四章 「勇者と魔王と後、神様も」
第44話
作戦会議が終わった。
三日後、ルルたちは魔王城に向かって出発する。
ルルたち魔族だけではなく、勇者のジアにイージスのメンバーも一緒だ。
目的は二つ。一つ目は魔族側の現状の把握。ルル以外にも魔王が誕生している可能性があるのでそれを確かめる。二つ目は戦いを終わらせるための説得。
人間側の説得より、魔族側の説得の方が遥かに容易だ。魔族は人間と違い魔王城を中心としてほぼ全てが同じ場所に住んでいる。そしてそれを統べる魔王、もしくは魔王補佐には絶対的な権力が与えられている。
基本的に魔族は魔王に逆らうことは許されない。魔族はルルに逆らえないのだ。
だが問題はあった。それはもう一人魔王が誕生していた場合、その魔王の反応だ。説得に応じてくれれば問題はないのだが、対立した場合は大きな障害となる。
それでも……最悪の場合は実力行使でどうにでもなる。
それだけの戦力がこちらにはあった。
平和を得るための戦い。戦いを終わらせるための戦い。
矛盾しているが仕方ない。
もう引き返すことはできない。
ジアは大切な友達を死へと追いやった。
進む代償に大切なものを対価として支払った。
だから後戻りは許されない。
それはあまりにも大きな犠牲を無意味にしてしまうから。
そんなことを考えながら、ルルは河川敷を歩く。
そして探していたジアの姿を見つけた。
ジアは川辺に座っている。その隣には寄り添うようにして座るレミの姿もあった。
ルルはジアが心配だった。ずっと元気がない。
友達が死んだのだから当たり前の反応だとは思う。悲しむことは仕方がない。それでも今は立ち止まっている暇はない。ルルたちにはやらなければならぬことがあるのだから。
ルルは何も言わずに、ジアの隣に座った。
「手の調子はどう?」
座ってから話しかける。
「うん。大丈夫。問題ない」
ジアは右手を握ったり開いたりしながら言う。
「そう……よかった」
ルルを守るために負ったジアの傷は癒えた。先日の戦いで負った傷を癒すために、ジアはリカルドに神剣を胸に刺された。そして神剣はジアの傷と右腕を治して消えた。
クロエの考えでは神剣はジアの傷を治すために体内に吸収されたらしい。その証拠に今のジアは神剣なしでレミと対等に戦える。そしてジアにはリカルドの残した神剣を扱うこともできた。
それだけの力を手に入れ、傷も癒えたにも関わらずジアはリカルドが死んで以来一度も笑顔を見せていない。作り笑いすらできないくらいに傷ついている。
ルルの魔法の力や、神剣の力を持ってしても心の傷までは癒せない。
「言わなかったんだ……リカルドはたったの一度も僕に、魔族を殺すべきだとは言わなかった」
右拳を強く握り締めながらジアはつぶやく。
「ずっと、ずっとそうだった。自分はそういうふうにしか生きられないって言っていただけで、一度も自分こそが正しくて、僕が間違っているだなんて言わなかった。ただリカルドは僕の言うようには生きられないって、自分の想いを語っていただけだった。僕に自分の考えを押し付けようとはしなかったし、僕の考えにも耳を傾けて理解を示してくれた」
ルルやレミに語るのではなく、ジアは独り言でもつぶやくみたいに言葉を続けていく。
「それなのに僕はリカルドを否定してばかりだった。僕はまるで自分が全部正しいみたいな顔をして、講釈をたれた。偉そうに説得して、僕の考えを押し付けようとした。僕とリカルドは違う。全く別の人生を歩んできたんだ。考えも至る答えも違って当然だった。僕がリカルドの立場だったら同じ事を望んだかもしれない。それなのに僕は言ったんだ。リカルドは間違っているって……」
ジアは涙を流し、自分を責めるように言葉を吐き出し続ける。
「僕は自分の想いを語るばかりで、何も聞こうとはしなかった。僕は……僕が間違っていた。もっと、リカルドの想いにも耳を傾けて、その上でお願いすればよかった。否定するんじゃなくて、僕の考えを優先してくれるように懇願すればよかった。僕が間違っていた。リカルドだって正しかったんだ」
「そんなことない……」
「いや、そうだったんだ。だって例えばルルやレミが誰かに殺されたら、僕はそいつを許さない。魔族か人間かなんて関係ない。僕はそいつを絶対に許しはしない。怒りは誰だって感じる普通の感情だ。その想いが間違いだなんてあるわけがない」
ルルもまたそうだった。ジアが死んだと思ったときの怒りを思い出す。
「だから……僕が間違っていた。もっと、もっと別のやり方があったはずなんだ。きっとリカルドが死ななくていい方法だってあったはずなんだ。僕が選択を誤ったから、リカルドは死ぬしかなかった……」
どんな言葉がいいのだろう。ルルは考える。
どんな言葉を並べればジアを癒せるのだろう。
わからない。きっとどんな言葉でも無理なのだ。
それでもここで立ち止まっているわけにはいかない。
だから悲しみを癒せなくても、悲しみを背負って立ち上がるために力づける言葉が必要だ。
しかし、それも思いつかない。だから……ただ、ルルは自分の想いを言葉に紡ぐ。
「どんなに悔やんでも過去は変えられない。だから……前に進もう。もしかしたらまた間違うかもしれないし、失敗するかもしれない。それでもまた進むしか――」
「私がいる。どんなに悲しくても、間違っても、失敗しても……私はずっと一緒にいる」
ルルの言葉の途中でレミが声を上げながら、ジアに抱きつく。
その言葉にはっとしてルルもレミに続く。
「私もいる! これからも一緒に間違えて、一緒に失敗して、それでも一緒に進んでいこう!」
抱きつくのはちょっとはずかしいので、ルルはジアの強く握られた右拳を両手で優しく包み込む。
「ありがとう。そうだね。みんながいる……みんなが同じ方向を向いて歩いている。僕だけが立ち止まっているわけにはいかない」
ジアは立ち上がり、上を向く。
きっともう大丈夫。ジアはリカルドの死を乗り越える。
ルルはリカルドのことをよく知らなかった。しかし戦ったときのことは覚えている。特に目をよく覚えている。ルルを真っ直ぐと睨みつける、怒りに震える目。
あれだけの怒りをその身に宿すにはどれだけのものを失えばいいのだろう。ルルには想像も出来ない。
彼は絶望し、怒り、復讐を望んでいた。
だから彼はそれを望みはしないどろう。それでもこれ以上、彼のような者が現れないためにもルルはジアの親友、リカルドに誓った。
青い空を見上げ、平和を誓った。
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