第33話
リカルドは走っていた。
その手の中には聖剣がある。
それは望んでいた力。ずっとずっと欲していた復讐を可能にする力。
しかしリカルドが今思うのは復讐ではなく、大切な者たちのこと。
リカルドは走る。死に場所に向かって。
そこに後悔もためらいもない。
例え自分が死んでも、それによって救うことができる。
それは名も知らぬ誰かではない。リカルドの大切な人たち。リカルドの大切な仲間が自分の命より大切にしている者たち。
だから……リカルドは走る。
音が聞こえた。
先ほどから聞こえていた町を破壊する音ではない。交錯する鋼の音。それは戦闘の音。
リカルドは音のする方へと向かう。
戦っていた。
三人の魔族と聖剣を二刀流で扱うミカエル。聖剣の一方は副団長のもの。
ミカエルは一人の魔族と接近戦をしながら、残りの二人の魔族からの遠距離攻撃に対処している。
まだ誰にもリカルドの存在は気付かれていない。
リカルドは音を立てないように足下に気をつけながら敵へと近づく。
狙いは遠距離攻撃を仕掛けている魔族。
リカルドは魔族の後方から斬りかかった。
魔族の背を聖剣が切り裂く。
隣にいた魔族の視線がリカルドへと向いた。そして現れる無数の小さな氷の刃。
リカルドはかわさない。
どうせ目の前で放たれたその刃を全てかわすことはできない。
致命症になりそうなものだけ聖剣で防ぎつつ、もう一人の魔族を斬る。
「すまない。助かった……」
ミカエルも魔族を倒し戦闘を終えていた。
「どうして、お前がここに……? その聖剣……団長は、死んだのか?」
聖剣で体を支え、肩で息をしながらミカエルが問う。
「はい」
「そうか……」
「他の仲間たちはどうなったんですか?」
リカルドの問にミカエルは瓦礫の上に腰掛けて答える。
「俺たちは聖剣保有者を中心に部隊を三つに分けて作戦にあたった。俺の部隊は俺以外は全滅した。魔剣では歯が立たなかった。副団長の部隊は知らないが、副団長の遺体とこの聖剣は見つけた。団長の部隊は全くわからない」
「そうですか……」
「もう残っているのは俺たちだけかもしれない」
ミカエルはそう言うと、大きく息を吐いてから言葉を続ける。
「行くぞ。次の敵を探しに」
そう言って、ミカエルは立ち上がる。
そのとき――ガタンと瓦礫の崩れる音が聞こえた。
二人は聖剣を構える。
「先輩!」
瓦礫の影から現れたのはラニだった。
「どうして……どうしてラニがここに?」
そのときリカルドが感じたのは驚きではない。絶望だった。
「先輩を追いかけてきちゃいました」
ラニはいつもと変わらない笑顔でそう言った。
「ふざけるな!」
リカルドは叫ぶ。
「くそっ、何でこんな所に……わかってるのか? 俺たちはここで死ぬんだ。そのためにここにいる。なのに何でお前ここにいる?」
「私……考えたんです。みんなと一緒に逃げながら、すごく考えたんです。私が逃げた先に先輩はいない。だって先輩はここで死んじゃうから。そんなことをいっぱい考えました。先輩がいなくなった後のこともいっぱい考えました。それでわかったんです。私にはそんな未来はいらないって。だから私はここに来たんです。だってここにいれば少しでも長く先輩と一緒にいられる。一緒に死ぬことができる。知ってます? 私、先輩のことすっごく好きなんですよ。だから最期のそのときまで一緒にいます。私は大好きな先輩の隣で死ぬんです。私は本当に幸せでした。だって私は先輩に出会うことができた。こんなにも好きな人のそばにいることができたんだから。私は本当に幸せ者です」
満面の笑みでラニはそう言った。
「逃げよう」
ミカエルはそう口にした。
「もう充分時間はかせいだだろう。それに魔族は人間狩りより町の破壊にご執心の様子だった。だから、俺たちも逃げよう」
「しかし……」
「ラニが死んでもいいのか?」
「私は先輩となら死んでもいいですよ」
ミカエルの問に、ラニが答えた。
「……わかりました。逃げましょう。それで無事逃げ切れたら、ラニ……俺の恋人になってほしい」
「えっ……」
「前から決めてたんだ。今度の試合で聖剣を手にできたら告白しようって。ちょっと予定とは違うけど、聖剣は手に入れたから」
ラニの目から大粒の涙が溢れ出す。その涙を拭いながら……
「早く、逃げましょう。こんなところで死ぬわけにはいかなくなりました」
顔をくしゃくしゃにしてラニは言った。
「そうだ、ラニ。これを持っておけ」
ミカエルは副団長ヴィクトルの聖剣をラニに渡す。
「よし。では撤退だ」
そう言って三人は振り返る。そして立ち尽くした。
