間である皆さんと仲良くなれたと思っています。だから皆さんにも私の願いを叶える力になってほしいんです」
そう言ってルルは頭を下げた。
「僕からもお願いします」
ジアもルルに続いて頭を下げる。
「二人の意見はわかった。じゃあ、みんなの意見を聞かせてもらえる?」
クロエは仲間たちに問う。
「いいんじゃないかな。結局、魔族はルルみたいに人間と変わんない感じなんでしょ? それこそ人間と魔力持ちとの差くらいしかない感じなのかな。だったら、仲良くできるでしょ。それに俺はもうルルと敵味方にわかれて戦うことなんてできないよ」
マクシムはそう言って笑った。
「私もマクシムの意見と一緒ね。うちの弟にしては珍しくいいことを言ったわ」
エリナも笑顔だった。
「でも……あなたたちの父親は、フランクは魔族に殺されたのよ」
そうイージスの創設者にして初代リーダー、フランク・ジャスは五年前の魔族との戦いで戦死した。
銀の魔族によって殺された。
それだけではない。他にも二人の仲間が五年前の戦いで魔族の手によって殺された。
「まぁ、それはそうだけど……そんなことを言ったら、私だって五年前の戦いでは多くの魔族を殺した。ルルたち魔族がそんな私を許してくれて、それでも仲良くなりたいと言ってくれるなら、私だって父さんのことは許せると思う」
「そう……じゃあ、トマは?」
「これからの時代を担う若者たちがそう言うのなら、私は反対などせんよ。それにそろそろ歳のせいか、戦うのもしんどくなってきたしな」
「レミは?」
「私はジアにお願いされたから、仲良くする」
「で、あなたは?」
クロエは隣にいたアルベルトに問う。
「俺もせっかく向こうから和平の提案をしてくれているんだから、断る必要はなんてないと思う。それに前々から思ってたんだよ。ルル然り、そこの銀の魔族のお姉さん然り……魔族って美人が多いよな? うん……魔族と仲良くするべきだと思うよ。あ、でも俺はクロエ一筋だから、そこは安心してくれ」
「そう……」
クロエ、アルベルトの言葉を聞き流しながら考える。
そして思い出す。
今までの人生でクロエは魔族と多くの関わりを持ってきた。
クロエは十六歳のときに家を出て、冒険者となった。銀の魔力持ちであったクロエは困ったことがあれば何でも力で解決できた。そんなクロエに初めて敗北を教えてくれたのが同じ冒険者のフランクだった。その後、クロエはフランクの仲間になって多くの冒険をした。
そして数年後、望むに足る力を手に入れたフランクは夢であった、イージスを立ち上げる。クロエも勿論参加した。
それ以来クロエはずっと魔族と戦ってきた。それでもこちらから魔族に戦いを仕掛けたことは一度もない。フランクの立ち上げたイージスの理念は盾。弱きものを守るための盾だった。
多くの魔族側の領土に面した町や村が魔族からの攻撃を受けていた。
クロエは今までどれだけの悲劇を見てきただろうか。
子を殺された親。親を亡くした子。住む場所失った家族。
数え切れないほど多くの悲劇が魔族の手によって引き起こされた。
そして五年前の戦い。それは今までにない大きな戦い、戦争だった。
今までにあった数人の魔族による奇襲ではなく、統率された軍による襲撃。
二つの町が壊滅し、多くの命が奪われた。
その戦いで守るために戦ったイージスもフランクを含めて三人が戦死した。
だからクロエはイージスのリーダーになったとき……決意した。
守っていたら、守ることしかできない。
もたらされる悲劇を減らすことしかできない。
その繰り返される悲劇を止めるためには元を断たねばならない。こちらから仕掛けねばならない。
だからクロエはイージスを盾でありながら、刃にもすることを決意した。
魔王を討つために……
しかし今、その魔王が和平をと手を差し伸べてきた。
だから……クロエは考え、そして決意した。
「私もみんなの意見に異論はない。みんなで協力して戦いを終わらせましょう」
それが答え。
クロエは復讐を望んだわけではない。クロエが望んだのは悲劇を止めること。
だったら、ルルの差し伸べてきた手を拒む必要はない。
これ以上の解決策などは存在し得ないのだから。
「でも正直、そう簡単にはいかないと思う。五年前の戦いのこともあるし、それ以外でも魔族は多くの人間を殺してきた。そしてそのほとんどが魔族による一方的なもの。どれだけの人たちが魔族に恨みをいだいていることか……」
「そうですね。私もそうだと思います。でも互いに歩み寄らなければ被害が増え続けるだけです。分かり合うのには時間がかかるかもしれません。それでも互いの利害を考えて戦いを止めることは、そう難しいことではないと思うんです。だってここには勇者と魔王がいるんですから」
「そうね。勇者と魔王が戦わないって言っているんだから、どうにでもなるわ。魔族のお二人もそれでいいのかしら?」
クロエはレーネとバティの方に視線を向けて問う。
「ええ。ルルがそれを望むのなら、私に異論はないわ」
バティはレーネの言葉の後、ゆっくりと辺りを見回してから真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「自分は……不器用ですから」
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