第30話


 五年前の戦い。レナトは魔族から攻撃は受けなかった。攻撃を受けたのはレナトと同じ魔族領付近にある二つの町。

 だからこの五年レナトでは魔族から攻撃を想定して多くの対策を立ててきた。森には三つの櫓を設置し二十四時間監視に当たった。年に一度は町を上げての避難訓練も実施している。

 それが功を奏し、避難はスムーズに進行していた。

 今、ラニは他の騎士団の仲間たちと共にその避難を誘導しながら、リカルドの姿を探している。

 リカルドは少し前まで、近くで一緒に避難誘導にあたっていた。それなのに急にいなくなってしまった。

 他の仲間たちに聞いてみても皆知らないという。

 嫌な予感がした。

 ラニは知っている。理由まではわからないが、リカルドは魔族を憎み、復讐を望んでいた。そのために毎日、血の滲むような努力を重ねている。

 先ほどの作戦会議でもリカルドは魔族と戦うことを望んでいた。

 だから答えは簡単だった。ほぼ間違いなくリカルドは魔族と戦いに行ったのだ……

 ラニは考える。自分のとるべき行動を。

 そのときだった――爆音と大きな振動。

 町の西側からは煙も上がっていた。

「始まった……」

 魔族の攻撃が始まった。

 町が破壊される。ラニが生まれ、育ってきた故郷が破壊される。

 死者だって出る。それは魔族の進軍を遅らせるために命を賭けて戦いに向かった仲間たち。

 そして……その中にはリカルドがいる。

 ラニはリカルドを愛していた。リカルドはラニの命を救ってくれた。そのとき一度だけ見せてくれた笑顔に恋をした。

 リカルドは人にはとても優しいのに、自分には厳しい。自分が笑うことすら許さない。

 リカルドはきっと自分の幸せを望んではいない。

 だから決めたのだ。ラニがリカルドを幸せにすると。

 リカルドがそれを望んでいなくても、そんなことは関係ない。力ずくでも幸せにする。

 そう……決めたのだ。

 ラニは考える……

 このまま避難を続ければきっと自分の命は助かる。

 家は失うが、家族は生きている。友達だって生きている。

 でもそこにリカルドはいない。

 考える。想像する。これからの自分の人生を想い描く。

「あぁぁ……」

 簡単だった。すごく簡単なことだった。

 もう……ラニにはリカルドにいない未来なんて想像はできない。

 だから……ラニは走る。

 愛する人の下に向かって。

 それはとても当たり前のことだった。この三年間、毎日繰り返してきた本当に当たり前の日常。

 例えその結果、死ぬことになっても後悔はない。最期のそのときまで愛するものと一緒にいられたのなら、その命の全てを愛に捧げられたのなら、それはとてもステキなハッピーエンドに違いない。

 だから走る。

 胸が高鳴る。恐怖からではない。

 それはいつものこと。

 世界で一番大好きな人に会いに行くのだからとても当たり前のこと。


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