魔族がいた。
六人の魔族。その中には一人、銀の魔族もいる。
「どうせ勝ち目はない。逃げるぞ。走れっ!」
ミカエルが叫ぶ。
そのとき――リカルドのすぐ横を一陣の風が通り過ぎた。
ラニが倒れる。
リカルドは急いでラニを抱き起こそうとした。
……血が溢れていた。
「あ……あぁ……」
そこにあるべきものがない。
ラニの首から上がない……
意味がわからない。
意味がわからない。
意味がわからない。
リカルドには理解ができない。
「なっ、なんなんだ……この世界は」
どれだけ願っても、どれだけ望んでも、どれだけ努力を重ねても報われることはない。
全てを捨ててでも、守りたいと思ったたった一つのものさえこの手のひらから簡単にこぼれ落ちてしまう。
この世界では、努力も願いも意味をなさない。
意味があるのはたった一つ、力だけ。
力がなければ全て奪われていく。
両親も、兄も、友も、愛する者も……
「うあぁぁぁーーーーー」
泣き叫ぶ。
意味がない。こんな世界に生きる意味は見出せない。
この世界には絶望しかない。
心の中から絶望を覆い潰すように溢れてくる、憎悪。
世界に、魔族に対する憎しみ。
「うおぉぉーーーー」
慟哭を上げる。
リカルドは思う。やっぱり自分は呪われていた。自分が愛してしまったからラニは死に、この町は滅ぼされてしまうことになった。
怒りが溢れ出す。魔族へ、そして自分への怒り。もうずっと前からリカルドの心は怒りで一杯だと思っていた。でも今はそれ以上心から怒りが溢れ出してくる。とどまることなく溢れ出てくる。
足りなかった。聖剣なんかでは全然足りなかった。
今右手の中にある力などでは何も守れない。この程度では役に立たない。
もっともっと強い力が欲しかった。この世界から魔族を全て消し去ることを可能にするような圧倒的な力が。
――力。力ならこの右手の中にあった。この溢れる怒りと絶望こそが力。
漆黒の禍々しい剣。それは既に手の中に在った。
神剣。
リカルドは立ち上がり魔族を見据える。
目の前に魔族の姿。
手の中には神剣。戦い方は知っていた。この手の中に神剣が現れた、そのとき……すでに神剣での戦い方は知っていた。
魔族の手から放たれる炎。
恐れる必要なんてない。ただ神剣で振り払えばいい。
リカルドは炎を切り裂きそのまま魔族に斬りかかる。
血飛沫が舞った。リカルドの足下には神剣の斬撃を受けて絶命した魔族の姿。
踏みにじる。
リカルドの大切なものがそうされたように。
怒りをもって汚す。
二人の魔族がリカルドに斬りかかってくる。
向けられた剣ごと二人の魔族を切り裂く。
そこに迫りくる氷の刃。
しかし、よける必要などない。ただ少し右手に持った神剣に力を込める。
神剣を持つ手が燃えるように熱い。
視界が少し歪む。陽炎がリカルドを包んだ。
そして魔族の放った氷の刃はその陽炎に触れると溶けていく。
魔族の顔は驚愕に歪んだ。その顔にリカルドは剣を突き刺す。
次に対峙したのは銀の魔族。
風がざわめく。
そして真空の刃がリカルドに迫る。
「お前か……お前がラニを」
リカルドは駆ける。
神剣を構え、真っ直ぐに魔族のもとへと駆ける。
真空の刃がリカルド体に傷を刻む。血が溢れる。
しかしそんなことはどうでもよかった。
少しでもほんの一瞬でも早く報いを……
それだけを思い……リカルドは銀の魔族の首を刎ねた。
その光景を見て逃げ出そうとする最後の魔族。
リカルドはその魔族に向けて神剣を投げ放った。神剣は魔族の背に突き刺さる。
それを確認すると、リカルドは自分の右手に神剣を思い浮かべた。
するとその手の中には神剣が戻っていた。
「やれる。やれるじゃないか。はは……はははっ……わははははっ」
リカルドは笑った。
両親を失ってから初めて、心から笑った。うれしかったから。
うれしくてうれしくてたまらなかった。
ついに手に入れた。願って止まなかった力。
憎き魔族を根絶やしにできる力。
この理不尽な世界に、何もかもを奪い去っていく世界に対抗し得る力。
それを手にしたのだ。
強く強く神剣を握る。
涙が溢れた。
今更、力を手に入れても……守りたかったものはこの手の中に何一つ残ってはいない。
どんなにその力が強大でも奪われたものはもう戻ってこない。
心が崩れいく。
あまりにうれしくて、それでも悲しくて、憎くて。
いろいろな色の感情が心の中で混ざり合い、リカルドの心は真っ黒になっていく。
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