エピローグ「勇者でも魔王でも後、神様でもなく」
第52話
今から二年前、人間と魔族の間に長く続いた戦いは終わった。もう世界の覇権を掛けて人間と魔族が戦うことはない。
二年前と比べると世界は画期的に平和になった。
しかし世界に平和が訪れても、一人一人のもとに幸せが訪れるとは限らない。
この世界にはいまだ魔族によって子を殺された人間の親、人間によって親を殺された魔族の子は存在している。
それでも魔族は魔王ベネディクトとバティを、人間は銀の魔女クロエとジャス姉弟を中心にして、平和への道を着実に歩んでいた。
そんな世界を五人は旅している。
勇者ジア。魔王ルル。魔力持ちのレミ。銀の魔族のレーネ。そして神様のリア。
「後どれくらいでつくの?」
リアはジアの服の裾をひっぱって聞く。
「疲れた?」
「うんん。疲れたわけじゃないんだけど、ただ後どれくらいでつくのかなと思って」
「レミ、次の町へは後どれくらい?」
レミはイージスのメンバーとしてずっと旅をしていたので、五人の中で一番地理に詳しい。
「もうふぐ。はと、さんじゅっふんくはい」
「あーー! レミがアメ食べてる。僕にも一つちょうだい」
リアがそう言うと、レミは腰の皮袋からアメを一つ取り出してリアに手渡してくれた。
リアが一番好きな赤いアメだ。
「わあ、ありがとう」
レミにお礼を言って、アメを口に放り込む。
レミはいつもリアに優しい。だからリアは共に旅する四人の中でレミが二番目に好きだった。一番はもちろんジア。三番目はレーネ。レーネはとっても頼りになるお姉さんだけど、時々からかったりしてリアに意地悪をするので三番だ。
そして……四番目がルル。ルルはすぐにリアを怒鳴る。リアがジアにくっついたりすると、遠くにいてもやってきて怒るのだ。リアだけでなくレミもよく怒られている。
だからリアとルルはよく喧嘩をする。それでも嫌いなわけではない。
リアがずっと憧れていた人間たちの友達という関係に似ている。何でも正直に言い合えて、喧嘩もする。そんな友達。
じゃあ、他の三人は何だろうかとリアは考える。
うーん……と、腕を組んで真剣に考える。
ジアはお父さんだと、リアは思う。いつもリアのことを考えていてくれる優しいお父さん。
レミはお母さん。のんびりとマイペースでリアを甘やかしてくれる、そんなお母さん。
レーネはお姉ちゃんだ。ちょっと意地悪だけど、困ったときは助けてくれる頼りになるお姉ちゃん。
そしてルルはお友達。喧嘩したりもするけど、対等に接してくれる大切な友達。
今、リアはそんな四人に囲まれて暮らしていた。
そう考えると、とても幸せな気分になってくる。
だからリアはこの考えをみんなにも発表することにした。
ジアは笑顔で聞いてくれた。レミは目をキラキラと輝かせてアメをいっぱいくれた。両手でも持ちきれないくらいいっぱいだ。レーネは声を上げて笑っていた。
そして……ルルには殴られた。
「何でレミがお母さんで、私が友達なの? 私だけ家族でもないじゃん」
ルルはまだブツブツ言いながら怒っている。
その横でレーネは爆笑だ。
リアは考える。
ルルは友達が気に入らないらしい。確かにみんなが家族なのに一人だけ仲間外れでは悲しくなるだろう……
リアは反省する。思慮が足りなかった。
だから……
「わかった。じゃあ、ルルは僕の妹。わがままな妹ね」
またレーネがお腹を抱えて笑う。
「今度は妹かよっ!」
ルルはそう言いながらリアの頭をはたいた。
リアは賢いので知っている。これは暴力ではない。ツッコミだ。
しかしリアはボケてはいないので、このタイミングでのツッコミはおかしい。ルルには少しお笑いのセンスが足りないのかもしれない。
リアがそんなことを考えていると……
「――――!」
悲鳴が聞こえた。
声は道から外れた森のほうから聞こえた。五人は急いで声のもとへと向かう。
そこには五メートルはある巨木の枝を両手で掴み、何とかぶら下がっている少年の姿があった。木の下には悲鳴を上げながらおろおろする母親らしき人物の姿もある。
「大丈夫。僕らですぐに助けます」
ジアが母親に言う。
「ぼくーー! もう大丈夫ですよ。今、助けてあげますから」
ルルが大きな声で少年に向かって叫んだ。
「ルルかリアで風を使って落ちるのを遅くとかはできる? そうしたら僕が受け止めるから」
「うん、簡単。僕がやるよ」
ジアの言葉にリアは頷く。
