第37話


 ジアたちは教会に向かっていた。

 魔族によって滅ぼされた町レナト。目指すべき教会はレナトの中心にあるという。

 町は本当に惨憺たる有様だった。

 ジアが五年前住んでいた町も魔族の攻撃を受けて滅んだ。

 それでもここまでは酷くなかったと、ジアは記憶している。

 この町は執拗に破壊された印象があった。

 足下に転がる瓦礫を避けながら進んでいく一同に会話はない。

 ジアは自分の近くを歩く、ルルの表情をうかがう。

 目を赤くし、唇を噛み締めて俯いていた。

 この町の様子を目にしたとき、一番ショックを受けていたのがルルだった。

 ルルは泣きそうな顔で何度も謝った。「ごめんなさい」と何度も何度もそう繰り返した。

 誰もルルを責めることはしなかったが、それでもルルは自分を責めているようだった。

 ジアがルルの下から視線を外し、進む先に視線を戻すと、教会はもう目の前だった。

 レナトの中心にある一際大きな建物。そこに勇者がいるらしい。

 この教会で勇者は何かを待っている。レナトに向かいながら情報を集めていたときそういう話を多く耳にした。

 教会もやはり酷い状態だった。特に正面から向かって右側は完全に崩落してしまっている。

「じゃあ、予定通り私とジアとレミの三人で行くわ」

 クロエが言う。そういうことに事前から決めていた。

「残りのみんなはここで待機していて」

「わかった。私たちはここで待機している。気をつけて行ってこい」

 トマのその声に送られて、ジアたち三人は扉を失った入り口をくぐった。

 教会の中も激しく破壊されていた。それでも教会の持った荘厳さは失ってはいない。

 特に崩れた屋根の隙間から射す光は、薄暗い教会の中を真っ直ぐに通り抜け美しくすらあった。

 そんな教会の一番奥。祭壇の上に座っている人影があった。

「あなたが勇者ですか?」

 ジアは少し大きめな声で、遠くから話しかける。

「そうだ。俺が勇者だ。お前は何者だ?」

 若い男の声だった。声の主はそう答えながら立ち上がる。

「僕はジア・ラメロウ。僕も……勇者だ」

「…………はっはっははは……ふはっはっは」

 ジアの答えから、少しだけ間を置いて男は大げさなほど大きな声で笑い声を上げた。

「そうか……そうか、なるほど。勇者が魔王と手を組んで、仲良くなりたいとか言い出したと知ったときは、どこの馬鹿かと思ったが……なるほどジアだったのか。はっはは……確かに言い出しそうだ。孤児院でもそうだった。意見が合わなければ喧嘩もした。それでもジアは結局、最後には喧嘩相手と仲良くなってしまうんだ。本当にジアらしいよ」

 そう言いながら影の中から現れた人物をジアは知っていた。

「レオ兄……?」

 一瞬、ジアはレオナルドだと思った。だがレオナルドはもう死んだと聞いていたし、最後に会ったときより少し若く見える。

 そこから導かれる答え……ジアにはわかった。彼はレオナルドの弟、親友のリカルド。

「いや……リカルドなのっ?」

「そうだ。俺だよ。久しぶりだな、ジア……五年ぶりだ。で? 後ろの二人は誰だ?」

「ジア、何? 知り合いなの?」

 クロエがジアの耳元で囁く。

「うん。僕やレミがいた孤児院でいっしょだった、僕の親友」

 ジアも小さな声で言ってから、リカルドの問に答える。

「えと、こちらはイージスのリーダーのクロエ。それでこっちは……」

「いや……その髪の色は、まさかレミか?」

「うん」

 レミは頷く。

「そうか……五年ぶりの再会なのに随分とそっけないな。まぁ、ジア以外にはそんなもんか……レミも変わってないな」

 そう言ってリカルドは笑う。

「で……件の魔王はどこにいる?」

 声色が変わった。その声は低く冷たい。

「魔王……ルルは僕らの仲間だ。それを知ってリカルドはどうするつもりなんだ?」

「もちろん。殺すのさ」

 リカルドはそう言い切った。

 ジアは心を沈め冷静を保つ。この教会に入ったときからこうなることは予測していた。

 相手がリカルドであることには驚いたが、人間が魔族を憎悪するのは普通のことだ。だから説得するための言葉は用意してきた。

 それに相手は親友のリカルドだった。見知らぬ相手よりずっと説得もしやすいはずだ。

「一つ聞きたいんだけど」

 ジアは問う。

「何だ?」

「どうしてリカルドは僕が魔王と一緒にいることを知ってるんだ?」

「俺が神剣を得て、勇者に選ばれたとき既に知っていた。神は出来損ないの勇者と魔王を討つことを俺に望んでいる。だから俺はここで勇者が来るのを待っていた」

「神がそれを望んでいる……」

「そうだ。神は魔王を殺し、魔族を滅ぼすことを切に望んでいる。今からでも遅くはない。ジアも俺に手を貸せ。共に魔族を滅ぼそう」

「そんなことはできない。僕は魔族と言葉を交わした。人も魔族も全く変わらない。話し合えばわかり合うことができるとわかった。殺しあう必要なんてない」

「殺しあう必要がない? 本気で言っているのか?」

「ああ。本気だ。リカルドだって話してみればわかるよ。すぐに友達になれる」

「そうか……例えジアに必要なかったとしても、俺には必要なんだ。だって俺は……こんなにも魔族を殺したくて仕方ない。ジアは忘れたのか? 兄さんは魔族に殺された。俺とお前を助けるために戦って殺されたんだ。それなのにお前は殺す必要がないなんて本気で言っているのか?」

「僕は本気だ。だって憎しみ合っていたら――」

「もういい!」

 ジアの言葉を遮ってリカルドが叫ぶ。

「もうこれ以上は聞きたくない。明日の夜だ。それまでに話し合って来い。お前の仲間や一緒にいる魔族共とだ。そして決着をつけよう。お前の考えが今のまま変わらないのなら、俺はお前を殺し、魔王を殺し、お前の仲間を殺し……魔族を滅ぼす。俺の邪魔をするのなら、俺は誰だって殺す。ジア……お前もだ」

「リカルド、話を聞いて――」

「うるさい! 早く出て行け。明日の夜だ。俺はここで待っている。逃げたければ逃げてもかまわない。俺の邪魔をしなければ追うようなことはしない。明日の夜、それまでは待っていてやるから、出て行け。これ以上俺の前で魔族を庇うようなことを口にするのなら、今ここで殺してやる」

「ジア……一度退きましょう」

 クロエのその言葉に従って、ジアは教会を後にした。


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