第38話
「どこに行くつもりですか?」
太陽はまだ姿を現しておらず、辺りは薄暗い。
青白く淡い空気に包まれた、早朝独特の寂しげな雰囲気の中、ルルはレミを呼び止めた。
「…………」
言葉なく、レミは振り返る。そして暫く間を置いてからぼそりとつぶやいた。
「……さん、ぽ?」
「私が聞いているのに、どうして疑問形なんですか? それにあなたはそんな格好で散歩に行くんですか?」
「うん」
レミは頷く。
「スーツを着て、聖剣も装備して散歩に行くんですか?」
「そう」
レミはまた頷きながら答える。
「じゃあ、私も一緒に行かせてもらいますね。ちょうど眠れなかったんです」
ルルのその言葉に、レミは少し残念そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい……私、嘘を吐いた。散歩じゃなくて、本当はリカルドを殺しに行くの」
その言葉にルルは少し驚いた。レミの格好からリカルドと戦いに行く可能性は考えていた。それでも殺しに行くと明言するとは思わなかった。
「どうしてですか? 決めたでしょう。もう一度、みんなで説得しようって……私たち魔族と話せば、彼もきっとわかってくれる。そうジアは言っていたじゃないですか」
「無理。どうせ、リカルドを説得なんてできない」
レミはそう断言した。
「そんなの話してみなければわからないじゃないですか? それに彼はジアやあなたの友達なんでしょう?」
「うん。だから知ってる。リカルドは魔族を憎んでるの。リカルドの両親は魔族に殺された。兄もそう。みんなリカルドを守ろうとして、魔族に殺された。後、私はずっとジアを探していたから知ってるんだけど、リカルドは五年前からレナトで暮らしている。だからきっと、また大切な人を奪われたと思うの。リカルドは絶対に魔族を許せない。許さないんじゃなくて、許せないの。それでもジアは説得しようとする。自分に刃が向けられたってそうする。そしてジアはリカルドに殺されるの……だから私がその前にリカルドを殺す」
そう言ってレミは少し悲しそうに笑った。
それはジアに向けられる以外で始めてルルが目にしたレミの笑顔。
ルルには許せなかった。
レミのその笑みが……レミのその意見が……
まるで全てを諦めてしまったようで許せなかった。
「そんなのわからないじゃないですか!」
だからいつの間にか叫んでいた。
「わかるの。たぶんジアもわかってる。それでもジアにはリカルドと戦えないし、ジアは私たちがリカルドと戦うことも許さない。でも……ジアが死ぬことは私がもっと許さない。だから……私がリカルドを殺すしかない」
「でも仮にそうだとしても、そんなことをしたらジアに嫌われちゃいますよ。それでもいいんですか?」
「うん。仕方ないよ。ジアが死ぬよりはずっといいし……それにきっと、いっぱい謝ればジアは許してくれる。優しいから……」
ため息交じりにそう言ってから、笑顔を浮かべてレミは言葉を続ける。
「ジアはね、優しいの。ジアの隣にいれば誰だって幸せになれる。ジアは自分の幸せなん考えないで優しくしてくれるから。それで隣にいる人はみんな気が付くの。自分がジアを幸せにしなくちゃいけないって。だから私はジアのためにだったら何だってする……とりあえず今からリカルドを殺すの」
結局レミの笑顔は今もジアに向けられていた。
本当にレミはジアが大好きなのだ……それがルルにも痛いほどに伝わってくる。
「止められないんですね?」
「うん。もう決めたから」
レミは迷いのない笑顔で力強く頷いた。
だから……ルルも決めた。
ジアはルルのために命を賭けてくれた。
それはルルだったからではない。きっと誰にだってジアはそうするのだ。
だからこそ……負けるわけにはいかなかった。
他の誰にも負けることは許されない。
ルルもまた誓ったのだ。自分がそうされたようにジアを守ると。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん?」
「さっき言ったでしょう。私も一緒に行かせてもらいますねって。ちょうど眠れませんでしたし、私も一緒に戦います。私のせいでジアは利き腕を失ったんですから。だから私にだってジアを幸せにする義務があります。それに勇者を倒すのはこの私、魔王の仕事ですよ」
笑顔でそう言って、ルルはレミに右手を差し出す。
「同じ目的のために、仲良くやりましょう。よろしくね。レミ」
「うん。ありがとう」
その言葉と共に、差し出したルルの右手に握られたのはレミに手ではなくて、ごわごわとした何か。
ルルが自分の右手の中を確認すると、アメだった。
「何これ?」
「アメ。あげる」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
そう言って歩み出しながら、ルルはアメを口に放り込んだ。
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