「ぼくーー! よく聞いてくださいね。私たちであなたを受け止めますから、合図したら手を離してください。私たちは魔族ですから、魔法で落ちるのを遅くできますので、絶対に安全ですからね」
「わかったーー」
少年はそう返事をしたが、「魔族」という言葉に母親は一歩後ずさる。
「よかったわね。私たちの中に魔族がいて。おかげであなたの子供を傷一つなく助けることができる」
「ありがとうございます。どうか息子を……」
レーネの言葉に母親は頭を下げた。
「よーし。いち、にの、さんで手を離すんだぞ。いいね」
ジアが叫ぶ。
「わかった」
「よし。じゃあ、リア頼むよ」
「うん。任せて」
「いくぞー! いち、にの、さん!」
少年が手を離した。
しかし、少年は落ちてこない。浮いたままだ。
そして数秒後、驚くほどゆっくりと少年は降りてくる。
リアはジアの言ったように風を操るのではなく、重力を操った。
神であるリアにはそれくらいは簡単なことだ。
このスピードであればジアが受け止める必要すらないのだろうが、ジアはしっかりと少年を抱きとめてから地面に下ろした。
「ママ!」
その足が大地に着いた瞬間、少年は母親のもとに走る。
母親は少年を強く抱きしめた。
「よかった……」
涙ながらにそうつぶやいた後、母親は少年の顔を見つめて言う。
「だからこんな高い木に登っては駄目だと言ったでしょ!」
「ごめんなさい」
「無事で、本当によかった」
謝る少年を母親はもう一度強く少年を抱きしめた。
「みなさん、本当にありがとうございました」
しばらく少年を抱きしめた後、深く頭を下げて母親は言った。
「名前は?」
ジアはしゃがんで目線を少年に合わせて聞く。
「フラン」
「フラン、ママを心配させたら駄目だぞ」
「うん。もう危ないことはしないよ」
「そっか……じゃあ、約束だ」
「うん。約束する」
フランの返事に笑顔を浮かべてジアは立ち上がる。
「じゃあ、僕らはもう行きます」
「あの……どちらに行かれるのですか?」
「タリスの町です」
「でしたら……家に寄って行ってください。流石に皆さんを泊めるだけの部屋はありませんが、今ちょうどケーキを作っているんです。それでここに野苺を摘みにきていて。是非、食べていってください」
「そうですか……じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります」
そして、みんなが歩き出す。
そんなみんなの背を見つめながらリアは思う。
今笑顔で母親と手を繋ぎながら歩いている少年フラン。
彼は運がよかった。もしリアたちのここを通る時間が一時間も違えば助からなかっただろう。
そう……世界は平等ではない。
リアは神であることを止めた。だから全てを平等に愛し、救うことはできない。
それでもリアは思う。神ではなくリアとして思う。
せめてこの手の届く先に助けを求める者がいたのならその手を差し伸べたい。
リアがそうされたように。
リアは少し遠くなってしまったみんなを駆け足で追いかける。そしてジアの隣に並ぶとその手を握った。
リアはこの手に救われたのだ。
ジアの手がリアを救ってくれた。永久に続く孤独から救い出してくれた。
それはリアだったからではない。
ただ目に前で助けを求める誰かへと差し伸べられただけ。
しかしリアはその手を握り返した。
それは選んだわけでも、選ばれたわけでもない。
それでも、もうこの手は離さない。
とても心地よかったから。
他の何かを掴むために離す必要もない。
これ以上に望むものなどないのだから。
リアはジアの手を握る手に少し力を込めた。
そうするとジアはリアの方を向いて笑ってくれる。
それがうれしくてたまらない。ただ見つめているだけでなく、見つめ返してもらえる。それだけでリアは幸せになれた。
だから……守らなければならない。
リアがジアと手を繋いでいることに気がついたレミもジアの反対の手を握った。
だから……勝ち取らなければならない。
「あっ! ちょっと、何? なんで手なんかつないでるの」
ルルが叫ぶ。それを見てレーネが笑う。
そう……今、リアの手の中にあるこの手はとても多くの者たちに差し伸べられてきた。それだけにそれを望むものは多いのだ。
だから……負けられない。
リアは笑みを浮かべながらそう思った。
勇者と魔王と後、神様も 鈴木りんご @ringoo_10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます